①キスをする ➁告白をする

「……」

「……」

「……あの」

「は、はいっ!?」

「いや、ケーキの感想は……?」

「……美味しかった」

「小学生かよ」


 才原さんと、公園を訪れて……。

 ベンチに座ったかと思えば、モジモジするだけで一言も離さない。

 いよいよ待ちきれなくなって、僕の方から話しかけたら、このザマだ。


 ――明らかに、様子がおかしい。


「なんか……企んでる?」

「た、企んでない……ぞっ……」

「あぁ~。……わかった。本当は、まだ他に行きたい店があるけど、言うのが恥ずかしいとか、そういうアレでしょ?」

「違う! そんな食い意地の張った子供じゃない!」

「どうかなぁ……」


 レモンチーズタルトも、チェリーパイも……ほとんど一人で食べていたような気がするけどね。

 

「そうじゃないとしたら……。……モジモジしてる理由はなに? おしっこでもないんでしょ?」

「うぅ……。……わからないのか?」

「わからないから、困ってるんです……」

「……そうか。なら、わからせてやろう」

「え――」


 ぷちゅっ……。


 っと、音が聞こえた気がした。

 頬に――柔らかい物質が触れる。

 

 ルールーよりも、弾力は負けるけど――なんとなく、水っぽくて。

 吸い着くような心地良さがあった。

 しかも――長い。


 ぶちゅっ……っと張り付いてから、じゅるるぅ……♡ っと、吸うような刺激まで加えてくる。

 

 ちゅぱっ……。


 『才原さんの唇』が、僕の頬から離れたころには……。

 ……多分、跡が付いているだろうなってくらいに、腫れていた。


「……なにしてんの?」

「……違うぞ」

「違わないじゃん。キス……したよね?」

「した……かもな。あくまで君の主観的な意見を採用するならば」

「いやいや……。……え?」

「右頬だけじゃバランスが悪いっ! こっちもだっ!」


 ぶちゅっ……!


 左頬にも、同じように……。

 才原さんの瑞々しい唇が吸い着いた。

 ちゅぱっ……ちゅぱっ……。っと、赤ちゃんが母乳を飲むときのように、唇で柔らかくついばんでくる。


 ……冗談にしては、ねちっこいキス。

 だから――冗談ではないのだろう。


 ちゅぱっ……。


「……よし! これで、左右均等になったな!」

「……あの」

「才原くんは、オセロというゲームを知っているか!?」

「は、はい……知ってますけど」

「どんなルールか言ってみろ!」

「え……。駒と駒で挟んで、真ん中のヤツが――」


 ちゅぅうう……。


 才原さんが――とうとう、僕の唇に吸い付いた。

 今度はもう、何もかもが違う。

 甘ったるい唾液が、ドバドバ流れこんでくる……ちゃんとしたキスだ。

 

 まぁ、この味のほとんどは……さっき食べたケーキなんだけど。

 才原さんは、器用に舌まで動かして、僕すらも食べ尽くそうとしてくる。

 

 さすがにこれは本格的すぎたので、僕の方から距離を取った。


「はぁ……はぁ……」

「……マジで、何してんの?」

「好きだ」

「順番おかしいでしょ……」

「君が好きだ」

「あの……」

「……好きなんだよぉ」


 才原さんが……泣き出してしまった。


「情緒の遊園地か?」

「うぅ……だって、好きなんだぁ……!」

「なんで泣くんだよ……。……お、おかしいでしょ? 僕たち、出会ったばっかりだし、そもそも才原さんって、頭ナデナデが効かないんじゃ……」

「……確かに私は、君に撫でられたところで、ちょっと気持ちが良いなぁくらいの感想だった。ルールーのように、体の力が抜けたり、妙に艶めかしい声を漏らしたりすることはないだろう。だが――。普通に君に惚れてしまった。こっちの方が厄介だぞ? 原因がわからないからな。対策のしようがない。私は……。……君と、赤ちゃんを作りたいと思っている」


 次から次に、この人……なんなの?

 男女が逆だったら、一億パーセント通報されてたな。


「今、私のことを撫でてみてほしい」

「……なんで」

「それで……何も影響がなかったら、私は本当に君のことが好きという証明になるだろう?」

「いや、あの二人がおかしいだけでさ……。……才原さんも実は、反応が薄いだけで、本当は効果が――」

「良いから撫でろ。撫でなさい。さもなくば、君のことが大好きだと、大声で叫んでみせるぞ」

「勘弁してくれ」


 僕は……才原さんの頭を撫で始めた。

 結構、真剣に。

 頭頂部を、コンコンしたりとか。


 まだ二人には試してない、頭皮を執拗にスリスリする攻撃とか。


 全部――なんてことない顔で、才原さんは耐えてみせた。


「……でも、やっぱり――」

「一目惚れだったのかもしれないな」

「は?」

「君が――生徒会室に入って来た時から、もう私は……ちょっと、好きだったぞ」

「……ありがとうございます」

「それで、君はどうなんだ」

「え」

「今日一日……カップルとして過ごしただろう? 彼女の姿の私を、ある程度は確認したということになるが……。……どうだ? 悪くない彼女だと思う。よく笑うし、手も繋ぐし、キスだって……毎日してやる。その先のことも――」

