妹が反抗期になった理由(禁じ手の回想シーン)

 私の名前は稲葉弓音。

 一つだけ歳が上のお兄ちゃん……稲葉健いなばたけるがいる。

 

 お兄ちゃんとは、どこへ行くにも一緒だった。

 

 遊びはもちろん。塾だって、習い事だって……。

 お風呂も、ベッドも一緒。

 信じられないかもしれないけれど、私とお兄ちゃんは、中学一年生まで、ずっと同じ部屋で生活してた。

 

 しかもね……。


 ちょっと、その時のとあるシーンを見てほしいんだけど。


「ゆ、弓音……。どうして上に乗るんだ……」

「だって、お兄ちゃんが温かいんだもんっ!」

「ストーブがあるだろう。毛布だってあるしリビングにはこたつも――」

「やだっ! お兄ちゃんが良いの!」


 これは、ベッドの上でうつ伏せになって漫画を読むお兄ちゃんと。

 その上に乗っかって、ぎゅ~って抱き着いてる私。


 今思うと、なんやこいつ……って感じだけど。

 あの時は、マジで私……お兄ちゃんと結婚するんだなって思ってたの。

 

 酷い時は、トイレまで一緒だったんだよね。


「お兄ちゃんっ! 私がおしっこするところ見てて!」

「おいおい!? 待てっ! せめて大事な部分が見えないようには工夫しろ!?」

「出しまぁ~すっ! じょぼぼぼぼ~!」


 泣きそうな顔になるお兄ちゃんを見て、私はゲラゲラ笑ってた。

 ……まぁ、さすがにこれは、小学生の時の話だけど。


 あ。

 これだけは言っておかないといけない。

 私は別に、お兄ちゃんに好意を抱いてたわけじゃないの。

 ただ、ずっと一緒にいられる方法が、結婚しか思いつかなかったから、それを目標に生きてただけ。

 

 お兄ちゃんのことしか――考えてなかった。


 事件が起きたのは、私が中学二年生になった頃。

 お兄ちゃんは三年生。

 

 初めての――彼女ができたの。


 お兄ちゃん、陰キャだし、性格はひねくれてるし、語るタイプのオタクだし……。

 ……まぁ、顔はそこそこいいけどさ。

 私しか愛せないようなダメ人間だと思ってたのに。

 彼女ができてからは、三年生なのに、突然陸上部に入部したりなんかして。


 段々と――私の傍を……離れていったの。


 でさ。このころになると、私も少しづつ……単純な女じゃなくなってくるわけ。

 お兄ちゃんの彼女に嫉妬したり。

 いや……一番ヘラってた時は、お母さんと話してるのを見るだけでも、本気でムカついた。

 けど――この感情はオカシイ。


 もしね? 好意って言葉で片づけられたら、簡単だったと思うんだ。

 だって、法律が守ってくれたから。

 血の繋がった兄妹って、結婚できないルールになってるわけ。


 でも――私がお兄ちゃんに対して抱いていた感情は、独占欲とか、重たい愛情とか……そっち系。

 一言で言えば、ガチンコメンヘラ。


 ……いや、中二病とも言えるな。

 それは恥ずかしすぎるから、できれば言いたくないけども。

 

 で。

 

 同時に私は、反抗期を迎えた。 

 どうしてお兄ちゃんは、私を一番に愛してくれないの?

 どうして……彼女にするみたいに、キスとか、してくれないの?


 ……キモいよね。

 罪悪感とか、色々重なって……。

 

 ――気がついたら、お兄ちゃんを大好きな気持ちが、全部『憎しみ』に変わってたの。

 それ以降は、ずっとこんな感じ。

 

 あ、一回だけ、お兄ちゃんが彼女と別れたタイミングで、元の私に戻ろうかな……なんて、考えたこともあったけれど。

 そのときにはもう――全部忘れてた。

 お兄ちゃんのことが憎い私しか……残ってなかったの。


 ……それでそれで。


 皆さんもご存じの通り。

 いや、皆さんって誰だ。何を言ってるんだ私は。

 

 『頭ナデナデ事変』

 

 って、私は自分で言ってるんだけど。

 自分の部屋にも『デデ』って略して、記録さえしているんだけど。


 いきなり――お兄ちゃんが、頭を撫でてきたの。

 その時ね。


 頭の中に、べたぁ……って張り付いてた、くっさいヘドロみたいな憎しみの感情が、一気にしゅわぁ……。っと消え去って……。

 ヘドロに覆い隠されていた、お兄ちゃんへの愛情が――復活したの。


 こんなことってあるんだ! って思って、今日からお兄ちゃんにラブラブアピールをいっぱいするぞ!? なんて、張り切ったけど。

 

 無理だった。

 私はもう、中学生じゃないから。

 高校生って、子供なんだけど……大人になりかけてるんだよね。

 プライドとか、色々邪魔して……結局関係性はそのまま。


 けど、お兄ちゃんはまた、私の頭を撫でたいって言ってくれたの。

 まぁ……お金はもらうことになっちゃったんだけどね。


 今度はすごかった。


 頭の中に、まだちょっとだけ残ってたヘドロも……。


 ――おしっこになって、流れて行っちゃったの。


 もうね、ヤバいよ。

 お兄ちゃんのこと――前より好きになってるかも。

 中学生のがむしゃらな好意じゃなくて。

 高校生の――『ガチで好きな人を仕留めにかかる』重たい愛情が、私の頭の中に充満しちゃった。


 だから……私は、お兄ちゃんを手に入れる。

 もう一度言うけれど、これは――好意じゃない。


 好意なんて――生易しいモノじゃないから。


 絶対、絶対絶対絶対、計画的に、極めて論理的に、私はお兄ちゃんを手に入れてみせる。

 そう誓って、眠りについた。


 翌日、朝からお兄ちゃんは、ソワソワしていたから、今はいつも通りに過ごそうと思って、特に行動は起こさなかったの。

 学校で、何度も友達に「大丈夫?」って言われた。

 多分、お兄ちゃんのこと妄想してて、顔がにやけてたんだろうね。


 こんなんじゃダメ。

 私は、ちゃんと『理屈』でお兄ちゃんをGETしたいんだから。


 頭の中で、色々な計画を練りながら……。


 帰宅したの。


「おじゃじゃまましっまましっままっま♡ んっ♡」


 そしたら――瞳にハートマークを浮かべた、ヤバイ女の人が、おっぱいをブルンブルン揺らしながら……私の家――お兄ちゃんとの愛の巣から、飛び出してきた。


 最初は、幻覚でも見ちゃったのかな。と思ったけど。

 間違いなく、アレは人間だった。

 そして……変態だった。


 え――どうしよう。殺す?


 一瞬頭に浮かんだ殺意を、お兄ちゃんへの愛でかき消す。


 そして、私は――。


「ただいま~」


 いつも通りの、だらぁ~っとした挨拶をしながら、玄関のドアを開けた。


「おう。お帰り」


 私は――数年ぶりに。


「ただいま。お兄ちゃん」


 お兄ちゃんに、満面の笑みを披露した。

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