マジの目をした美少女たち。

「もう無理ぃ!! 頭撫でてぇっ!♡ くるじぃのぉっ!」


 ……ルールーが脱落してから、三時間後。


 長浜さんは……涙を流しながら、頭を撫でてほしいと懇願してきた。

 しかし、僕が撫でようとすると……。


「触るんじゃないわよぉ! 冗談もわからないのっ!?」


 ……こんな感じで、拒絶してくる。


「ふぅう……! あぁ……! うっ、げほっ! おえええぇっ!」

「えずかないでよ……」

「稲葉くんっ! こんなことして楽しいのかしらぁ? 純情な乙女の心を、弄んでぇっ……!」

「その意見はさておき……。少なくとも長浜さんは、純情な乙女ではないよ」

「はうっ! くそっ……! 絶対ぶん殴ってやる……! ボコボコにしてやるわっ!」


 長浜さんは……拘束を解こうと、必死である。

 両手両足に手錠を付けており、満足に体が動かせない状態だ。


 ……ちなみに、二時間前に、長浜さんが自分でやったことなので、叩かないでほしい。

 『このままだと、ルールーと同じように、稲葉くんの手を自然と頭に乗せてしまいそうだわっ!』 

 などと言いながら、こんな状態に自分を追い込んだのである。


 結果――暴君が誕生した。

 弓音も、呆れた様子で長浜さんを眺めている。


「……この人がお兄ちゃんの妻は、ちょっと無いかなぁ」

「だよな……」

「おいっ! 何をひそひそ話してるのよ! 私にも聞かせなさい! あとついでに頭を撫でなさいっ!」

「だから、撫でるから……暴れないでって」


 長浜さんの頭に、手を伸ばすと――。


「さ~わ~る~なぁっ!」


 かっ! っと、牙をむき出しにしながら、怒られる。

 もはや、人として大事な何かを失い、野生化しているようにしか思えない状況だ。

 髪の毛はボサボサだし……。泣きすぎて、目が真っ赤になってるし。


 早く諦めた方が、楽になれるんじゃなかろうか……。


「うぅ……。辛いぃ……。もう無理ぃ……。頭にゃでにゃでしてよぉ……」

「だ、だから、するって……」

「しないでっ!」

「……」

「撫でてぇっ……。おえぇえぇっ」

「……お兄ちゃん。私が『仕留める』から、もう撫でてあげて?」

「えっ」

「い、いやっ! ダメよ弓音ちゃんっ! 来ないでぇっ!」

「ふんっ!」

「がはっ――」

 

 弓音が、背中をグッと押したところ……。

 がくっ……っと、長浜さんの体から、力が抜けた。

 え……。なに、その技……。


「はい。お兄ちゃんどうぞ?」

「い、いや……弓音……。今、なにしたんだ?」

「えへへ」

「えへへじゃ誤魔化せないだろ……!」


 反抗期が終わってくれて、本当に良かった……。


「じゃ、じゃあ、申し訳ないけど、長浜さん……。……撫でるから、これで終わりにしよう」

「いやぁ……。助けてぇ……」

「やめてよその……被害者みたいな態度」

「……被害者じゃない」

「まぁ……」

「こんな気持ち、植え付けられて……! 好意との見境も、つかなくなっちゃって……! その結果がこれっ!? あんまりじゃないっ! もう泣きそうよっ! うわぁ~んっ!」


 泣いてるじゃん……。 

 

 さすがに可哀想に想えてきたのか……。弓音が、長浜さんを椅子に座らせて、お茶を飲ませてあげた。


「んぎゅっ……。ありがとう弓音ちゃん……」

「……いえ」

「……弓音、どうかしたのか?」

「ううん。なんでも」

「……あの」


 長浜さんが……。初めて見るくらい、真面目な表情で、僕を見つめてきた。


「なに……?」

「……私の話を、ちょっとだけ聞いてから、撫でるかどうか決めてちょうだい」

「……わかった」

「ありがとう。……あのね。私の、その……あなたに対しての好意についてなのだけど……。……自分でも、わからないのよ。撫でられてから、明確に意識したことは、認めざるを得ないわ。でも――。その前から、他の子たちとは違う、何か別の感情を、稲葉くんに対して抱いていたという、事実もあるの」

「……そりゃそうでしょ。だって、結構迷惑かけてたし。恨みの感情なんじゃない?」

「違うわ。……恨みだったら、とっくに偉い先生に報告して、あなたを退学にしてもらっていたと思うもの。毎回毎回、私がエッチッチな漫画を回収して、生徒指導の先生に渡して……。いっぱいいっぱいからかわれても、それでもなお、自分の手であなたを取り締まったのは――。……ね? そういうことなんじゃないかしら」


 ……長浜さんの言い分も、わからないでもない。

 けど……結構プライドの高い人だから。

 何としてでも、自分で更生させたい。そんな想いもあったんじゃないかと、推測してしまう。


 その熱意が――好意に置き換わったっていう言い方だって、できてしまう。


「私は――風紀委員になる前から、稲葉くんのことを見ていたのよ?」

「……え」

「だってほら……一緒の駅じゃない。アレは忘れもしない……。――受験日のことだったわ」

「そ、そんな前?」

「そうよ。あなたがね……。私と同じくらい背の高い、銀髪の女の子と一緒に、歩いているのを見て――。今考えると、アレっていわゆる元カノってやつかしら? その時は……。……美男美女カップルがいるわね……くらいにしか、思わなかったけれど。とにかく、私のあなたに対しての第一印象は、決して悪いものじゃなかったの」


