エピローグ。

 後日談。

 という形が、正しいのかどうかはわからないが。


 結局、夏休みという長い期間を経ても、僕たちの関係性は進展しなかった。

 なぜかと言えば……。

 ……三人とも、可愛すぎるから。

 魅力的すぎるから。


 本当に――僕のことが好きだと分かった以上、責任を持って、フッたり、フラなかったり、しないといけないだろう?

 そんなのさ……。無理なんだよな。

 

 だから今は、とりあえず……グダグダのハーレムライフを継続している。

 三人も……。

 ……フラれるよりはマシだと考えているのか、そんな僕を許してくれているみたいだ。


 かと言って、何か状況が改善されたかと言えば、そうではない。

 むしろ――悪化している。


「好きよ。稲葉くん」

「おはよう」

「好き」

「……おはよう」

「おは好き」


 朝、登校すると……。

 長浜さんが、僕の靴箱の前で待ち構えている。

 

 真正面で、僕を見つめながら……。告白してくるのだ。


 当然、周りの視線が、ゴリゴリに集まってしまうが……。

 ……この人は、あんまりそういうのを気にしてないらしい。


「こら。キョロキョロしない。私だけを見てよ」

「いっ」


 頬を……ぎゅっと、両手で挟まれてしまった。

 僕の顔を、ふにゅふにゅと潰しながら……。

 ……本気で、恋に堕とそうとして――とびっきりの笑顔を向けてくる。

 

 というかもう、僕は――ある程度、堕ちているんだと思う。

 こんな、おっぱいがデカくて。

 良い匂いがして。

 ……実は結構、優しくて、気遣いのできる女の子、早々いないから。


「稲葉くん」

「な、なんでしょう」

「……撫でて?」

「え」

「ほらこっち」


 長浜さんは、僕の手を掴み――風紀委員室へと連れ込む。


「撫でてっ♡ ナデナデしてっ♡ もう頭限界なのぉっ!」


 ……はい。

 いつも……こんな感じです。

 

 僕がなぜ、好意をたっぷりと投げつけられても、冷静でいられるのか、というと……。

 ……やっぱりこの、頭を撫でるという行為が、僕たちには付きまとってしまうからだ。


「んぁっ♡ お手て来たぁ♡ これしゅきぃ♡ だいしゅきなのぉ♡ 稲葉くんしゅきしゅき♡ ロマンティックあげ~るわよ♡」


 あ、危ない。突然歌い出したのかと思った。


 ……こんな感じで、僕の一日は始まる。

 もちろん――頭を撫でる必要があるのは、長浜さんだけではない。


 あと二人――予約が入っているのだ。


 ◇ ◇ ◇


 昼休み。

 

 僕は……生徒会室を訪れている。

 通常の教室の、三倍ほどの広さがあるこの空間で……。


「……どうした稲葉くん。食べないのか?」

「……食べますよ?」


 ……生徒会書記の、才原さんと――二人っきりだ。

 もう、何をされても言い訳はできない。

 こんな危険な場所に、何も考えずに足を踏み入れた、君が悪いんだよ? と言われたら、僕はきっと、法廷で負けてしまうだろう。


「私の今日のお昼ご飯は、サンドイッチだ。具は、栄養に配慮して、たまごと、鶏肉と、アボカド、レタスもたっぷりと挟まっている。それに比べて君はなんだ。菓子パン二つ。しかも、どちらも甘いやつ……。栄養をなめているのか? なめているんだな。そうかわかった。つまり君は、栄養バランスを考えた食事をいつでも管理してくれる……専属の妻――略して、専属管理栄養士妻が必要になってくるわけだ。それにふさわしいのが、今君の目の前で、完璧な栄養バランスを誇るサンドイッチを食べている、生徒会書記――才原春香というわけだな。いただきます」


 い、いただきますの一部だったのか。今の詠唱……。


「今日は偶然、母さんが忙しくて、弁当じゃないだけだよ。普段はきちんと、栄養バランスのとれたものを食べてる。心配ご無用だ」

「そうか。しかしだな。君は頭を撫でるのが上手だ」


 支離滅裂だよぉ……!

