情緒不安定なメンヘラと化した風紀委員。
秘密本を持ち込まずに登校するのは……何日ぶりだろう。
いやいや。もちろん、持ち込まないのが当たり前っていうのはわかってる。
でも……なんだろう。ソワソワするよな。
「……」
昇降口で靴を履き替えていると……視線を感じた。
この学校で、僕に視線を向けてくれる人なんて――あの人しか、心当たりがない。
「うわ……」
思わず、声が漏れてしまった。
柱の向こう側から……少しだけ顔を覗かせている、美少女を発見。
顔だけじゃなくて――隠し切れない爆乳まで、はみ出ちゃってるよ。
あ、はみ出てるっていうのは、柱からはみ出ているという意味で、決して彼女が露出狂とか、そういう描写ではないです。興奮させちゃったらごめんなさい。
アレで……隠れられていると思っているんだから、面白いよなぁ。
やっぱり長浜さんって、天然なんだと思う。
昨日の頭ナデナデ事件もあって、正直気まずいし……。できるだけ距離を空けて、教室に向かおう。
「……」
しばらく廊下を歩いて、振り返ると、まだ長浜さんは後を付けて来ていた。
廊下なので、まともに隠れる場所もなく……。
口笛を吹きながら明後日の方向を見上げるという、昭和の時代の誤魔化し方を披露してくれた。
可愛いけど……。僕以外の人が見たら、困惑するでしょ。
そんな感じで……教室に到着。
普段の長浜さんなら、僕がちょっとでも隙を見せようもんなら、秘密漫画を奪いにくるのに。
今日はとっても慎重な……。
……悪く言えば、若干ストーカーの疑いがかかるような動きが目立つ。
もちろん、昨日のことがあったので、警戒しているんだろうと思うけど……。
安心してくれ――僕からはもう、長浜さんに話しかけることはない。
妹がいるからな……うん。
ヤツはあと、二万円分働いてもらう必要がある。例えお漏らしするとしてもな!
まぁそれは良いとして。
長浜さんのストーカーは……。
昼休みはもちろん。
放課後まで――続いた。
昇降口で靴を履き替え、部活もバイトもしていない僕は、家に直帰する。
その帰り道にまで――着いてくるのだ。
さすがにおかしい。
僕は、曲がり角で長浜さんを待ち伏せた。
「んひょぁっ!?」
角を曲がった瞬間、突如として現れた僕に、長浜さんは腰を抜かし、転んでしまった。
「大丈夫……?」
手を貸そうと思ったが……。
……こんな僕に、触られたくないだろうと思って、躊躇った。
心配しなくても、長浜さんは学校の三階から飛び降りても平気という噂があるくらいには、体が丈夫だ。
「……エッチッチな漫画を、没収します」
「え」
「も、持って来てるんでしょう? あなたのことなんだから……。早く出しなさい」
「い、いや。今日は……」
「良いから早く」
「わっ、ちょっと……」
僕の鞄を奪い、中を漁り始める長浜さん。
秘密漫画どころか、教科書やノートさえ入っていないような、ペラペラの鞄である。
調査を終えた長浜さんは……。
何かを疑うような視線を、僕に向けてきた。
「どうせ、これから買いに行くつもりなんじゃないの?」
「買わないって……。放課後に秘密漫画を買って、何が面白いって言うのさ」
「登校中に買う方がおかしいのよ……。……ふんっ。私の目は誤魔化せないわよ。あなたがエッチッチ漫画無しで、一日を過ごせるはずがないわ。白状しなさい」
「いや、だから、本当に買わないんだって。信じてくれよ」
「私だって譲らないわよ。あなたが本屋に入るその瞬間を、絶対に抑えてやるんだから」
頑固だなぁ……。
一体、何を企んでいるんだろう。
「そもそもさ。仮にだよ? 放課後そういうことがあったとして……。風紀委員の仕事とは、関係ないじゃん。もう、学校の拘束時間は過ぎてるわけで――」
「いいえ。その制服を着て、外を歩いている限りは、我が校の生徒として、規律正しい態度で過ごしてもらうわよ」
「じゃあわかったよ……脱ぐよ制服……」
「はっ……! 制服を脱いだら、エッチッチ漫画が出てくる仕組みね!?」
「バカなの?」
ついに、シンプルな悪口が出てしまった。
それにしたってしつこい……。なんなんだろう。
昨日……僕に、あんなことをされて、恨みを持ったとか?
だったらもう一度、謝っておくか……。
「……悪かったよ。昨日は。頭を撫でたくらいで、あんなことになるとは思わなかったんだ。昨日も言ったけどさ……。もう僕は、長浜さんに話しかけることはないし、秘密漫画を学校に持ち込むこともしない。これでも反省してるんだよ。だから、許し――」
喋っている途中なのに、長浜さんは、僕の手を握ってきた。
え……柔らかい。え? なに? え? なんで?
ほっぺ……赤っ。
いや多分、僕も赤いけど……。
マジで――何?
「長浜さん……?」
「すぅ……。……稲葉くん」
「はいっ……」
「あなた、いつもどこでエッチッチな漫画を買うの?」
「えっと……。古本屋が多いですかね……」
「古本屋……。なるほど。じゃあ、私をそこに連れていきなさい」
「……」
……全てが繋がった。
この女――僕のオアシスを枯らす気だな?
それだけは絶対にあってはならないことだ……。
できるだけ丁寧に……僕は、長浜さんの手を振りほどいた。
「えっ……」
長浜さんは、酷く傷ついたような顔をした。
その理由は――この瞬間には、わからなかったけど。
――後になって、後悔することになる。
「ごめん長浜さん。それはできないかな……」
「……なんでよっ」
「もう、帰るからさ。そろそろ勘弁してよ。風紀委員の仕事、たくさんあるでしょ? サボってて良いの?」
「これだって立派な仕事よ……!」
「だから、僕はもう――」
「どうして!?」
「っ?」
いきなり大きな声を出されて、僕は思わず、ビクついてしまった。
長浜さんが――泣いている。
「えっ……。な、なんで泣いてんの……!?」
「う、うるさいっ、バカっ! これはぁ……。うぅう……。……うわぁあぁぁんっ……!」
「えっ、あっ、えっ……え?」
手を繋がれた時の数億倍動揺してる。
うわうわうわマジで泣いてるんだけど。え?
鼻水まで垂れてる……。何この状況。
ま、マズい。周りに人だかりが……。
「長浜さん……」
「うぅう……。バカぁ……!」
「と、とりあえず――移動しよう」
こんな風に泣いている女の子を、人目に付くような場所には連れていけない。
となると、必然的に、向かう先は――。
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