処女が二人と、童貞一人。

「……」

「……」

「……あの」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 僕と才原さんは、今……手を繋いでいる。 

 場所は公園だ。

 彼氏彼女のデート入門編としては……とりあえず、公園が良いだろう。

 そういう話になったのだが……。


 ……どうも、雰囲気がおかしい。

 

「あぅ……」


 才原さんは、顔を真っ赤にして、こっちをチラチラと見てくるだけで、何も次の指示を出さないし……。


「はひぃんっ……♡」


 ルールーは……勝手にもう片方の手で、自分の頭を撫でてるし……。


「あの、お二人とも……。……彼氏、できてます? 今の僕」

「ど、どどどど、どうだろうなっ! あははっ!」

「稲葉くんは、いつでもルールーの彼氏なのですぅ……♡ はふぅんっ……♡」


 ダメだこりゃ。


「あのさ、もしかしてなんだけど……。……才原さん、付き合ったことないの?」

「……そうだな。白状しよう。――経験は無い。処女だ」

「そこまで言えなんて言ってないんだけど」

「最後に異性と手を繋いだのは、幼稚園のころだな!」

「それは、繋いだと言えるのだろうか……」

「むふふふふぅ……♡ 稲葉くんの手ぇ……♡ ゴツゴツしててかっこいいのですぅ♡」

「ルールー。主旨がぶれるから、一旦離れてくれないか?」

「イヤなのです。べぇ~~だっ!」


 子供かよ……。

 一旦僕たちは、手を繋いだまま、ベンチに腰かけた。


「まぁ……なんだろう。そのくらい初々しい方が、逆に本当のカップルと思ってもらえるかもしれないけどな」

「そう、だろうか……」

「二人とも、見た目や振る舞いは当然なのですが……。設定にも注意しないといけないのです」

「あっ……確かに」

「それは任せてくれ。一応考えてある」


 ……恋愛経験のない人が描いた、カップルのプロフィール。

 不安しかないな……大丈夫なのだろうか。


「まず、付き合ったのは……先月だ。私の方から告白したことにしておこう。生徒会で多忙な日々を送る私を、君が優しく支えてくれて……。毎日毎日、励ましの――」

「なんか古臭いのです」

「ふるくっ……!? じゃ、じゃあルールー。君ならどうするんだ!?」

「ルールーなら……。まず、白馬に乗った王子様が――」

「はいもう結構です。撫でるから黙っててください」

「ほにゃはへぇ……♡」


 こんなこと、自分で言いたくないけど。


 ――この中で、一番まともな恋愛経験を積んでいるのは、どうやら僕みたいだ。

 イキりオタクみたいになってしまうが……当日トラブルが起こってもイヤなので、ある程度口を出させてもらおう……。


「えっと……。設定は普通に、生徒会と、風紀委員の手伝いのままで良いんじゃないかな。たまたま顔を合わせるようになったっていう関係性が、通じるような役職だし……。で、あともしカップルで聞かれることがあるとしたら、多分……お互いのどこが好きとか、最初にキスをしたのはいつか、とかだよな。そのあたり――」

「……」

「……」

「……え、な、なんだよ」


 二人が、僕をじ~っと見つめてくる。


「稲葉くん……。やけに慣れすぎな気がするのです。こんな美少女二人に挟まれて、どうしてそんなに冷静でいられるのですか?」

「うむ……。……今更だが、凛子だって、それなりに美人のはずだ。なのに君は、普通に明るく接している……。もしかして――」

「……男の子が、好きなのですか?」

「どうしてそうなる」


 気を取り直して……。


「もしかして、稲葉くんは……。……交際経験があるのか?」

「……まぁ、少しだけ」

「なにぃ!? 童貞のくせに……!」

「童貞は関係ないだろ」

「き、聞いても良いだろうか……。それは一体、いつ頃の話なのだろう」

「えっと、中学三年生の時ですけど……」

「最近なのです……!」


 ルールーの目の色が変わった……。

 ……あ~あ。面倒なことになるから、隠しておきたかったのに。

 バレてしまったものは、仕方ない。さっさとこの話題を流そう。


「それは良いから、さっき言った予想される質問の答えを――」

「ルールーの頭を撫でる時も、その元カノのことが、頭を過る瞬間とかが、あるのではないですか?」

「……」

「稲葉くん。今、その彼女と付き合っていないということは、失恋したばかりなのだな……。それなのに、彼氏のフリをしてくれだなんて、無神経だった。すまない。今回の件は――」