 ちなみに才原さんは、僕がここへ来てからずっと、涎をドバドバ垂らしていて、制服がべちょべちょだ。

 サンドイッチも……具材を詰め込みすぎていて、掴んだ途端全部溢れ出している。       

 栄養もクソもないだろ……そんなに溢したら。


「こんな汚い状態になっているのはなぜだろう。理由は二つある。一つは、頭をナデナデしてもらうことしか考えていないから。もう一つは、頭をナデナデしてもらうことしか、考えていないからだ」

「一つじゃん……」

「さぁ稲葉くんっ! 頭を撫でなさいっ!」

「……はぁ」


 僕が……なんでわざわざ、菓子パンを買ってきたか、この人は知らないだろう。


 ――片手でも、食べられるからだよ。畜生。


「うむ……♡ やはり、良いモノだな。頭ナデナデは」

「……二人みたいに、中毒じゃないんだからさ。我慢してくれないかな」

「無理だな! 私はシンプルに、君に頭を撫でてもらうのが好きみたいだぞ!」

「そうですか……」

「あ、ちょっと失礼」

「え」


 才原さんが、いきなり、頭の上に乗っている僕の手を掴んで……引っ張ってきた。

 体制を崩した僕は、そのまま、才原さんにもたれかかってしまう。

 

 そして――。


 才原さんの顔が――目の前に。


「最近、キスで子供を作るのも、ありじゃないかと思い始めたんだ」

「大丈夫?」

「全然大丈夫じゃない! あ~もう♡ 君を好きだという気持ちが溢れて、空に飛んでいってしまいそうだ!」

「早く飛ばしてくれる? そしたら才原さん、僕のこと好きじゃなくなるでしょ?」

「馬鹿め……。……好意の弾は無限装填なんだよ! いただきますっ!」

「っ……」


 ぶっちゅっ……♡

 っと、弾けるような音がした。


 才原さんの……アボカドがへばりついた舌が……僕の口内に……。


「ふっちゅっ……♡ ちゅぅう……♡ ……どうだっ……! これで、栄養満点のお昼御飯だぞ……! 私の唾液をたっぷりと味わって……! 元気な遺伝子を、たくさん――」

「もう、終わり……!」


 この人のキスは――本気すぎる。

 僕は、才原さんを突き放して……。

 菓子パンをビニール袋に戻し、出口に向かった


「そういうことするなら……一人で食べるよ」

「ま、待ってくれ。稲葉くん……」

「なに?」

「好きだ」

「……」

「好きだぞ」

「……ありがとうございます」

 

 ……頭とか、思いっきり殴ったら、いきなりまともになったりしないかなぁ。


 もっと壊れたら面倒だから、やめておこう。


 ◇ ◇ ◇


「はにゃふぅ……♡」

 

 放課後。バイト先。

 

 ルール―の頭を撫でながら……。僕は、本を読んでいる。


「はひぃ……♡ やっぱりこれなのですぅ……♡」

「満足したか?」

「一生しないのですぅ……♡」

「じゃあ、いつやめてもいいな」

「うぁっ! は、離したら、警察を呼ぶのです!」

「大げさすぎるだろ……」


 ルールーは、あの二人に比べれば……まともな方だ。

 あくまで、相対的な話だけどな。

 ある程度撫でれば、言うことを聞いてくれるし。


 ……いきなり、襲い掛かってくることも、あんまりないし。


「もう、良いかな。ページが捲りづらいんだけど」

「バイト中に読書をするだなんて、ライトノベルのキャラクターみたいなのです」

「それはどういう意図で言ってるんだ?」

「さぁ……。自分で考えてほしいのです。あっ♡ はふんっ♡ そ、そこ♡ もっとゴシゴシってしてほしいのですぅ……♡」


 結局……一時間程度、頭を撫でさせられて、今日のバイトは終了。

 更衣室で着替えを済ませて、帰ろうとしたところ――。


「待つのです。稲葉くん」


 ルール―に、引き留められた。

 

「なんだよ……。もう、一時間も撫でたんだぞ? 腕がパンパンで……」

「これ、あげるのです」

「……え」


 冷えピタ……?


