SNSの使い方には気を付けよう。
「……」
「……お、おはよう。稲葉くん。晴れて良かったな……ははっ……」
「……おはよう」
「な、なんだ。その意味ありげな表情は……」
今日の、才原さんの服装をご紹介しよう。
ピンクのワンピース。
白い帽子。
以上。
え――なにこれ。ギャグ?
「才原さんってさ……。……服、着たことある?」
「何を言っているんだ。稲葉くん……。……察するに、私の服装がダサいと言いたいのか?」
「その通りです。はい」
「そこは今更どうにもならない。私にとってはこれがベストだ」
「いや、理屈としておかしいじゃん。まず、才原さんの性格と口調的に、ピンクのワンピはないでしょ。あと、仮に才原さんがピンク狂いだとしても、その帽子は運動用のデザインだし、合わないことはわかるよね? もう一度言うけど、これはセンスの問題じゃなくて、理屈の問題だよ? 英語で国語を解いてるような状態だからね?」
「うぅ……。そんなにボロクソに言わなくても良いじゃないか……」
思っていたよりも凹んでしまったので、これ以上言及するのはやめておく。
「そんなことより……。手を繋いでおこう。今のうちにな」
「え? まだ駅前だし、店は結構――」
「良いから! 直前になって、あたふたしたくないんだよ」
「じゃ、じゃあ……。……はい」
「んっ……」
手を……繋がせていただきました。
……すごい手汗かいてるな。
緊張感が伝わってくる……。
「えっと……。歩きながら、確認しよう。付き合い始めたのは、先月で……。き、キスは、まだしていない。デート自体も、あんまり回数を重ねていない、初心なカップルだから、お互いのことはこれから知っていく……。……みたいな感じで、あっているだろうか」
「うん。バッチリだな。あとは……。お互いの呼び方はどうする?」
「えっ……。……健、くん?」
「やめとこう。不自然だ」
「なっ……! ば、バカにするな! もう子供じゃないんだぞ! 下の名前で呼ぶくらい……。うっ……。……くぅう!」
……可愛い。
イジると良さが出るんだよな……この人。
普段、長浜さんとかルールーに、しっちゃかめっちゃかにされているので……自分が優位に立てるコミュニケーションは、結構楽しいかもしれない。
我ながら、最低な男だ。
なんだかんだで、店にはすぐ着いてしまった。
行列ができており……。僕たち以外にも、大勢のカップルがいる。
……さすがに緊張してきたな。
「才原さん……だいじょっ――」
「いぎぎぎっ、ぎぎっ、ぎ」
大丈夫じゃなさそうだ。
「いらっしゃいませ~!」
「は、はい」
「お二人はもしかして、カップルですか~?」
「そうです……はい……」
店員さんが……僕たちを、交互にジロジロ見つめてくる。
ネットの情報だと、結構当たりはずれがあるらしくて、運が悪いと、たくさん質問されるんだとか……。
「ん~。彼女さん、顔が真っ赤ですね……! まごうこと無きカップルです!」
あ、チョロかった。
「才原さん……良かったな」
「うぅ……! たまったもんじゃないぞぉ……!」
問題無く店員さんのセキュリティをクリアした僕たちは、いよいよ店内へ。
「カップル様ご入店で~す!」
「「「いらっしゃいませ~!」」」
……メイド喫茶かよ。
僕まで顔を赤くしながら……案内された席に腰かけた。
「はぁ……。どっと疲れてしまった」
「いやいや。ここからが才原さんの本題じゃん」
「そうだな……。ははっ。何はともあれ、食べられるのならそれで良い。えっと……」
才原さんと一緒に、カップル限定のメニュー表を確認する。
「……どうせなら、全部食べたいのだが」
「いや、無理でしょ……。ケーキだけでも、十種類くらいあるよ?」
「じゃ、じゃあ……。なんだ。き、君は……。何度も一緒に、ここへ来てくれると言うのか?」
「え、まぁ……うん……」
「そ、そうか……。なら、良いんだ……」
才原さんは、恥ずかしそうに髪の毛を弄っている。
どうやら、それがクセらしい。
……いちいち可愛いんだよなぁ。どうにかしてくれ。
「あ……」
「どうした?」
「これ、これを見てくれ! すごいぞ……カップルで、あ~んをする写真を投稿したら、特製のレモンチーズタルトが注文できるらしい!」
「え……。……やめといたら? SNSなんて、生徒も見るかもしれないよ?」
「目元にモザイクを入れるのはオッケーらしいぞ!」
「怪しい密会みたいにならないかな……それ……」
「……稲葉くんが、イヤなら……無理にとは言わないが……」
頬を赤くして。
申し訳なさそうに、眉毛を下げて……。
……そんな顔されたら、断れないよなぁ。
「……良いよ。それも注文しよう」
「……! あ、ありがとう稲葉くんっ!」
「あっ」
「あっ」
テンションの上がった才原さんが、思わず僕の手を握ってしまった。
才原さんは、恥ずかしそうに……慌てて手を離して、また髪を弄る。
なんだなんだ、この子は……! 本気で僕を堕としに来てるのか……!?