「いや、二人とも……落ち着いてくれよ……」


 まず……何から応えよう。

 

「えっと、才原さんからにするか。……どうして僕の失恋って決めつけるんだよ。中学三年生だし、受験とかが原因で、別れることもあるだろ?」

「なんとなくだが、稲葉くんは面倒くさい男だから、それはなさそうな気がするな」

「今日が初対面だよね……!? 僕たち……! 面倒くさいとか、わかるものなのかなぁ……!」

「そういうところが面倒くさいんだ。男なら、スッと流してくれ」

「勝手なことばっかり言わないでくれよ。あと、ルールーの質問だけど……。……それは、正直ある。というか、ルールーじゃなくても、女の子が照れた顔を見ると、毎回元カノのことを想い出すな」

「浮気なのです!」

「違うだろ」


 はぁ……つい、本音で語ってしまった。恥ずかしい。

 これっきりにしよう。元カノについて話している時が、一番精神衛生上良くないのだ。


「と、とにかく……。予想される質問とかを、ネットの情報も調べて、才原さんには送っておくから……。土曜日までに考えておいてくれ」

「あ、連絡先……」

「そうだった。えっと……」

「あぁっ! ルールーも連絡先を交換したいのです!」

「そう言えばしてなかったな……」


 二人と連絡先を交換した。

 僕はもう……早く帰りたいです。


「……私のスマホに、初めて異性の連絡先が入ったな……。……き、君は、私の初めてを奪ったという自覚を持つべきだぞ!」

「あのさ……なんでそんな意味深なセリフをわざわざ……」

「ルールーも初めてなのです! LI○E処女卒業なのです!」

「なんだよそれ……」

「ふふふ……」


 才原さんは、嬉しそうにスマホを抱きしめている。

 え……。何その反応……。

 僕のこと……。好きじゃない、よね?


「あぁどうしよう。こんな経験をしてしまったら、本当に稲葉くんが好きになってしまうかもしれないな!」


 ……自分から、こんなしょうもない冗談を言うくらいだから、好意なんて抱くはずがないな。良かった。


 楽しそうに笑う才原さんを……ルールーが睨みつけている。


「それだけは許さないのです」

「ひぃ……! じょ、冗談だ……」

「ふんっ……。……まぁ、才原さんは冷静な女の子に見えるので、きっと稲葉くんを衝動的に愛することはないと、信じたいのです。ナデナデも効かない以上、こんな、顔が良いだけでの男に、みすみす心を奪われるような展開には、ならないと思うのですよ」

「あのなぁルールー……。そこまで言わなくても良いだろ……」

「ルールーは、稲葉くんの内面の良さも分かってあげられるのです! だから――。……今度は是非、ルールーとデートしてほしいのですよ……!」


 うっ……また上目遣い……。

 悔しいけど……本当に可愛い。

 こんな能力のことがなかったら……きっと、マジで好きになっていたかもしれないなぁ……僕……。

 けど、もし能力がなければ、出会ってもないわけだから、それは言いっこなしだな。うん。


「じゃあ、今日はこれで解散……」

「あと三十分っ! 頭ナデナデ延長なのです!」

「なっ……」

「稲葉くんっ! もう少し一緒にいた方が、カップルとして自然な会話ができるようになるんじゃないかな!」

「いやいや。さっきの沈黙を想い出してくれよ。声を出したら殺される映画かと思ったぞ」


 結局その後……ルールーのわがままもあって、一時間もベンチに座り続けた。


 そして――迎えた土曜日。


 僕は――妹の弓音に、監禁されるという結末を迎えることになる。


 ◇ ◇ ◇


「また私の出番がないじゃないの。ふざけてるの?」


「……え。第3章は、もう出番無しぃ!?」


「ちょっとちょっとちょっと! 私、メインヒロインじゃなかったの!? おっぱいだって一番デカいのにっ……! 軽音部云々はどこに行ったのよ! 伏線も回収できないラブコメに、未来はないわよ!」


「……え? 文句を言ったら、出番が減る……?」


「ふ、ふふ。冗談よ。第4章では、たっぷりと私の見せ場を作ってくれるのよね? 期待しているわ……!」

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