才原春香――脱落。

「……」

「……雨、ですけど」

「見ればわかる」

「見てないじゃん」

「音でわかる」

「……戻らない?」

「戻れない。戻りたくない。この気持ち」

「歌わないでもらえる?」


 はい……。大雨です。

 夏……っていうのは、晴れのイメージが強いけど、どちらかと言えば大気が不安定で……いつ雨が降ったって、おかしくないんだよな。


 一応、小ぶりの間に、コンビニで二人分傘を買っておいたから、戻れるんだけど……。

 ……才原さんが、拗ねてしまって、バス停から動こうとしない。


 他の、椅子に座りたい人が来たら、強制的に戻らせるからね……! と言ってから、もう一時間が経過した。

 誰も来ない。

 早く帰りたい。

 温泉に浸かりたい……。


「僕さ……。旅館の温泉には、ポジティブな癒しを求めてるんだよ」

「そうか」

「こんな……。雨に濡れたから、体を温めるために――みたいなさ。応急処置的な意味合いで、入りたくなかったんだ」

「殴れば良いじゃないか」

「え?」

「私のことを殴れ。……それで気が済むならな」

「いやいや。戻ってくれれば良いんだよ」


 無視。

 ……何をそんな、頑固になってるんだろう。

 花火大会だって……事前に楽しみにしていたわけじゃないはず。

 

 たまたま、イベントに――。


 ……あ。


「……才原さんさ。楽しみで眠れなかったって言ってたよね」

「……」

「もしかして……。めちゃくちゃ下調べしてた?」

「めちゃくちゃはしてない。今日だけだ。今日に全部かけていた。花火が……ドカンっ……! っと上がる場面で、君にもう一度告白し……。見事成功。二人で林檎飴を分け合って食べるんだ。小さくなった林檎飴を舐めるのは難しい。だから、お互いの唇ばかりが触れ合って――いつしか、濃厚なキスへと変わる。二人はそのまま、神社へ向かい、真っ暗闇の中で、互いに甘い吐息を漏っ――」

「そこまでにしてくれ」

「ここからが本題だろうが!」


 久しぶりに……才原さんが、顔を上げた。

 涙で目元がぐっちゃぐちゃだし……。

 鼻水もダラダラだ。


 でも……こういうところが、可愛いんだよな。

 思わず、ドキっとしてしまった。


「ひゃっ!」

「あ……」


 雷……。

 おいおい。戻るのすら億劫になって来たぞ。


「ひぃい……。雷は苦手だぁ……。おへそが裂けて二つになるっ……!」

「そんな迷信は聞いたことないけど」

「おぁっ! で、デカいっ! 近くに落ちたっ! い、稲葉くん助けてっ!」

「うわ」


 涙と鼻水でベッタベタになった才原さんに、抱き着かれてしまった……。

 ……一応、ハンカチはあるけど。

 拭きたくないなぁ。


 そう思っていたら……。


 また、才原さんが、顔を上げた。

 何か――決意に満ちた目をしている。


「え……何しでかすつもり?」

「花火だ」

「え?」

「この音はもう――花火だろう?」

「……大丈夫?」

「っ!」

「お、おい! 才原さんっ!?」

 

 才原さんが、大雨の中、飛び出していった――。

 雷の音に怯えながらも……。


 一生懸命に、僕を見つめてくれている。


「稲葉くぅ~~んっ!! 愛してるぞ~~!」


 雷と、雨音に負けないように――。

 バカでかい声で叫んでいる……。

 何、してんだよ……アホなのか……?


 ……ドキドキするな。

 これ、俗に言う、吊り橋効果かな。

 才原さんが、必死で――僕に、好意を訴えている。

 雨の中、ぐしょぬれになりながら……。


 ブラジャーも、透けさせながら――。


「好きだ~~!! うぉお~~~! もっと降れっ! 私は負けないぞ! 稲葉くんが好きだっ! ひゃあああぁ近くに落ちたぁっ! うぅうう負けないっ! 好きっ! 好きだぞ稲葉くぅ~んっ! この恋は本物だぁっ! ナデナデなんて関係ないっ! 私は、絶対絶対絶対っ! 稲葉健のことが、だいっ! すっ! きっ! だぁ~~~~!!!!」


 ……めちゃくちゃだ。


 けど……。

 ヤバいです。

 ドキドキが止まりません。

 あっ……え。


 もしかして僕――堕ちた?