なんて、気持ち悪いおっさんみたいな発想は、抱かないように気を付けよう。
才原さんは、恥ずかしさを誤魔化すように、店員さんを呼んで、お目当ての商品たちを注文した。
注文した商品が、運ばれてきたところで――。
「あ、あの……。レモンチーズタルトを、注文したいのですが……」
「まぁ……! 入店した時から、とってもお似合いな美男美女カップルだと思ったんです! 二人のあ~ん写真が投稿されれば、きっと来客も増えます!」
「で、でも、モザイクだけ……」
「……モザイク無しなら、さらにチェリーパイも――」
「無しでいきましょう」
「いやいやいや」
さすがに止めさせてもらった。
店員さんも才原さんも、頬を膨らませて、僕を見つめてくる。
「稲葉くんっ! チェリーパイだぞ! ここのチェリーは絶品なんだ!」
「そうですよ~彼氏さん。別に、浮気してるとか、偽物カップルとか、そういうわけじゃないんですし、堂々としてください!」
……このタイミングで、偽物云々を言われると……断りづらくなってしまう。
まぁ……才原さんが良いって言ってるなら、良いか。
「じゃ、じゃあ……あ~ん……するよ?」
「いちいち予告するな……! 緊張するだろう……!?」
「だ、だって。じゃあ、なんて言って、するんだよ……! 僕がスプーンを口に押し当てたら、勝手に開いてくれるのか?」
「そんな愛の無いあーんは嫌だっ! もっとこう、ラブラブな感じで……!」
才原さんが、なぜかノリノリである。
すっかり彼女になり切っているようだ。
店員さんだけじゃなくて……周りの客の視線まで集めている。
……これ、本当に大丈夫なのだろうか。
「稲葉くんっ! よそ見をするなっ! まずは、私が口に入れてやろう……。……ほら。あ~んだ……。大きく開きなさいっ……!」
なんだか、歯科医に怒られているような気分になりつつ……。
僕は……口を開けた。
才原さんが入れてくれたのは――チョコレートケーキだ。
「……美味い」
「あはぁ……♡ 素敵なカップルです……♡ ほらほら! 次は彼氏さんの番ですよ!」
マズいぞ……。周りにいる客まで、スマホを構えてる。
けど、今ここで指摘したら、空気が悪くなりそうだし……仕方ない。
現代社会を生きる若者の、ネットリテラシーの低さを恨むとして、諦めて……あ~んをしよう。
「い、稲葉くんっ……。優しくしてくれっ……」
「変なこと言わないでよ……。……もうちょい、こっち来れる?」
「んっ……。あ~んっ……」
「よいしょ……」
「んぐっ……。……むふぅ……♡」
才原さんは……幸せそうに、頬に手を当てた。
多分、頭の中は、今口の中に入れたチーズケーキのことでいっぱいになっているだろう。
カシャカシャと鳴り響く、シャッター音なんて……気にしてないんだろうな。
「では、レモンチーズタルトと、チェリーパイをお持ちしますね! ……もっともっと、あ~んしても良いんですよ?」
「あ、あはは……」
「おいひぃ……♡」
そこから先の才原さんは、僕の存在なんて見えていないかのように、むしゃむしゃと料理を食べ進めていった……。
◇ ◇ ◇
最近、お兄ちゃんが他所他所しい。
まぁ、警戒されても仕方のないことをしてるっていう自覚はあるけどさ……。
……でも、前だったら、しょーもないダジャレを言うためだけに、話しかけてきたりしたくせに。
やっぱり、周りをうろちょろしてる女どもがイケないんだよ。
けど……極めて冷静に、仕留めるって決めたから。
下手な行動は起こせない。
「……ん?」
今日は土曜日。
やることもない私は、呑気にSNSをチェックしてた。
そしたら――タイムラインに、流れてきたの。
『お兄ちゃんが、知らない女にケーキを食べさせている画像』が――。
「は……? なに……? またなの……?」
お、落ち着け私。
まだ、お兄ちゃんが取られたって、決まったわけじゃ――。
「あ――」
『カップル限定メニュー販売中! ご来店お待ちしてます!』
「は……。――ははっ!」
やってくれたねぇ……! バカ兄貴……!
私が散々メンヘラ要素を見せつけて、行動を制限してきたのに……!
やっぱり――バイト代、他の女のために稼いでたんじゃん!
よし。
女はもう、アレするの確定。
お兄ちゃんをどうしてやろう。
私の愛が、伝わらないなら――。
もう……徹底的に教育するしかないよねぇ?
そうだよねぇ?
お父さんとお母さん――しばらく家にいないし。
「ひ、いひひっ……! ひひひひひっ!!!!」
お兄ちゃんの童貞が奪われる前に――回収しなきゃ!
ひ、ひひっ!
うひぃい~~!!
◇ ◇ ◇
「へっくしょんっ!」
「だ、大丈夫か? 稲葉くん……。ほら、ティッシュだ。鼻をかみなさい」
「ありがとう……」
「ふふ……。な、なんだか、本当のカップルみたいなことをしてしまったな……!」
……そうですね。
いやもう本当……そうだと思います。
逆に僕たち、なんで付き合ってないんだろうって感じだもん。
……なんてね。
はい。今日はここまで。
「駅まで送るよ。今日はありがとう。結構美味しかったし……また、誘ってくれ」
「……あの」
「ん?」
「実は、えっと……」
「どうした?」
「ん……」
何か、言いにくいことなのあろうか。
才原さんは、モジモジしながら、髪を弄っている。
「トイレ?」
「ち、違う! バカ! そうじゃなくて……。そ、その、もう少し、一緒にいたいんだが……」
「え。なんで?」
「えっと、えっと……。……あっ! け、ケーキの感想! 言い合いたい! ダメか!?」
「ダメじゃないけど……」
「だったら語ろう! そうしよう!」
「あ、ちょっと……」
才原さんに手を引っ張られて……もう少しだけ、一緒に過ごすことになった。
なんか――マジでカップルみたいだな……。
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