 ……今更すぎる。 

 都合の良い記憶を、後出しで付け足しているだけにすぎない。

 

 長浜さんが――僕のことを、本気で好きなはずがないのだ。


「……お兄ちゃん」

「ん?」

「言おうかどうか――迷ったけど」

「……」

「……」

「……え。けど、で止めるなよ」

「聞きたい?」

「そりゃ……ね?」

「えぇ。聞きたいわ。是非とも」


 賛成票が二つ集まったので……多数決の原理により、弓音は発言する流れとなった。


「……同じ目をしてる。あの女と」

「……え」

「だから……。……多分、お兄ちゃんのこと、本気で好きなんだと思うよ」

「まじ、か……」

「ほ、ほら……。だから言ったでしょう? 私――あなたのこと、マジで好きなのよ」


 ……いやいや。

 え……気まずいです……。

 だとすればなおさら、頭なんて撫でなきゃ良かったじゃん。

 普通に付き合えてたかもしれないじゃん。


 なんて……言っちゃダメだよなぁ。

 

 最低限……能力を自発的に行使した、責任は取らないといけない。


 つまり……。


「……ごめん。それでも僕は――長浜さんと付き合うことは、考えられないよ」

「どうしてよ……。私、大声で泣いちゃうわよ? 妹の前で、女の子泣かせて、恥ずかしくないのっ……!?」

「信用できないって。自分のこと……。……だって、手の能力がなかったら、今でも弓音とは、最悪の関係性のままだったかもしれないし……」

「お兄ちゃん……」

「じ、自信持ちなさいよ! 顔だけは良いって……! 撫でる前から私、ずっとずっと言ってきたじゃない! あなたはイケメンなのっ! だから――」

「イケメンなのは……わかってるよ」

「そ、そう……。ならいいわ」


 ……自分で言いたくないけどな……! そんなこと……。

 でも……。

 彼女だって、一応いたわけだし。


 だし……。

 ……。


「……他の二人は、同じ目、してなかった」

「……」

「もちろん、本気度が違うだけで、お兄ちゃんのこと、好きは好きなんだろうけど……。……長浜さんは、バチバチのマジだよ……」

「ほら、ほら……! もう、私で良いじゃないっ……! 誓いのナデナデ、しちゃいましょう……!?」

「……いや、やっぱ――」

「ちょ~っと待ったぁ~!」


 外から――声が聞こえた。


 外、とは言っても……。

 旅館の中ではない。

 庭の方から――聞こえてくるのだ。


 弓音が、窓を開けると――。

 

 ――自転車に乗った才原さんと……助手席に乗るルールーの姿があった。


「……いや、なにしてんの?」

「自転車で……戻ってきた! 家からなっ! 一日かけて!」

「それは見ればわかる……。……ルールーも、さっき帰ったんじゃ……」

「電車のトラブルで、駅で待ちぼうけをくらっていたのです。そしたら、この性欲をエネルギーに変えてペダルを漕ぐ女がやってきて……」

「ルールー。もう少しまともな言い方は無いのか……? 私は一応、君を救ったスーパーヒーローだと思うのだが……」

「ぬんっ。べ、別に? ルールーは野宿でもかまわなかったのです!」

「本当か? 私の顔を見た途端に、大声で泣き出して、もうダメかと思ったのですぅ~! って言ったくせに」

「くっ……。う、うるさいのです!」


 すっかり、コメディ一色な空気になってしまったが。


 ……えっと、これは、どうするべきなのだろう。


「稲葉くんっ……。やっぱり私は、君のことが好きだ。ナデナデ我慢対決では負けてしまったが……。……諦められないよ。だからこうして、汗くっさくなりながらも、一睡もせずペダルを漕いで、ここまで戻って来たんだ」

「ほんとに臭いのです。女の子とは思えないほど」

「う、うるさい。……とにかくだな。私は――。絶対絶対、君と結婚して、赤ちゃんを――じゃなかった。……君を――幸せな旦那さんにしてあげたいんだ! 頼むからこの気持ちを受け取ってくれっ!!!」

「る、ルールーも同じなのですっ! 好きな人には、目いっぱい尽くす女の子として、地元では有名なのですよ!」

「いやルールー。君は国を行ったり来たりしているから、地元の定義があいまいだろう? つまりこの話は作り話だ!」

「がびぃ~んっ! バレてしまったのですぅ~!」


 がびぃ~んっ! って。久しぶりに聞いたぞ。

 けどまぁ……。


 と、とりあえず、長浜さんの告白に、ちゃんとした返事をしないといけない空気は、変えられたかな?


「……お兄ちゃん」

「お、ど、どうした?」

「良いニュースと、悪いニュースがあります」

「なんでしょう……」

「良いニュースから。――長浜さんが……。呆れすぎて、気絶してます」

「なんと……」


 確かに……がくっと気を失っている。

 しかし、呆れすぎてということはないので……。

 ……多分、弓音がさっき押した、背中のツボが原因なんじゃないかな。


「……で、それが良いニュースって、ことは、悪いニュースは、もっと酷っ――」

「あの二人も――元カノと同じ目に変わった。お兄ちゃんのこと――マジで好きっぽいよ

「……ははっ」


 あの……どうしよう。みんな。


 僕――変なハーレム、築き上げちゃったらしい……。


「ラウンドすすすすすっ、すっ、すりぃ~! なのですよ!」

「おぉ~~! 次は絶対に勝つっ!」

「……もう、勘弁してもらって良いですか?」


 長い長い夏休み……。

 ……僕の苦労は、もう少しだけ、続きそうだ――。


 

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