メインヒロインは私なのです!
「稲葉く~~~っ――は?」
バイト先を訪れたところ……。いつも通り、ルールーが僕に抱き着こうとしてきたのだが……。
すぐ隣にいる、高身長美少女――才原春香さんを見て、その場で固まってしまった。
「あ、あばばばばっ……」
「こんにちは。私は稲葉くんの同級生で、生徒会書記を務めている、才原春香です」
「浮気なのですぅうう!!!」
「えっ?」
「こら。落ち着け」
「あふにゃぁ……♡」
面倒なことになりそうだったので、とりあえず頭を撫でて無力化しておいた。
ルールーは、若干落ち着きを取り戻したものの……才原さんを睨みつけている。
「生徒会が、何の用事なのですか?」
「えっと、稲葉くんが、いつもお世話になっております……と、挨拶に伺いました」
「……才原さんと、言いましたか? あなたは、稲葉くんのなんなのです?」
「い、稲葉くんの? えっと……」
モジモジした様子で、才原さんが僕を見つめてくる。
うん……! 今、一番取っちゃいけない態度だね!
「やっぱり浮気なのですぅ!」
「ご、誤解するなよルールー……」
僕は、大慌ててで事情を説明した。
ルールーは、ようやく本当に落ち着いてくれたようで……深くため息をついた。
「な~んだ。そういうことだったのですね。全くもう。びっくりさせないでほしいのです」
「ごめんなさい……。あの、これ……差し入れです。受け取ってください」
「なんですか、こっ――。……え!? こ、これは! ケーキの名門『ふわふわクリームぷるりんりん』の、一日限定五セットしか販売されないという、『女神のくちづけプリン』ではないですか!」
「あ、詳しいんですね……。はい……良かったら、店の皆さんに……と思いまして」
「稲葉くん! 何をしているのですか! 客人は丁重にもてなすのですよ!」
態度が変わりすぎだろ……。
◇ ◇ ◇
てなわけで。
店長が、張り切ってコーヒーを入れてくれたので、僕たち三人でプリンを頂くことにした。
「良いんですか……? 私まで……」
「良いのです良いのです! こんなに美味しいプリンを……。……んにゃはふぅ♡ 舌が溶けてなくなってしまったのですぅ……♡」
プリンを食べて、表情を綻ばせるルールーに、若干ときめきつつ……。僕もプリンを楽しんだ。
これがね。もう……本当に上手いんです。
胃袋を掴まれるって、このことかもしれない。もう僕、才原さんを好きになりかけてるからな。
「えっと、宮永さ――」
「ルールーで良いのです! あと、敬語も使わなくて良いのですよ!」
「そ、そういうわけには……」
「ノンノン! むしろ、敬語を使われる方が、距離を感じてしまうのです……。プリンをくれるような美少女とは、是非是非ルールーは仲良くなりたのですよ!」
「お前、ノンノンなんて言ったことないだろ。露骨なハーフ要素を、想い出したかのように出してくるなよ」
「せっかく違和感が出ないように、長台詞を言ったのに、台無しなのです」
「ふ……ふふっ」
良かった。才原さんにウケたらしい。
「じゃあ……。……うむ。ルールーと呼ばせてもらおうか」
「うへへ……♡ 稲葉くんが、プリンを運ぶ美少女を連れてきてくれたのです……♡ さすが私の彼氏なのです!」
「え」
「あ」
「ほぇ?」
こいつ……せっかく場が落ち着きかけたのに、またややこしいことを……!
才原さんが、動揺したように、口をパクパクとさせている。
一方でルールーは、シンプルにプリンを食べまくっており、口をパクパクさせている。
「い、稲葉くんっ……。彼女がいたのか……!?」
「違う。こいつが勝手に言ってるだけなんだ」
「ま~だそんなことを言うのですか!? 良い加減ルールーの愛情を受け止めてほしいのです!」
「な、なにか、訳ありのようだな……。……さすがに私は、彼氏のいる相手とは――」
ま、まずい。
もし……土曜日のデートがなくなったら、おっぱいもみもみ部(だっけ)が承認されなくなってしまう……!
