最終章 ナデナデよ、永遠に――。

ナデナデ禁止合宿。

 そんなこんなで。


「うふぁ~! 広いのですぅ~!」

「めちゃくちゃ広いわね! 私の心くらい広いわ!」

「お、おい……。あんまりはしゃがない方が……」

「お兄ちゃんっ! 一緒のベッドで寝よう!?」

「あぁ! ズルいのですっ!」

「そうよ! 一緒に寝るのは私!」

「待てっ! 私はそのために寝袋を持ってきたぞ! ぴったり稲葉くんと密着できるようにな……!」

「……なんで『温泉旅館』まで来て、寝袋で寝ないといけないんだよ」


 ……僕たち一向は――温泉旅館に、来たのでした。


 ◇ ◇ ◇


 少し戻って。

 あの日の会話の続きから、どうぞ。


「ルールーとお兄ちゃんが結婚したら……。私も一緒に住んで良いって、言ってくれたの……!」

「ふふん。しかも、お風呂だって一緒に入って良いのです。一週間に一回くらいだったら、二人きりで寝てくれても構わないのですよ! いつかできる、二人の赤ちゃんと――キスをする権利も与えるのです!」

「ねっ!? すごいでしょ!?」


 あ~~。わかった。


 ……おばあちゃんが、デパートでウォーターサーバーを買わされそうになってた時と、同じ気持ちだ。


「……ルールー。よくも、うちの妹を洗脳してくれたな?」

「し、してないのです……! ルールーはただ、稲葉くんと付き合う許可を、妹さんにもらうという……至極真っ当なことをしているだけなのです!」

「あのな。メリットだけを提示するのは、詐欺師のやり口だぞ」


 そもそも、許可をもらうなら、普通親だろ……。


「じゃあ、デメリットを言ってみてほしいのです」

「……いつまでも一緒に居続けたら、弓音が自立できないだろ?」

「え……。お、お兄ちゃん、私と離れたいの……?」

「そうじゃなくて……」

「あ~あ。泣かしたのです。泣~かした~泣~かしたっ! せ~んせ~に~言ってやろっ!」


 どうしよう……二対一なんだけど。

 とりあえず……。

 

 本位じゃないが、こちら側の陣営を増やそう。


 と、いうことで、僕は長浜さんと才原さんを家に呼び出した。

 

「結婚っ!? ふざけないで……! そんな勝手な話、稲葉くんのメインヒロインであるところの私が、許すはずがないでしょう!?」

「そ、そうだぞルールー! 稲葉くんは、私と結婚して、子作りエッチをするんだ!」

「才原さん……。妹がいるので、できれば下ネタは控えてもらえると……」

「子作りエッチのどこが下ネタなんだっ!? 説明してみろ!」

「えぇ……」

「稲葉くんっ! 私の頭を撫でなさい!」

「それは今、関係あるのかな」


 うるさいので、無力化するために撫でることにした。


「はひふぅ……♡ やっぱりこれなのよぉんっ♡」

「あぁ~! ズルいのです! ルールーも撫でてほしいのですっ!」

 

 あっという間に、両手が塞がってしまった……。

 

 ……弓音が、羨ましそうな目で見ている。


「はっ! え、えっと! ルールーは! 良い子なので! 弓音さんに譲るのです!」

「本当!? ありがとうルールー……! やっぱりお兄ちゃんの妻は――」

「どっしゃいしゃいっ! わ~たしだって譲るわよ!? なんてったって風紀委員だもの! 普段からお年寄りに席を譲るのはもちろんのこと、若者にだって席を譲っているわ!」

「それは……どうなんだろう」


 多分……変な人だと思われてるよ……長浜さん。

 駅が同じなので、あんまりトリッキーなことはしてほしくないですね……。


「稲葉くん……。そう言えば、私もあんまり撫でてもらっていないような気がするぞ……!」

「いや……。だって、才原さんは効かないからな……」

「効かなくたって! す、好きな人に頭を撫でてほしいと思うのは……普通のことだと思うが!?」

「あぁもう……! 一旦落ち着くのです!」


 さすがに、四人全員集まると……疲れるな。

 

「……とにかく、ルールーが稲葉くんと結婚することは、もう決まったのですよ! 長浜さんと才原さんが、口出しをする権利はないのです!」

「……待ってくれ。ルールーは、両親の仕事の都合もあって、頻繁に海外に行くだろう……? 生活環境が目まぐるしく変化するのは、大変じゃないか?」

「え……。わ、私、英語苦手……」

「な、か、関係ないのです! 稲葉くんと結婚するころには、ルールーも立派な大人! 両親の仕事なんて影響するはずが――」

「でも……どうせなら、ご両親とも頻繁に会えたほうが……。私、良いかも……」

「なはっ……!?」


 ルールーが、悔しそうに頭を抱えている。

 まぁ……弓音って、結構環境の変化に敏感だからな。

 ……僕に彼女が出来て、荒れてしまったという事実を見れば、明らかである。


「安定性で言えば、私の家が一番じゃないかしら。長浜家は、名門中の名門……! 稲葉くんが働かなくても、一生遊んで暮らしていけるだけの資産があるわよ……!」

「……金持ちって、色々面倒なことがありそう」

「……」

「よし。じゃあ私だな。私は一般的な家庭の、一般的な女の子だ。稲葉くんと同じ大学に行き、ごく平凡な会社に就職して……。波風の立たない穏やかな人生を、共に過ごすと約束しよう」

