反抗期の妹がおしっこを漏らしたので、気まずくなりました。

「はぁ~……」


 帰宅早々、ため息をついてしまった。

 長浜さんで、手に入れた能力を実験……だなんて、最低すぎるよな。 

 反省しよう。

 

 こういう身勝手な話に、巻き込んで良いのは――家族だけだ。


「いきなりため息とか、マジ失礼だと思うんですけど?」

「あ。ただいま。我が妹よ」

 

 無視。

 

「今日は友達と遊びに行かなかったんだな。いつもこのくらい健全な時間に帰宅してくれると、お兄ちゃんは嬉しいよ」


 無視。セカンドシーズン。


「なぁ弓音。……頭を撫でさせてくれないか?」

「嫌だ」

 

 無――あれ。

 返事があったな。珍しい。


 僕は手洗いうがいをすませて、弓音の向かいの席に腰かける。

 

「ちょっとだけで良いんだよ。実験したいことがあってさ」

「嫌だ」

「頼むよ。なんでも買ってやるから」

「いくらまで?」


 現金な奴め……。


「……一万円。とか?」

「パス」

「なっ!? お、お前っ……! バイトもしていない学生ニートの僕にとって、一万円がどれほどの価値か、わかってないのか!?」

「うるさいなぁ。キモキモボイスをこれ以上発さないで。耳垢が発酵する」

「なんだよその罵倒は……。難しいことを言うな……。理解できないぞ……」


 僕は……。

 一旦部屋に戻り、貯金を確認した。

 福沢先生が――。


 一人。

 二人。

 三人。

 ……四人。

 四人だ。

 

 わかるか? 一万円だって、僕の全財産の四分の一なんだぜ?

 けど、仕方ない……。

 だって、この手が獲得した能力を、確かめたいんだもん!


 僕は、三人の福沢先生と一緒に、リビングへ戻った。


「弓音――これでどうだ」


 テーブルの上に召喚された、三人の福沢先生を見て……弓音の、スマホを弄る手が止まった。

 

「……偽札?」

「そんなわけないだろ。札の偽造は重罪だ」

 

 弓音は……疑い深く、福沢先生の腹、及び背中まで……入念にチェックしている。

 どうやら、本物らしいことがわかると……。


「……実験ってなに?」


 交渉――成立。

 やったぜ。


「簡単な話だよ。頭を撫でさせてほしいって言っただろ? 実は僕――えっと、す、好きな人がいてさ……。その人の頭を撫でて、惚れさせたいんだけど、女の子が惚れちゃうような頭の撫で方の研究及び実験に、付き合ってほしいな~。……なんて、思ってるんです。……はい」


 途中から、弓音の表情が険しくなったので、声が小さくなってしまった。


「女の子を惚れさせたいからって、頭を撫でようとするの、マジでキモキモだと思うんだけど。これは私の意見じゃなくて、客観的な視点を踏まえた一般論ね」

「うっ……。ま、まぁ。それは良いじゃないか。僕の恋愛観だ」

「実の兄が逮捕されたら、私の人生に影響が出るし、未然に防ぎたいんだけど?」

「だからこその――お前の可愛い可愛い頭を使った、実験なんだよ。変態が滲み出ない触り方をマスターすれば、仮にその相手と付き合えなくたって、捕まることはないだろう?」


 正論っぽいことを言ってるけど、だいぶゴリ押しだよな。


 あっ、ちなみにだけど、好きな人がいる云々は嘘だから。さすがに、『僕の手には能力が宿ったんだ! その能力を確かめるために、頭を撫でさせてくれぃ!』なんて言い出したら、多分三万円ですら解決できない事件に発展すると思う。


「……どのくらい撫でるつもりなの?」

「えっと……。……できれば、一日に十分くらいは……」

「絶対嫌。そんなに触られたら、髪の毛が紫色になる」

「それはそれで面白いんじゃないか……!?」

「三万円だから……。三分。一日三分ね。あと、三日限定ね。なぜなら三万円だから。それが守れないなら、お母さんに言いつける」

「わ、わかった! ありがとう弓音……!」

「えっ……い、いいの? ……三日だけなんだよ? しかも三分」

「一日一万円だろ? そういう店の相場くらいじゃないか!」

「反吐が出るほど最低な換算……。……でも、兄貴が良いなら、それで良いよ」


 弓音は、ウキウキした様子で、三万円をポケットにしまった。

 ……久々に、ちゃんとした笑顔を見た気がするなぁ。


「よくよく考えると、三分で一万円か……。そういう店より高いんじゃ……」

「もう撤回できないから。この三万円は私のもの。……ほら。さっさと撫でて、今日の分終わらせて」

「お、おう……」

 

