デレた妹が一番可愛いって、それもう常識だから。

「ん……?」


 朝、僕は……謎の温もりを感じて、起床した。

 温もり、どころか、柔らかさもあって――。


「……え」


 それは――弓音だった。

 僕の自慢の妹が……すぅすぅと、可愛らしく寝息を立てているのだ。

 

 ……僕が寝ている間に、ベッドに潜り込んできたんだな。


 えぇ……めちゃくちゃ可愛いんですけど……なにそれぇ……。

 思わず僕は、眠っている弓音の頭を撫でてしまった。


「はひんっ!♡」

「あ、ご、ごめん。起こすつもりはなかったんだが……!」

「……お兄ちゃん?」

「はい、お兄ちゃんです……」

「えへへ……♡ お兄ちゃん……♡」

「わっ……ちょっ……!」


 弓音が……ぎゅぅ♡ っと抱き着いてきた。

 なんだなんだ。この幸せな朝は。

 僕……こんなに恵まれてて良いのかな。


 ……正直。中学生の時は、いつまでもくっついてくる弓音を、ちょっと厄介だなぁって思ったこともあったけど。

 今はもう全然思わない。むしろ、ずっと密着していたい。


 僕は……弓音を、優しく抱き締め返した。

 うぉ……温かい……! これが妹の温もりかぁ……!


「……あんたたち、なにしてんの?」

「あっ」

 

 いつの間にか、母さんが入り口に立っていた。

 やたらとニヤニヤしている。

 ……まぁ。わかるよ。今となってはこの光景も、珍しいからな。

 

 これから――普通になっていくんだろうけど。


「弓音。あんた今日早起きするんじゃなかったの?」

「……はっ!」

「ご飯できてるから。早くリビングに来なさい」

「はひっ!」


 口元から、だらしなく涎を垂らしつつ、弓音は目をぱっちりと開けて……僕を見つめてきた。


「お兄ちゃんっ!」

「ど、どうした?」

「リビングまで、抱っこ!」

「……小学生かよ」

「小学生だよ!」

「な、なぁ弓音? お前も、実は高校生なんだぜ……? さすがにこう……ぴったり密着っていうのは、お兄ちゃん照れちゃうっていうか……」

「やっ」

「おぉふ……」


 ぎゅぅう……。っと、コアラの子供のようにしがみついてきて……絶対に離さないという意思を示されてしまった。

 仕方ない……このまま連れていこう。


「弓音、反抗期だから、前みたいにするのは無理かも……とか、言ってなかったか?  むしろ……前より酷くなってる気がするんだが」

「……寝る前までは、ちょっと恥ずかしいなって思ってたけど。こっそり忍び込んで、お兄ちゃんに抱き着いて、一晩寝たら……。……なんかもう、全部大丈夫になってた。むしろ、離れてると呼吸が苦しくなるくらい」

「それは……良くない兆候だな」


 リビングに到着。

 僕は、弓音を椅子に降ろそうとしたのだが……。


「やっ……!」


 ……弓音が、全然離してくれない。

 仕方なく、僕は弓音を抱えたまま着席した。


「……あの、私……。高校生の娘に、お兄ちゃんの上でご飯を食べちゃダメって、叱らないとダメなのかな」

「母さん。許してやってくれ。そういう時期なんだ」

「まっ、反抗期よりはマシかぁ……」

「お兄ちゃん……。言い忘れてたことがあった」

「なんだ?」

「……おはよう!」

「……おう」


 どうしよう。


 僕の妹――世界で一番可愛いかも。


 ◇ ◇ ◇


「でさ。弓音ってすっごい温かい匂いがするんだよな。大地を抱きしめてるような感じなんだよ。体温も、もちろん高くて、冬が来るのが待ち遠し――」

「うんこね」

「え?」

「うんこだな」

「なっ……」

「うんこうんこ。うんこフェスティバルよ」

「うんこ運動会だ」


 昼休み。

 長浜さんと、才原さんと一緒にランチをしているのだが。

 ……うんこは、良くないよな。


「稲葉くんって、うんこマンなのよ」

「小学生みたいなあだ名をつけないでくれ」

「うんこうこうせいだな」

「上手いこと言ったつもりか?」

「稲葉くん、今日のお昼は――」

「待て。それ以上は絶対に言うな」


 僕のお昼ご飯は――カレーである。

 これ以上、何を言うべきでもない。


「どうしたんだよ二人とも……。……僕の世界一可愛い妹の話を、もっともっと聞いてほしいのに」

「稲葉くん、春香に告白されたんだって?」

「え」

「どうやらそうみたいだぞ」

「いや、なんで他人事……」

「返事を、まだもらっていないんだが」

「うっ……」


 才原さんが、顔を近づけてくる。

 長浜さんも……じ~っとこっちを見つめてきた。


「いや……。……だからさ、才原さんは、なんか色々勘違いしてるんだって。告白された時も言ったけど、やっぱりナデナデの秘められし効果……みたいなのが、発揮されてるんだと思うよ?」

