反抗期をゲボにして吐き出します。

「おぇええぇぇええぇっ!!!」


 うげ……。吐いちゃった……。


 トイレまで我慢できずに、思いっきり……。

 最近、ちゃんと食べられなくて……胃袋には、ほとんど何も入ってないはずなのに。

 なんで……ゲボが出るんだろう。


「げほっ……! おえぇっ……!」


 服にまで飛び散ってしまったので、私は下着になった。

 鏡に移ったのは――。私。

 いや、当たり前だけどね。私以外が写ったら怖いし。


 ……なんも、変わってない。

 中学生の時から、身長も、おっぱいの大きさも……。

 多分……。


 中学二年生で心の成長が止まったせいだと思う。

 普通の人なら乗り越えられる問題で、私は躓いちゃったから……。


「おええぇっ!」


 今度は、ちゃんと……洗面台で吐くことができた。

 ゲボを流してたら……。


 お兄ちゃんの、痛がってる顔が浮かんできた。


「私っ……おぇえっ……」


 酷いこと……した。

 今までだって、お兄ちゃんが痛くなるようなことは、してきたけど……。

 全然――比じゃない。

 足、真っ赤っかだったし。

 腫れてたし。


「おぇえっ……」


 大好きなお兄ちゃんに、私は……傷をつけたんだ。


 大好きな……?


 ……そうだよ。

 大好き、なのに……。

 なんで、こんなに憎いんだろう……。

 わかんない……。


「げぇ……」


 もう……何も出なくなった。

 マジでメンヘラじゃん……私……。

 どうすんの……?


 部屋……戻るの?

 でも、お兄ちゃん……絶対私のこと嫌いになった。

 いや、元から多分……嫌いになりかけてたけど。

 完全に――終わった。


 何が理屈で仕留めるだよ。

 クソガキのくせに……。

 イきってさぁ……何とでもできるとか思ってるから、こんなことになっちゃうんじゃないの……!?


「げほっ……」


 謝ろう……。

 ……無理。

 謝りたい……。

 ……できない。


 終ってる……。



 ――インターホンが鳴った。


 出ちゃ、いけない格好してるけど。

 もうそんなの、考えられなくて……。

 

 私は――玄関のドアを、開けてしまった。


「わっ、ひ、開いたっ!」

「誰が出てくるのですっ!? やっぱりあのバケモノ妹――」

「……なっ」


 ……まぁ、来るだろうなって思ってたけど。

 そこには――お兄ちゃんの周りを彩る、美少女三人組がいた。

 

「え、な、はっ!? なんで下着なのよ!」

「うげぇ~~! ゲボくせぇのです!」

「ま、待て! これは何か事情が……」

「……助けて」

「「「へ?」」」


 自然に……その言葉は、出てきちゃった。

 ずっと……ずっと、多分、吐き出したくて仕方なかったんだと思う。

 物理的に吐けるモノ、全部吐いちゃったから……。


 ……出てきちゃったのかな。


「お兄ちゃんと――ずっと一緒にいたいの……」


 ◇ ◇ ◇


「ゲボは掃除しておいたわ!」

「うげぇ~! ゲボとか言わないでほしいのです! ルールーまで吐いてしまいそうなのですよ!」

「き、君たち! 静かにしないか!」


 ……やかましい。

 

 でも……。


「……ありがとう、ございます」


 感謝……しないと。

 ゲボまみれの私や床を、綺麗に拭いてくれて……服まで着せてくれたんだから。


「で……。一体何があったのよ。稲葉くんは?」


 私は、こうなった経緯を説明した。


 ……いや。

 それだけじゃない。

 

 全部、全部説明した。


 私がこんな風になっちゃった原因とか。

 お兄ちゃんへの想いとか。

 ……三人に対する嫉妬とか。


「……で、結局何が言いたいのですか?」

「おい……ルールー……」

「茶化していい空気じゃないでしょ? 察しなさいよ」

「……別に、茶化してないのです。ルールーは、本当にわからないのです。弓音さんが……何で悩んでいるのか」

「はぁ……!? わ、わかっ――げほっ!」

「うわっ! またゲロを吐くのですか!? 逃げるのです!」


 宮永さんが、才原さんに頭を叩かれた。


 ……わからないって、何?

 わかるじゃん……。

 全部、ちゃんと話したじゃん……!


「まぁ、正直ルールーの言いたいことはわかるわね」

「凛子まで……」

「……春香もそうでしょ?」

「……」


 三人は……顔を見合わせて……。


 ……長浜さんが、代表者みたいな感じで、私の前に立って、顔を覗き込んできた。


「な、なに……?」

「あのね……。弓音ちゃん。その感情……別に、普通だから」

「へ……?」

「お兄ちゃんが好きで、ずっと一緒にいたくて、離れたくない……。その周りにいる女の子に、嫉妬する……。……別にそれって、普通のことよ?」

「……何を言ってんの? そんなはずが……」

「ルールーだって、長浜さんも、才原さんも、消えてしまえば良いと思っているのですよ」

「わ、私はそこまで思っていない。いない、が……。……一人占めにできたら、幸せだろうと思う……な」


 意味、わかんない……。

 なんで……?


 どうしてそんな、気持ち悪いこと……人前で言えるの?


「あんたたちと一緒にしないで……! 私は兄妹なんだよ!? いつまでも好き好き言ってたら、頭おかしいって思われるんだから! 何も知らないくせに!」

「言われたのか?」

「えっ――」

「言われたことが、あるのか?」

「……無い。だって、こんなこと、誰にも――」

「今の私たち……どう? あなたのこと、キモいって言った?」

「……」

「ルールー、ゲロがキモいって、言ったかもしれないのです……」

「おい! 台無しだろうが!」


 ……え。

 もしかして……。

 

 私が、自分で……ずっとずっと、重たいって思ってた感情は、こんなものだったの?

 ただ、一人で抱え込んで……。

 ヘラってた、クソデカ感情……。

 

 ……なんか……え? 嘘……。本当に? こんなもん?


「例えばだけど……。嫉妬云々は置いといて、もし稲葉くんが誰かと結婚して、子供を授かったとしましょう。……その時、弓音ちゃんは、どう思うかしら」

「……嬉しいって、思う。家族……増えるから」

「ほらみなさいよ。普通じゃない。お兄ちゃんのことが大好きな、ただの妹よ」

「ち、違う! だって、私……お兄ちゃんと離れたく、なくて……! そのためには、結婚しかなくて……!」

「離れたことないから、そう思うのです。ルールーだって、小さい時に両親と離れることがあった時は、毎回泣き叫んでいたのですよ? こんなに可愛いルールーを置いていくだなんて、二人はルールーのことがもういらなくなっちゃったのですか!? って、喚きまくって、空港で他の客にめちゃくちゃ睨まれたのです」


 ……離れたこと。


 ……無い。

 確かに――無い。

 

 反抗期で、心は離れたけど……。

 ずっと、一つの屋根の下にいたし……。


 ……普通、なのかな。


「……普通って、思っても……良いのかな」

「当たり前でしょ」


 長浜さんが……私の頭を、撫でてきた。

 

「……今まで辛かったわね。一人で抱えて。何かあったら――いつでも話してちょうだい」


 嘘みたいに――綺麗な笑顔。


 私は……涙が、止まらなくなっちゃって……。


「おええええぇ……!」

「ちょっ! ハァっ!? ふざけんじゃないわよこのクソ女! 人の服にゲボをかけやがってっ!」

「台無しだぞっ……!」

 

 あぁ……これでもう、全部吐き終わったかな……。

 

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