妹、完堕ち。

「頑張って! 弓音ちゃん!」

「人前でアレだけゲボを吐けるなら、何でも言えるはずなのです!」

「お、応援してるぞ! 当たって砕けろだ!」

「春香、それはダメじゃないかしら……」

「……行ってきます」


 はい。

 と、いうわけでね。皆さん。


 聞こえてますよ。もちろん。全部全部。

 弓音――反抗期じゃなかった!

 いや、反抗期だけど……でも……!

 

 ちゃんと、僕のこと、好きなままだったよ!

 今夜は宴だぁっ!


 なんて、叫び出したいテンションを抑えつつ。

 聞こえていなかったフリをしようと思う。

 部屋に戻ってきた弓音を……。

 僕は、絶妙な『何も聞いてませんけど?』顔で出迎えた。


「お、おう……弓音……」

「……聞こえた?」

「ん? 何がだ?」

「その……。色々……」

「いや……。何も」

「そう……」


 弓音は……恥ずかしそうに、金色に染めた髪を、くるくると指に巻いている。

 ……とりあえず、僕からは何も言わないでおこう。


「えっと、えっと……」


 目の前であたふたする弓音は……。

 ……まるで、反抗期に突入する前の姿を、見ているようで。

 どうしよう……泣きそうです。泣いても良いですか? ダメダメ。もう少し我慢。


「ゆ、弓音……?」

「えっと、気持ち、違う。謝罪? あぅ、えっと、あの……。ん? 殴る? 叩く? 踏む?」


 おい。なんだか思考が絡まって、変な方向に歩きだしてるぞ……!? 大丈夫なのか……!?


「ち、治療っ!」


 弓音は、ようやく行動が決まったのか……。

 文房具盛りだくさんの引き出しから、消毒液と、その他諸々を取り出した。


「足っ! 治すっ!」

「あ、ありが……。……うぎっ!?」

「ごめっ、ち、違うのっ! 治したく、てっ! うぇ……」

「え……」


 弓音が……泣き始めてしまった。


 ……あぁ。

 そう言えば……泣き虫でしたね。この子。


「お兄ちゃんごめん……。ごめんなさぁい……」

「……大丈夫だから。落ち着こうな?」

「うん……」

「あ、い、痛いです……。あの、治療は後で自分でやるから、とりあえず拘束を外してくれると……」

「そ、それはダメっ! お兄ちゃん逃げるかもしれないもん!」

「逃げないよ……。こんな足で、どこに行くっていうんだ」

「やっぱり痛いのっ!? ご、ごめんねぇ……?」

「わっ……泣くなって……」


 ……戻りすぎ!

 これじゃあまるで……小学生じゃないか……!

 

「弓音……。まだ、無理だったら、無理に話そうとしなくても……」

「……ううん。できる。私……大丈夫だから」


 涙を拭いて……。 

 キリっとした表情で、弓音は僕を見つめてきた。

 ……しかし、すぐに頬を赤くして、俯いてしまう。


「かっこいい……」

「……照れるな。それは」

「だって、すっごいかっこいい……。バロンドールだよ……」

「何かの賞と間違えてないか?」

「グランドスラム……?」

「弓音……。やっぱり、一旦落ち着いてから――」

「好きっ!」

「え」

「お、お兄ちゃんのこと……す、好きです……!」

「ありがとう……ございます……」


 え……。

 なにそれ……むっちゃドキドキする……。

 足の痛みとか、一瞬で吹き飛んだわ……。


「けど……。すぐには、やっぱり無理……。反抗期、抜けきらない……」

「そ、そうか……」

「で、でも! お兄ちゃんのこと、好きっ! だから、私のこと……嫌いにならないで?」

「なるもんか。……僕だって、お前のこと……大好きだからな」

「……うぅ。幸せ……♡」


 弓音が、僕の膝の上に、頭を乗せてきた。

 そして……何やら、意味深な目を向けてくる。


「どうした……?」

「……頭、ナデナデしてほしい」

「えっ……! い、いや。それはさすがに……」

「だって、他の女の子にはやってたよ……!? 私にはしてくれないの!? うぇえぇっ!」

「すぐ泣くなって! あぁもう……どうなっても知らないからな!」

「あうっ♡」


 弓音の頭を……優しく撫でていく。

 あぁ……なんか、すっごい汗ばんでるな。


 いっぱいいっぱい……色んなこと考えて。

 たくさん泣いて――。 

 ……苦労、させちゃったな。ごめんな……。


「んひぃ……♡ お兄ちゃん♡ すきぃ♡」

「お、おう……」

「お兄ちゃんは? 弓音のこと好きぃ?」

「ゆ、弓音! 一人称が名前になってるぞ? それはさすがにメンヘラっぽいからやめないか……?」

「やめる……♡ んっ……♡ ふぅ……♡」


 危なかった。

 もう少しでうちの妹が、ガチンコメンヘラ拗らせ女子になるところだった。


 その後も、しばらく撫で続けていると……。


「すぅ……。すぅ……」

 

 弓音は……眠りについた。


 ……いっぱい寝てほしいな。疲れただろうし。


 さて……。

 

「誰が、拘束を解くんだ?」

「私に任せなさいっ!」

「ルールーに任せるのですっ!」

「稲葉くんっ! 私が――」


 三人が……部屋になだれ込んできた。


「……おう。元気だった? みんな」

「い、稲葉くんっ!? 足がめちゃくちゃ腫れてるじゃない! 舐めてあげるわ!」

「ルールーも舐めるのですっ!」

「えっ!? わ、私の分がない……。じゃ、じゃあ私は……キス、しちゃおうかな……!」

「ごめん三人とも。拘束を解いたら、すぐに出ていってくれる?」


 こうして、妹メンヘラ問題は解決し……。


 ……僕はまた、三人の美少女との、イチャイチャラブラブ生活に戻るのだった――。

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