「じゃあなんだ。君は、私をこのまま宙ぶらりんの状態で放置するつもりなのか?」

「そうよ稲葉くん。フるならフってあげなさい。それで、私の専属頭ナデナデ執事になるの」


 そんな役職は聞いたことがない。


 ……どうしよう。

 まぁ、その……。今は、付き合うつもりはないんだけど。

 でも――あとから、付き合わなくて後悔するかもしれないし。


 弓音の反抗期が治まった以上、別に誰と付き合ったって良いんだけどさ……。


「……ごめん。今は、ちょっと……。なんかそういうの、考えられなくて」

「つまり、私とは付き合えないと、そういうことか?」

「……はい」

「そうか。では、また後日告白をさせてもらおう」

「え」

「君が首を縦に振るまで……。あるいは、私の本当の愛を伝えまくって、君から告白したくなるようになるまで、私は諦めずに戦うぞ」

「いや……え?」


 告白って……そういうもんなの?

 敗者復活制度とか、あんまりなくない?


「稲葉くん。春香はとっても強情なのよ。逃げられると思わないことね」

「いや、凛子に性格を悟られるほど、一緒の時間は過ごしていないと思うが……」

「酷いっ! うえぇえぇんっ!」

「な、泣くなよ……。ほら。昆布巻きだ」

「あむっ……。……おいひぃ」


 単純だな……。

 

「じゃあ稲葉くん。今度の日曜日は空いているだろうか。またケーキを一緒に食べてほしいんだ」

「あ、うん。それなら是非……」

「私も行く!」

「春香は風紀委員のボランティアがあるだろう? というかまぁ、そういう日をあえて狙ったんだがな! はっはっは!」

「くっ……! 生徒会のくせに……! 小癪な真似を……!」


 役職に関しては、残念ながら長浜さんも人のことを言えないと思う。

 ……日曜日か。

 ……弓音も連れていきたいけど、多分カップル云々のヤツだしなぁ。


「……また、妹のことを考えているな?」

「へ? な、なんでわかるの?」

「君の考えていることなんて、全部丸っとお見通しなのだよ。……愛の力でね!」

「だっさ」

「なんだとっ!?」

「愛の力とか、重いだけじゃない! メンヘラ! おっぱいも無いくせに稲葉くんを困らせるんじゃないわよ!」

「お~~っぱいは関係ないだろう!? むしろおっぱいしか武器がないのか! 凛子は!」


 あぁ……おっぱいで喧嘩が始まってしまった。


 けど、まぁ……平和で良いですね。

 妹の反抗期が終わったという事実があるだけで、心穏やかに過ごすことができる。


「ん……?」


 スマホにメッセージが届いた。


 ……ルールーだ。


 『稲葉くん! 今日はマスターが急用で、バイトはお休みなのです!』


 ありがとう……っと。

 そうか……じゃあ、家に帰って弓音と遊ぼう。

 けど……。


 なんで店長、僕じゃなくて、ルールーに連絡したんだろう。

 一応、先輩だからってことかな……まぁいっか。


 ◇ ◇ ◇


 そして迎えた、放課後。


 我が家の玄関に……見覚えのある靴を発見。


 リビングに入ると……。


「あ、お帰りなのです。稲葉くん」


 ルールーが……まるで家主のように、ソファーでくつろいでいた。

 その隣には、弓音もいる。


「弓音……。家に入れたのか?」

「う、うん……。うるさくて近所迷惑だったから」

「はぁ……」

「ため息なんてつかないでほしいのです! 帰宅したらルールーがいるだなんて、最高だと思わないのですか!?」

「思いません……。帰ってもらえます?」

「なっ……!」

「お兄ちゃん。そんなこと言ったらダメだよ?」

「え」


 う、嘘だろ……?

 弓音は……ルールーの味方なのか?

 初対面は、最悪だったのになぁ。

 人生何があるか、わからないものだ。


「ふふん。ルールーはもう、弓音ちゃんを完全に攻略したのです……!」

「……攻略?」

「そうなのです……! ……ね? 弓音ちゃんっ!」

「うん……! ……あのさ、お兄ちゃん。――ルールーちゃんと、結婚してよ」

「……え」


 なぁ……。

 

 僕の人生は……イベント続きなのか!?

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