……仕方ない。
手の能力のことを話そう……。
◇ ◇ ◇
「……なるほど。それはすごいな。だからあの時、私の頭を撫でたのか」
「うっ……。……本当にごめん」
「それは構わない……のだが。ルールー。だとすると君は、ある種洗脳状態に陥っているようなものなのだから、その好意を妄信するのは――」
「違うのです! ルールーは元から、稲葉くんをちょっと好きになりかけていたのですよ! それなのにこのヘタレクソ童貞は、全くその事実と向き合おうとしないのです!」
「待て。長浜さんも言ってたぞ。頭を撫でられてからは、まるで元から好きだったかのように錯覚し始めたと」
「それは――簡単なのです。長浜さんも……。……言わないだけで、元から稲葉くんのことが、きっと好きだったのですよ」
それだけは……無い。
今思うと、友達のいなかった僕と、友達のいなかった長浜さんが、仲良くわちゃわちゃやっていただけの関係性だ。
好意なんて、お互い微塵もなかった。
……まぁ僕は、おっぱいを揉めるなら揉みたいと思ってたけども。
「その話を踏まえた上で……。……やはり、かりそめの状態でも、好意を抱いている女の子が目の前にいるのに、私の彼氏のフリというのは……」
「いいや。それは構わないのですよ」
「え?」
「だって、ルールーは正妻……メインヒロインなのです。そして、長浜さんという、おっぱいで男をメロメロにする危険性を持った女は、排除しました。よって――向かうところ敵無しなのです。今更サブヒロインが増えたところで、ルールーのポジションが揺らぐことはないのですよ!」
すごい自信だな……。
でも、助かった。これで危機は免れたのではなかろうか。
「まぁ……ルールーがそれで良いなら、ありがたい話なのだが……」
「えぇ。ノープロブレムなのです。……あの、そう言えば……。才原さんは、稲葉くんに頭を撫でられた……と言っていましたが、何ともないのですか?」
「あぁ。どうやら私は、彼の能力が効かないみたいなんだ」
「だったらなおさらオッケーなのです! だってそれなら、才原さんが稲葉くんを好きになることが無いじゃないですか!」
「おいルールー。わからないだろ? 偽物のカップルから、本当のカップルに進化する……なんて話は、お前の好きなアニメでも、良くあるシチュエーションじゃないか」
「アニメと現実の区別くらい、ついているのです!」
……緑髪のアニメキャラを増やすために、髪を緑色に染めたやつの言うセリフなのだろうか……。
とはいえ、なんだかんだで、土曜日の予定もキャンセルされずに済んだし……良かったのかな。うん。
「さて。じゃあ僕はそろそろ帰るよ」
「えぇっ? い、稲葉くん。全然働いてなくないか?」
「ルールーの頭を撫でたら、今日はそれで終わりだからな……」
「なんだその仕事は……」
「ほら、暗くなる前に、デートの練習をしよう」
「……デート?」
ルールーが……怪しく目を光らせた。
「デート、するのですか? 二人は」
「ち、違うぞ? 稲葉くんはそう言っているが……。単に、彼氏のフリをするための、演技指導みたいなものだ!」
「でも、結果行われるのは、デートのようなもの……ということなのです?」
「ルールー。落ち着けよ……。メインヒロインは、そう簡単に動揺したりしないとか、言ってなかったか?」
「も、もももも、ももちちちん」
プリンを乗せたスプーンが、震えている……。
……ていうか、まだ食ってたのかよ。
「でも、でも……! いざ、二人で過ごすって話を聞くと……。やっぱりちょっと、嫉妬してしまうのです……」
ルールーが、泣きそうな顔で、僕を見つめてくるんですが……!?
くそっ……こいつ……。無自覚で可愛い表情をするから、本当にズルいよな……!
「わかった。では、ルールーも審査員の一人として、予行練習に付き合ってくれ。それなら構わないだろう?」
「……! もちろんなのです! ほら稲葉くんっ! さっさと着替えて準備するのですよ!」
「着替えるのはお前だけだよ……」
「そうだったのです……」
照れた様子で、ルールーは控室へと走って行った。
「ごめんな……。あんな感じで」
「いいや。それよりも君は、自分の心配をするべきだろう。これから……女性二人に、彼氏としての振る舞いをチェックされるのだからな!」
「ははぁ……お手柔らかに……」
まぁ……。
……彼氏だった時期も、ちょっとだけありますし?
多分……大丈夫なんじゃ、ないですかね。
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