「湿布を貼るほどでない時は、こういうものを使うと良いのですよ」

「……あ、ありがとう。……え。なんだよ。何か企んでるのか?」

「う~ん。企んでいると言えば、そうなるのですが……」


 ルールーは……恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯いた。


「ルールー……。やっぱり、稲葉くんのこと――ちゃんと、好きなのです。だ、だから……。……お返しとかは、しっかりした方が良いと、思っているのですよ」

「……」

「……な、なんなのですか!? その顔は!」

「い、いや……」

 

 ……可愛い。


 素直に、思ってしまった。

 

 気まずい空気が流れる……。

 ま、まるで、本当に――恋が始まっちゃうんじゃないか……!? みたいな、危険なムードだ。


「稲葉くんっ……」

「は、はい……」

「……お金は、今度で良いのですよ」

「……え?」

「じゃあ、ルールーは電車の時間があるので、先に失礼するのです!」


 ……忘れてた。

 あの子――ケチだったわ。


 ラブコメの神様……起きてる?

 ていうか、そんなのもしかして……いない?

 どっちでも良いや……。


 ……帰ろう。


 ◇ ◇ ◇


「あ、お兄ちゃんお帰り」

「ただいま……」


 帰宅すると……妹の弓音が、抱き着いてきてくれる。

 もう、これだけで、生きてて良かった……! って、思えるんだよな。

 

「頭、撫でて……?」

「よしよし……」

「はひぃんっ……♡ しゃいこぉ……♡」


 ……。


 ……?


「……弓音。いつまで抱き着いてるんだ?」

「え?」

「いや、あの……リビングに行きたいんだけど」

「手洗いうがいは?」

「あぁそうだな。うん。それは、そうなんだけど……。荷物とかさ、リビングに――」

「手洗いうがいが大事だよ?」

「お、おう……」


 なんだ……? 手洗いうがい週間か? 高校生にもなって。

 弓音が、くっついたまま離れてくれないので……仕方なく、洗面所へ。


「ふぅ……。……じゃあ、リビングに――」

「お兄ちゃん。今日はもう寝よう?」

「え、いや……。まだ、夕方なんだけど」

「寝る子は育つんだよ?」

「もう、身長結構伸びたし……。これ以上は――」

「あ、あと、五分だけ待ってっ!」


 ……何か、不自然だ。

 弓音は……僕に、隠しごとをしている。

 

「なぁ、弓っ――」


 がらがらがら……。っと、音がして……。

 玄関の靴箱の蓋が開いた。

 その中から――。

 

