全てを察した風紀委員。おしっこは我慢しました。

「うぅう……。うぁあぁっ……」


 ここは――マイハウス。

 の、リビングです。

 長浜さんは、貸したタオルを顔に当てて……まだ泣いている。


 理由を聞いても、首を横に振るばかりだ。

 ……そんな小学生みたいな泣き方されても、困るんだけどなぁ。


「あのさ……長浜さん……。土下座でも何でもするから、許してくれないかな……」

「うぅ……」

「そんなに嫌だった……? 僕に頭撫でられるの……」

「うぁ~ぁっ!」


 また……思いっきり泣き始めてしまった。

 怖いよ……もう。

 なんで僕は、自分の家でまで、こんな思いをしなきゃならないんだ。


 けどまぁ……自分で蒔いた種だし。しっかり回収しないとなぁ。


「じゃあ……わかった。ピザでも頼もうか。ピザ。ね? ピザを食べればみんな笑顔になるって、僕は知ってるんだよ」

 

 妹の弓音も、適当にピザを与えると、だいたいの言うことは聞いてくれる。

 ……いや、聞いてくれた。が、正しいな。

 高校生になってバイトを始めたらしくて、金銭感覚がおかしくなりつつあるみたいだ。

 

「ピザ以外なら寿司でも良いよ? あとはそうだな……焼肉とか? まぁ焼肉だと、予算的にあんまり高いのは買えないかもだけど……」


 僕が何を言っても……長浜さんは、首を横に振る。


 どうしよう助けて。この中に探偵……じゃなかった。ラブコメの神様はいませんか? ちょっと。爆乳美少女の涙が止まりません。力を貸してください。


 そんな思いが実ったのか……。 

 ……あるいは、泣き疲れたのか。

 長浜さんが、いきなり顔を上げた。


「……カレンダー、先月のまま……」

「えっ……そこ?」


 父さんも母さんも、職場でいくつもカレンダーをもらってきて、なおかつそれを色々なところに貼るから、たまに月を替え損ねることはあるけどさ……。

 散々泣いて……第一声がそれって……。


 おじさん、心配したんだよ? ほんとに。このまま泣き続けて、リビングがプールになっちゃったらどうしようなんて思ったのに。てへへっ。


 長浜さんは、カレンダーを剥がして、僕に手渡してきた。


「ありがとう……」

「隣、座ってもいいわよね?」

「はい……」


 僕はソファーに座っていた。 

 今思うと、客人を先にソファーへ座らせておくべきだったな。

 なんて小さな反省は置いといて。


「その……なんであんなに泣いてたの……?」

「教えないわ」

「えぇっ」


 読者もびっくりしてるよ。

 あぁいや。もし仮にこの世界が、ラノベだったらっていう話ね。


 だいたい千文字くらい泣き続けて、結局理由は明かさずじまいって……。

 ……作者が何も考えてないと思われちゃうから、やめてよ。


「き、気になるから……。教えてよ」

「じゃあ、条件があるわ」

「なんでしょう……」

「私の頭を――撫でなさい」

「え」

「んっ」


 長浜さんが、僕の手を掴んできた。

 そして、早くしろとばかりに、もう片方の手で、ペシペシと叩いてくる。


「んっ……。んっ……!」

「子供じゃないんだから……。……え、いや。あの……。……僕に頭を撫でられたのが嫌すぎて、こんな展開になってるのかと思ったんだけど」

「嫌かどうかは別として、撫でられたことが何かしらのイベントを起こしたことは否定しないわ。それは良いから早く撫でなさい。撫でろやボケ」

「怖い怖い。え。そんな見え見えの罠ある……? 撫でた瞬間に、腕を捻るとか、そういうアレでしょ? それか、現行犯逮捕……みたいな――」

「んっ……! んっ!」


 唇をきゅっと結んで……僕の手を引っ張ってくる。

 本当に、五歳児みたいなワガママだ。 

 ……ギャップがあって、可愛いと思う。

 頬もなんか赤くて、子供っぽく見えるかも……?


 ……間違いない。

 僕の手には、相手に影響を及ぼす作用がある。

 

 妹の弓音を、失禁させてしまうような……。

 あるいは、堅物で真面目(バカだけど)な風紀委員を、大泣きさせて、なおかつ、子供っぽい態度にしてしまうような……。


 ……いや、なんだその能力は。わからなさすぎる。


 とにかく僕は――。


 長浜さんの頭に――手を乗せてみた。


 ぽふんっ。

 弓音よりも、もっとサラサラだ。

 髪の毛で遊んでいないので、艶があって、指触りが良い。

 すっと……馴染んでいく。


「うぁっ♡」


 長浜さんが、ビクンっ!♡ っと、大きく跳ねた。


「あ、あのさ……。頭撫でられてると、どんな感じするか、教えてくれない……?」

「いぅ♡ ひぃっ♡ んぇ♡」

「いや、あの……」

「んぉおお゛♡」


 まるで、獣みたいな声で鳴きながら……僕の制服を、ぎゅぅうう……っと握り締めている。

 しかも、めちゃくちゃ怖いことに……僕をガン見しているのだ。


 弓音は、見ないで……って、言ってたけど。

 長浜さんは逆なんだな……。


「……ふぅ♡ わかったわ♡」

「え?」


 スッキリした様子の長浜さんが、いきなり僕の手を振り払って――立ち上がった。


「長浜さん……?」

「全て合点がいった。んっ♡ ふぅ……♡ ……そういうことね。面白いじゃないっ……♡ んひっ♡ ふぅ……ふぅ……♡」


 僕を……怪しい目で見降ろしながら、長浜さんは、やけにニヤついている。

 怖っ……。

 一体、僕の手に宿った能力って、なんなんだよ……。


 それを詳しく聞こうと思ったのに、長浜さんは走って出て行ってしまった。

 

「怖い怖い……。……塩でも盛っておくかぁ」


 怖さを紛らわすため、独り言を呟いたところ――。


「ただいま~」


 弓音が帰ってきた。


「おう。お帰り」

「ただいま。お兄ちゃん」

「え」


 僕に直接、ただいま。と言うことも。

 お兄ちゃんと、言うことも。


 ――ありえない。


 そして――満面の笑み。

 弓音は……ゆっくりと、僕に近づいてくる。


「ねぇお兄ちゃん。……さっきそこで、お兄ちゃんと同じ学校の制服を着た、乳房のでっけぇ女を見かけたんだけどさ――。……あいつ、どこの女?」


 あっ……。


 僕、殺されちゃうのかなっ? あははっ……。



 ◇ ◇ ◇


「確信したわ」


「彼の手には――私をメロメロにする力が宿ったのね」


「そうと分かれば――もう、この思いに惑わされる必要はないわ」


「偽物の好意になんて――私は屈しないんだから」


「んっ……♡ あ、ダメ……。想い出したら……くぅ……オシッコ漏れそう……♡」

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