 ……いくら、我が妹とは言っても。

 三分間、ひたすら髪の毛を撫でるって……結構長いよな。

 いや、何をビビってるんだよ。自分で言ったんじゃないか。


「早く」

「わかってるよ……」


 弓音の隣の席に、移動して……。


「んっ……」


 長浜さんに試したのと同じように……まずは、おでこの辺りから指を滑らせていく。


「んはぅ……。うぅ……」


 声を必死で堪えながら、弓音は拳を握って、プルプルと震えているようだ。

 やっぱりアレか……? めちゃくちゃくすぐったくなる……とかかな。

 だとすれば、あんまり使い道が無いような気がする……。

 

「んほっ♡」

 

 頭頂部を、とんとんっと叩いたところ、弓音が堪えきれずに、声を出した。

 顔を真っ赤にして、僕を睨みつけてくる。


「最低……♡ マジキモい……!♡」

「ごめんごめん……。あ、そう言えば、ストップウォッチとか、用意しとくべきだったな……」

「アプリで測ってる……。……んっ♡」


 あと二分以上あるな……。

 長浜さんに試したのはここまでだ。


 ここからは――手を二つに増やす。


「んにゃっ!?♡」


 うなじのあたりから、同じように指を滑らせていくのだ。

 

「んほぉ……♡ ふ、ふぅう……♡」

「ゆ、弓音……くすぐったいか……?」

「うるしゃいぃ……♡」


 噛んでる……。


 ……なんだろう。体の力を抜くとか、そういうアレなのかな。

 もしくは、極度のリラックス効果?

 それなら、マッサージ店の経営とかで、儲けられそうだな……!


「んぃ、くぅう……♡」


 あと半分か……。

 もう片方の手も、頭頂部に到達したので……。


 ――両手で、優しく揉み込むような動きを始めた。


「おっ!?♡ うぉ♡ おぉお!?♡」

「ゆ、弓音! 暴れるなよ……!」

「んぁあっ!」


 弓音は、体をくねくねと動かして、椅子から転げ落ちてしまった。


「だ、大丈夫か……?」

「はぁっ♡ ハァッ……♡ うぁっ……!♡ く、来るなぁっ……!♡」


 差し伸べた僕の手を、ものすごい剣幕で振り払ってくる。

 とてもじゃないけど……継続できるような状況ではなくなってしまった。


 弓音は、まるで持久走の後みたいに息を切らして……見たことがないくらい、顔を真っ赤にしている。

 床に水たまりができてしまうくらい、大量に発汗していて……危険な状態に見えた。


「ま、待ってろ。すぐに水を持って来るから!」


 冷蔵庫に向かい、冷えたミネラルウォーターを持って戻る。

 

「ほら。弓音。飲んでくれ」

「うぁう……♡」

 

 弓音は……手が震えて、ペットボトルを掴むこともできない。

 というか――こっちを全く見ていないのだ。


「弓音……見ないと取れないだろ」

「うるさいっ……!♡ んぅう……♡」


 そうこうしているうちに……時間切れになってしまった。

 動けない弓音の代わりに、僕がアラームをストップさせる。


 ……なんか、想像よりもずっと……すごいことになってしまった。


「弓音、えっと……。ど、どうだった? できれば感想とか、色々教えてほしいんだけど……」

「……っ!♡ んぅ!♡」

「弓っ――」

「喋んなぁっ!!♡」

「うわ、そ、そんな大声――」

「喋んな喋んな喋んなっ!♡ うぉ、ぉおお……!♡」


 弓音は耳を抑えて、苦しそうにもがいている。

 相変わらず、こっちを見ようともしない。


 もしかして、撫でた相手に恐怖を与えるとか、なのかな……。


 とりあえず、こんなところで横になっていたら、体を痛めてしまう。

 ソファーに寝かせてやろう。

 そう思って、僕は……弓音を持ち上げた。


「うぁ゛♡」


 その瞬間……。


 じょぼぼぼぼぼっ……♡


「え」


 何か、水が垂れるような音が聞こえて……。

 弓音の股間から、ドバドバと滝のように――『アレ』が――。


「うぁあぁあぁぁっ!!!!?」


 

 その後――弓音は僕をボコボコに殴り倒して、部屋に籠ってしまった。

 弓音の聖水の掃除担当は、もちろん僕である。


 何年ぶりだろうな……妹のおしっこを拭くなんて。

 

 懐かしい気持ちになりました……あはは……。

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