 ……見覚えのある靴が、たくさん出てきた。

 それは決して――僕とか、僕の家族のものだから、見覚えがあるというわけじゃない。


「弓音……。リビングに入るぞ」

「えっ、えっ……!」

「あいつらがいるんだろ?」

「いない!」

「じゃあ、あの靴はなんだよ……」

「盗んだの!」

「……」


 弓音に、ぎゅっと抱きしめられたまま、どうしたものかと困っていると……。

 いきなり、スマホの振動音が聞こえた。

 僕のじゃない……。


「弓音、スマホ……」

「入っていいよ!」

「え……」

「お兄ちゃん――お誕生日、おめでとう!」


 弓音が――リビングに向かうドアを開くと――。


 ――豪華な装飾。


 テーブルいっぱいに並ぶご馳走。


 そして――。


「ハッピーバースデー! 稲葉くんっ!」

「ハッピーヴゥァ~スデェ~イ! なのですっ!」

「ハッピーバースデーだぞ!」


 三人が――クラッカーを鳴らし……。


 ……床が、紙クズだらけに。

 と、いうのは、陰キャの感想だ。

 僕の心の中の素直な気持ちは――。


 ちゃんと、喜んでいる……っぽい。


 ただ、一つだけ言いたいことがある。


「僕……誕生日、四月なんだけど」

「知っているわよそんなこと。でも、まだ祝われていなかったでしょう?」

「弓音さんが、企画してくれたのです。反抗期のお詫びとして……」

「ふふっ。準備に手間取って、どうなるかと思ったが――大成功だな!」

「お兄ちゃんっ!」


 弓音が――大きなケーキを持って、僕を見上げている。


「……今まで、色々ごめん。こんな私だけど、これからも――よろしくして、良いかな……?」

「……当たり前だろ。弓音は――僕の妹なんだから」

「お兄ちゃんっ……!」


 ……こんな、幸せで良いのかな。


 何か月遅れか、わからないけど……。

 妹に、誕生日を祝ってもらって。

 そのパーティに……こんな、美少女三人までいて。


 僕さ……。

 ……恵まれすぎてない?

 明日いきなり、スパイに殺されたりしないかな。大丈夫?


「これが、一つ目のケーキね!」

「え?」

「こっちが二つ目……! えっと、去年もお祝いしてないから! ね?」

「あ、ありがとう……」

「それと、これ……! プレゼント!」


 弓音が……袋を手渡してくれた。


 中に入っていたのは――マフラーだ。


「冬になったら……。い、一緒にこれを付けて、登校したいな……!」

「……弓音」

「ん?」

「泣いても良いかな。僕」

「えぇっ!?」

「あ、無理……泣く……ごめん……」


 涙が止まらない。

 弓音……ありがとう。


 僕は、振り返って……。

 ぐっしゃぐしゃの顔面で、みんなにも、頭を下げた。


「ありがとう……本当に……」

「な、泣くなっ。ば、ばわ、わばじまでなげぐふうぇええぇんっ!」

「なびをばびべびぶぶべぶばっ! ぶべえぇええええぇっ!」

「い、にゃばきゅんっべええぇえぇっ!」


 ……僕以上に泣いてどうする。

 

「じゃあ……。えっと。食べるか……? こんなにたくさん。料理があるわけだし」

「ふふんっ! ルール―が、カタログから料理を選んだのですよ!」

「私のグループが作ったから、味は間違いないわ! 早く食べさせ合いっこしましょう!?」

「なっ! ず、ズルいぞ!? 私と口移しで海老を食べよう!」

「……片方尻尾じゃん」


 弓音が……楽しそうに笑ってる。

 この笑顔を見るまで、少しだけ、時間がかかってしまったけど……。


 ……ナデナデのおかげで、なんとか取り戻せた。

 ……三人の美少女とも、知り合うことができた。

 誕生日を――盛大に、お祝いしてもらえた。


「稲葉くんっ! 主役がボーっとしていてどうする! 乾杯だ乾杯っ!」

「へへんっ。ルールーは海外で、お酒を飲んだことがあるのです! だから、今回もアルコール――」

「風紀委員と生徒会役員の前で、冗談とはいえ、よくそんなことが言えるな。学校に連絡させてもらうぞ」

「や、ば、う、うそぴょ~んっ! なのですよ!」

「お兄ちゃんっ! 早く早く!」


 ラブコメの、神様。


 僕に……不思議な力を授けてくれて、ありがとう。

 

 まだ、十分に活かしきれてるとは、思えないけど……。

 ……頑張るから、見ててくれ。

 

「……かんぱいっ」


 グラスのぶつかる音が響く……。


 みんなの笑顔を見ながら、僕は……ジュースを飲み干した。

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頭をナデナデするだけで、どんな女の子でも『メロメロ』にできる能力を手に入れてしまった話。 藤丸新 @huuuyury

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