わかりやすくフラグが立つ話。

 てなわけで。

 僕は翌日、また秘密漫画を学校に持ち込んだ。

 理由はもちろん――長浜さんの頭を撫でるためである。


 接点のある異性は、長浜さんしかいないのだから、しょうがない。


 適当に秘密漫画を開いて、中庭辺りで読んでいたところ――。


「……随分堂々としてるわね。犯罪者予備軍」

「お。釣れた釣れた」

「はぁ!?」

「ごめんごめん。怒らないでくれよ。今日はちょっとだけ、話があってさ。呼び出したくて、わざわざこんな目立つことをしたんだ。ほら、没収してくれ」


 秘密漫画をあっさりと手渡した僕に、長浜さんは怪しむような視線を向けてくる。


「……まさか。爆弾とか仕組んでないでしょうね」

「本当の犯罪者になっちゃうよ」

「そもそも……話があるだけなら、普通に風紀委員室に来ればいいじゃない」

「いやいや……。……緊張するじゃん。そんなの。彼女の家に行くみたいでさ」

「か、かのっ……! バカっ!」


 え。なんで怒られたの?

 わざわざそんな、頬を真っ赤にしてまで拒絶しなくても……。


「ごめんごめん。僕なんかの彼女は嫌だろうけどさ」

「そ、そうじゃなくて……! ……はぁ。もういい。話ってなによ」

「ここじゃアレだから、二人きりになれる場所とかどうかな」

「……!」


 長浜さんが、僕から三億メートルくらい距離を取った。

 アレほど嫌っていた秘密漫画を、ギュッと胸に抱いて、僕を睨みつけてくる。


「……何を企んでいるの?」

「何も……? ただちょっと、会話がしたいだけ」

「怪しすぎるわよ! あなたみたいなエロ男と二人きりになったら、何をされるかわからないわ! 絶対無理!」


 ……そうだよな。

 言われてみれば、秘密漫画を毎日学校に持ち込んでいるような男と、二人きりになりたいはずがない。

 困ったな……どうしよう。


 ――罠にハメるしかないか。


「あのさ。西棟の三階の空き教室って知ってる?」

「知ってるけど……それが何よ」

「実は僕――あそこに、秘密漫画をたくさん隠しているんだ」

「なんですって!?」

「今日はその件について、自首したくて……。……でも、騒ぎにはしたくないから、長浜さんだけに話した……って、感じです。はい」

「あなた、なんてことを……。……でもまぁ、素直に報告したことは、褒めてあげるわ。早速行きましょう」


 だから――チョロすぎるだろ。


 僕は心の中でガッツポーズをしながら、長浜さんと共に、空き教室へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「で、どこにあるのよ」

「えっとね、そこのロッカーなんだけど……」


 縦長の、主に箒や塵取りなどを入れるロッカーを指差す。


 長浜さんは、何も疑うことなく、大股でそこへ向かい……扉を開いた。


「何よ。何もなっ――」


 こちらを振り返ろうとする前に……。


「はにゃっ!?♡」


 頭を――優しく撫でる。

 

「ちょっ♡ んひぃ♡ いやぁんっ♡」


 昨日の夜、インターネットで、女子の頭の撫で方を学んだ僕は――無敵だ。

 おでこの辺りから、指を差し入れて……。

 

「んはぅうう……♡」


 頭皮に指が触れる感覚を意識しながら、頭頂部まで向かわせる。


「んほっ……♡」


 頭頂部まで来たら、そこを――とんとん♡ っと優しく叩くのだ。


「んぁはぁっ!?♡ そ、それなにっ!?♡ いやぁっダメっ♡ 声出ちゃっ♡ んふぅ♡」


 ……なんかこれ――エロい感じになってないか?


 やっぱり、僕の手って……。


「離しなさいよぉっ!!!」

「んぎゃっ!」


 思いっきり突き飛ばされてしまった。

 仰向けになった僕を、長浜さんは真っ赤な顔で見降ろしている。


「はぁっ……♡ はぁ……♡ ……んっ、はぁ……♡ ……あ、あなた、一体、何をしたって言うの……!? いきなり、体が熱く……。……んはぁんっ♡」


 びくんびくんと痙攣する長浜さんは、まるで――。


 ――なんだけど。

 でも、だからと言って、アヘ顔をするとか、股の間から何かが漏れてるだとか、そんな様子はない。

 汗は――めちゃくちゃかいてる。


 そのせいで、ブラが……。


「……っ!」


 僕の視線に気が付いた長浜さんが、慌てて胸を隠した。


「見たわね!?」

「見てないよ。自意識過剰だね」

「その言い方は卑怯だわ……!」

「……あのさ、長浜さん。聞きたいことがあるんだけど」

「何よ……! この性犯罪者……!」

「い、いや。頭撫でただけじゃん……! ラブコメとか読んだことないの……?」

「うるさいうるさい! あなたなんか大っ嫌いよ!」

「うっ!」


 大っ嫌いとか言われると……さすがに傷つくな。

 ……賢者タイムじゃないけれど、気持ちが一気に沈んでしまう。


 そうだよな……。

 僕みたいなヤツに頭を撫でられるなんて、可哀想だ。

 この手のことは、一旦保留にしよう……。


「……ごめん。長浜さん。僕が悪かったよ」

「振れ幅がデカすぎるのよ……! いきなりセクハラしてきたと思ったら、真面目な顔して謝罪? そんなの聞き受けるわけ――」

「すいませんでした!!!」


 ジャパニーズ――土下座。

 床掃除でもするのかというくらいの勢いで、僕はデコを押し付けた。


 伝われ――誠意!


「僕みたいなキモい男が、長浜さんの綺麗な髪の毛を触ってしまって、申し訳ございません! 今後はキモキモの犯罪者予備軍の自覚を持ち、紳士として生きることを誓います!」

「なっ、そ、そこまでしろなんて……」

「もう秘密漫画も持ち込まない! 長浜さんにも関わらないって誓うよ! だから許してください!」

「……なによ、それ……。良いから、顔を上げなさいよ」


 ……伝わっただろうか。


 ……いや。

 長浜さんは……酷く、傷ついたような顔をしていた。

 そっか、そうだよな……許してもらえないよな。


 気まずい……。


「ごめん長浜さん! 追いかけて来ないでね!」

「えっ、ちょっ、稲葉くんっ!?」


 あまりの空気の悪さに――僕は逃げ出してしまった。最低だ。

 どうせ、長浜さんに追いつかれてしまうだろう。そう思ったけれど……。

 僕のキモさによっぽど腹が立ったのか、追いかけてくることは無かった――。


 ◇


「な、なによ……いきなり……」


「……関わらないって――」


「……そんなの、イヤっ」


「どうしてそんなこと言うの……?」


「……ちゃんと、話……しなきゃ――」

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