「いや、ごめん……。いきなりすぎて、何とも……」


 断る……というのも、また違う気がする。

 才原さんは、とっても魅力的だし。

 ……今日だって、何回か、好きになりかけたし。

 

 ここで付き合うのが――ハッピーエンドなのかもしれない。

 そんな説もある。

 でも……なんだろう。なんか違う気がするんだよな。

 

 ……中学三年生の時も、半ば一目惚れみたいな感じで付き合ったから、警戒してしまっているのかもしれない。


「あの、時間をくれないかな……」

「時間って、どのくらいだ? 私はもう待ちきれない。正式な彼女として、君とキスがしたい。エッチもしたい。おっぱいも揉んでほしい。もちろんお尻も。君からもキスをしてほしいし、顔面がぐしゃぐしゃになるくらい舐め回してほしい。それから」

「そのくらいにしとこうか」


 才原さんのキャラクターが、これ以上崩壊するのは避けたい。

 ほんのちょっと前まで、凛々しい感じの……。どちらかと言えばツッコミタイプの仲間だと思ってたのに。


 ただの……性に関心のある、エッチな女の子だったなんて……。


「では、明日返事をくれ」

「早すぎるって」

「月曜日」

「いや……」

「火曜日」

「……」

「だったら今に――」


「兄貴~」


 才原さんと……イチャイチャしていたところ。


 背筋も凍るような、低い声が聞こえた……。

 もちろん、その声の主は――。


「……弓音」

「奇遇だね。こんなところで」

「ん……? 誰だ……?」

「こいつは――」

「私は稲葉弓音。そいつの妹。……で、やたらと距離の近いあんたは、一体何者?」

「私は……。才原春香だ。君の――。……君の兄と、そろそろ彼女になる女だ」

「……ふ~ん。兄貴、そうなの?」

「いや、これには事情が――」


 弓音が……たまたまこんなところにいるのはおかしい。

 間違いなく――計画的な行動だ。

 

 僕は……とてつもなく、イヤな予感がしていた。


「兄貴、これ見てよ」


 弓音はスマホを取り出し……。

 

 僕が、才原さんの口にケーキを運んでいる画像を見せてきた。


「カップル限定……。……でもなに? まだ付き合ってないの?」

「いいや。もう付き合う直前だ。君が邪魔をしなければな」

「あっそ。……ちょっと才原さん。こっちに来てくれる?」

「な、なんだ……?」


 才原さんは……警戒しながらも、弓音に近づいていく。

 僕は……もう、何をすることもできなくて……。


 気が付くと、才原さんが倒れていた。


「ゆ、弓音……こ――」

「殺してない。ちょっと眠らせただけ。……兄貴、帰ろう?」

「待て……。話を聞いてほしいんだ。僕は――」

「聞かない……! お前みたいなグダグダハーレム製造機の話なんて……! 大人しく私の言うこと聞かないなら――。……この女の裸の画像、ネットにばら撒くから……!」

「弓音……」


 そんな――小学生にインターネットの恐怖を教えるミニドラマみたいな脅し方するなよ……。


 ◇ ◇ ◇


「……マズいわね」

「マズいのです」


 大変なことが起きたわ。

 第3章での出番がないことを悟った私は、ルールーと一緒に、稲葉くんたちを監視していたの。

 ……ケーキ屋でイチャついたり?

 公園で……キスしたり……!?


 叫び出しそうになったポイントはいくつかあったけれど、全部グッと堪えたわ。

 あとで――彼に償いをさせるためにね。

 

 そしたら、大事件発生よ。


 いきなり――メンヘラ妹として有名な、稲葉弓音が、春香を襲って――稲葉くんを連れて行っちゃったのよ!


「ルールー……あの女は苦手なのです……。『マジで』人を何人かヤってそうな目をしているのですよ……」

「俗に言う、メンヘラというヤツかしらね……。……稲葉くん、大丈夫なのかしら」

「……助けに行くのです」

「えぇっ……。わ、私は嫌よ……? 怪我とかしたくないもの……」

「怯えている場合ではないのです。このままでは――稲葉くんの童貞が、奪われてしまうかもしれないのですよ!」

「な、なんですってっ!? 童貞がっ!?」

「う、うぅう……! うるさいぃ……!」

「春香! 目を覚ましたのね!」


 頬をべしべしと叩いていたかいがあったわ……!


「春香聞いて。稲葉くんが、メンヘラの妹に連れ去られてしまったわ」

「そうか……。……では、助けに行かねばならないな」

「春香までっ……! あなたたち、命が惜しくないの?」

「稲葉くんの童貞より――大事なものは無いのです」

「そうだぞ凛子――。童貞喪失は……一度切りのイベントだ」

「……くぅう。やるしかないのね……!」


 こうして私たちは……。


 稲葉くんの童貞を取り返すために、彼の家へ向かったわ……!

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