 いや、雷が落ちるとかけているとか、そういうクソしょうもないダジャレじゃなくて。

 マジで……才原さんが……。


 かっこよく見えるんだ――。


 才原さんは、全力を出し切って、満足したようで……。

 びっしょびしょの状態で、バス停に戻ってきた。


「……稲葉くん。変な意味じゃなくて――濡れてしまった。どうしよう」

「どうして無駄な一言を吐いちゃうかなぁ」


 ラブコメの神様、ありがとう。

 ドキドキは勘違いだったみたいです。


 とりあえず……。ハンカチしかないけど、頭を拭いてあげよう……。


「動かないでね……才原さん」

「なっ……! せ、セックスかっ!?」

「ついでに、喋らないでいてくれると、もっと嬉しいかも」

「セックスだなっ!」


 ハンカチで、誤魔化し程度に頭を拭きながら……思う。

 ナデナデが効いてくれたら……黙らせられるのになぁ。


「……才原春香、アウト~!」

「え」

「アウトなのです!」

「アウトっ!」


 いつの間にか――長浜さんたちがいた。

 

「ふぅ~濡れる濡れる。詰めなさいもう少し」

「全くもう。ルールーは、雨の日は絶対に外に出ないと決めているのに……。服が台無しなのです」

「お兄ちゃん、風邪、引いてくれた?」

「えっと」


 ツッコミどころはあったが……。とりあえずスルーしよう。


「ほら春香……。これ、使いなさい」

「……あの」

「良いから。……せっかくの旅行なのに、風邪なんて引かれたら、こっちも気まずいのよ」

「……ありがとう」


 才原さんは、長浜さんから受け取ったタオルで、ワイルドに髪を拭いている。

 

「はぁ……。まさか、本当に帰って来ないなんて、思わなかったわ。春香ってやっぱり……。……マジモンの、あんぽんたんなのね」

「なっ……! り、凛子に言われたくないっ!」

「ふふっ。まぁせいぜい吠えれば良いわ……。……あなたはもう、脱落者なのだから」

「は――?」

「だって――稲葉くんに、頭を撫でてもらっていたじゃない」

「……え」


 まさか……。


 ……ハンカチで拭いたことを言ってるのか?


「あ、あれはっ! 私が求めたことではなくて……!」

「あらぁ? 誰が求めたとか、そんな条件は無いのよ? 撫でられた瞬間、即脱落――それが、このゲームの決まりじゃない」

「おのれ……! 凛子、卑怯だぞ!」

「卑怯なのは才原さんなのです。勝手に抜け駆けして、稲葉くんを一人占めして……。……言い逃れはできないのですよ」

「悪いけど、あと一時間で迎えが来るから。春香は帰ってもらうわ」

「う、嘘だろ……!? ……すまなかった! もうズルはしないからっ! 許してくれっ!」

「……そんな生半可な気持ちで、私たちはやってないのよ」


 長浜さんが……冷たい声で言い放った。

 空気が凍る……。

 

 こ、怖いね……! 女の子たちの修羅場って!


「……稲葉健というクスリを手に入れる、命がけのバトルをしているの! 邪魔しないで!」

「その通りなのです! 中毒患者ではない才原さんは、とっとと出ていくのです!」


 ……台無しで~すっ。


 なんだろう……もう少しで良いから、シリアスな感じ、頑張って引っ張っても良いと思うよ?


「お兄ちゃん、くしゃみ出る? 出そうだったら、私の手にして良いからね……!」

「弓音はマイペースだな……。偉いぞ」

「あふんっ♡」

「くっ……! 稲葉くんっ! そうやって、見せつけるように頭を撫でるのはやめなさいっ!」

「そうなのです! このナデナデブローカーめっ!」

「あの、コンプラ……」

「稲葉くんお願いだっ! 最後にち○こだけ見せてくれっ!」

「ふざけんな」


 なんだかんだ、ありましたが……。


 初日にして――早速、脱落者が現れた。


 これ多分だけど……明日には決着ついてない?

 そうでもない?

 まぁいいや……。はい。明日もお楽しみに~。

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