「才原さんは……。……意外と計画性なしに、衝動で子供を作りそうだから、ちょっと……」

「……弓音ちゃん。わかりづらいかもしれないが、今私はとんでもないダメージを心に負ったぞ」


 てなわけで。


 ……全滅です。


「お兄ちゃんは?」

「え?」

「お兄ちゃんは……。三人の中で、誰が好きなの?」

「……!」

「……っ」

「……ぅ!」


 三人の視線が、一斉に集まってきた。

 どうしよう……。

 ……性格も踏まえた話をすると――三人とも、正直タイプではない。


 顔なら……ルールーが一番かな。でも、内面が……。

 ……才原さんは、実は僕も……弓音と同じことを想ってた。

 いきなりキスしてくるし……。

 案外アホっぽいところあるし……。

 ある程度警戒して対策できる長浜さんと違って、一番危険なタイプだと思う。


 かといって、その長浜さんは……。

 ……まぁ、おっぱいは大きいですけど。

 それ以外は……元々敵対関係であったことも加味すると、一生仲良くやっていけるかどうかと問われれば、何とも言えない。


「……みんな……好きかな」

「稲葉くん。最低の返答なのです」

「ドキドキを返しなさいよ」

「平等な愛ではなく、単なる分散だな」


 フルボッコにされてしまった。

 でも……本心だからなぁ。


「……そもそも、頭を撫でたことがきっかけになっている以上、結婚だなんて長期的な話は、避けるべきかなと……僕は思う」


 僕がそう言うと……。三人は、何やらヒソヒソと話し始めた。


 代表して……長浜さんが、僕に何か言うらしい。


「……なんですか」

「……ナデナデ禁止合宿をするわよ」

「なにそれ……」

「ナデナデを禁止する合宿よ」

「ごめん。ちゃんと説明してくれる?」

「だから……。ナデナデを禁止した上で、同じ時間を共有して、それでもまだ――稲葉くんのことが好きだったら、さすがに認めてくれるでしょう?」

「いや……それ、前やってなかった?」

「前のはお遊びよ。……今回は、一週間でも、二週間でも。全員が脱落するまで続けるわ。最後までナデナデという薬○に手を出さなかった女の子が――稲葉くんに相応しいという勝負よ」


 ……果たして、そうだろうか。

 僕には、頭ナデナデによって込み上げてくる衝動が、わからないから……。

 そんなの、ちょっと頑張れば、我慢できるんじゃないかって、思ってしまう。


 そもそも……。


「……そんな長い期間、学校休めないでしょ」

「稲葉くん……? それ、本気で言ってるの?」

「え?」

「全く呆れたな。君は……普段、何を考えて生きているんだ?」

「な、なんだよ」

「……稲葉くん。明日――多くの学校は、終業式を迎えるのです」

「……あ」


 そんな都合の良い話が、あってたまるかと。


 そう思う方も、大勢いるだろう。

 もしかしたら、矛盾が生じているかもしれない。が――。


「……そうか、夏休みか――」

 

 登場人物全員が認めたから――もう、夏休みが始まってしまうのである。


 ◇ ◇ ◇


「お兄ちゃん、よろしくね……!」

「おう……」


 結局、僕と一緒に寝るのは、弓音に決まったらしい。

 まぁ……普通に考えたら、当たり前の話なんですけどね。


「い、今から寝る……!?」

「旅館に着いたばかりだし……せっかくだから、色々見て回らないか?」

「そ、そうだよね。えへへ……。私、お兄ちゃんと寝るの好きだから、つい……」

「わかった。じゃあ寝よう」

「……稲葉くん。さすがに流されすぎじゃないか?」


 呆れた様子の才原さんが、僕を見降ろしている。

 その後ろから……髪を結びながら、長浜さんが近づいてきた。


「海も近くにあるのよね……! せっかくだし、遊びましょうよ!」


 ちなみにこの旅館……。長浜グループのご厚意で、一銭も払うことなく泊めていただけることになりました。本当にありがたいです。

 なので……。

 長浜さんの提案は、ある程度飲んであげたいというところはある。

 

 けっして。


 けっして。


 長浜さんの水着姿が見たいからとか、そういう理由ではない。

 けっしてな。


「よし……海に行こう!」


 ……おっぱい合宿……!


 じゃなかった。

 ナデナデ禁止合宿――スタート!

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