ナデナデが効かない生徒会書記。

「ここが生徒会室か……」

「生徒会室ね……」


 我が校の生徒会は……。

 ……ライトノベルに登場する生徒会ほどの権力は持っていないが、なぜか生徒会室だけは、教室を三個ほど繋げたくらいの広さを有している。


 なので……職員室に入る時のような、妙な緊張感があるのだ。


「だ、大丈夫よ。生徒会には知り合いがいるの。私に任せなさい」


 今回ばかりは頼りになりそうだ……。


「失礼します」


 ドアをノックして……。

 いざ、入室……。


「……おや? 凛子じゃないか」

「春香……! よ、良かった。今はあなただけ?」

「そうだが……」


 広い生徒会室の隅の棚にある、コーヒーメーカーで、コーヒーを作っていた美少女が、応対してくれた。

 どうやら――運が良いことに、先ほど話していた。長浜さんの知り合いらしい。


 身長は……170センチくらいありそうだ。足が長い。

 ボブヘアーが良く似合う、顔の小さい美少女……。

 ……やっぱり、美人の周りには、美人が集まるものなんだな。


「君は?」

「あ、僕は……。稲葉健です」

「そうか、君が稲葉くんか……。風紀委員の生徒から、たまに話は聞いてるよ。いつも仕事を手伝ってくれてありがとう」


 そういう話になってるのか……。

 ……まぁ、長浜さんのモチベーション維持という意味では、手伝っていると言えなくもない。


「私は生徒会書記の、才原春香さいばらはるかだ。よろしく」

「うん。よろしくね」

「早速なんだけど春香。私、部活を作ることに決めたわ。あなた、書記でしょ? 承認してちょうだい」

「部活……? これまた急な話だな。何部を作るつもりなんだ?」

「軽音部よ」

「ほぉ……。……楽器に興味が?」

「そ、そうね。えぇ。それはもう。チェロとかコントラバスとか、弾いちゃったり叩いちゃったりなんかして。あははは……」


 叩いちゃダメだろ……。


 案の定、長浜さんの様子のおかしさに気が付いた才原さんが、首を傾げて、疑うような視線を向けてくる。


「まさかとは思うが……。何か良からぬ目的のために、部活を作ろうとしているんじゃないだろうな」

「そ、そそそ、そんなわ~け~ないじゃないっ! 親友の私が、信用できないのかしら!?」

「親友と呼べるほどの仲ではないだろう……」

「あれ?」

「長浜さん……?」

「去年、一緒のクラスになって、校外学習などの班は同じだったが……。……まぁ、義理で下の名前を呼び合うような関係になったくらいだな」


 話が違うじゃん……。

 

 長浜さんは、がっくりと肩を落として、僕に助けを求めるような視線を向けてきた。

 いや……僕こそ、長浜さん頼みだし、何もできることなんてない。

 おっぱい揉みたいだけだもん。


「そもそも、部活を作る条件を、ちゃんと調べていないだろう。顧問と、最低でも五名の部員。あとは三十人以上の署名――」

「ねぇ春香。疲れてない? 座ってお茶でも飲みましょうよ」

「疲れてないし……コーヒーを飲もうとしていたのだが?」

「良いから良いから! 風紀委員室に、とびっきり美味しいクッキーがあるのよ!」

「え、あ、おい……」

「行くわよ! 稲葉くん!」


 長浜さんは、才原さんの手を掴んで、強引に引っ張った。

 ……クッキーなんて、ないのに。

 

「こらっ、離せ……! コーヒーが冷めるだろうが……」

「コーヒーなんて入れ直せば良いじゃない。クッキーは、今こうしてグダグダしている間にも、湿気でふにゃふにゃになっちゃうんだから! 二度と元には戻らないのよ?」

「い、稲葉くん。何とかしてくれ。この女」

「あ、あはは……」

 

 暴走する長浜さんを、僕如きが止められるわけもない。

 

 なんだかんだで、風紀委員室に到着……。

 長浜さんは、才原さんを椅子に座らせて……冷蔵庫からお茶を取り、手渡した。


「クッキーは教室にあるの! 確か、稲葉くんが持っているのよね? 一緒に取りに行きましょう?」

「え」

「良いから来なさい」


 今度は僕が、手を引っ張られ……風紀委員室の外に。


「長浜さん……。どうするつもりなんだよ。クッキーなんて無いだろ?」

「バカね。あんなものは建前よ。……あなた、自分の手に宿った能力を忘れたの?」「忘れてないけど……。……え、まさか」

「そうよ。――春香をメロメロにして、部活を無理矢理承認させなさい」


 最低なやり口だ……!


「風紀委員の思いつく作戦とは思えないな」

「大丈夫よ。風紀委員と生徒会の仲が悪いのは、ライトノベルでは鉄則みたいなものなんだから。ちょっとくらい犯罪じみた行動を取ったって、誰も怒るはずがないわよ!」

「嫌だよ……。そんな、人の心を操るみたいな――」

「おっぱい」

「……やります」

「それでこそ稲葉くんよ」


 くそっ……! おっぱいには勝てなかった!


「じゃあ、私が春香の正面に座って、意識を惹きつけるから……あなたはその隙に、後ろから近づいて、頭を撫でてちょうだい」

「おっぱい」

「返事は、はいよ」

「はい」


 作戦――開始だ。


 再び風紀委員室に戻った僕たちを、才原さんは警戒心剥き出しでジロジロ眺めてくる。

 ……僕たちがいない間に、逃げようとしないあたり、性格良いんだろうなぁ。良心が痛むけれど、おっぱいには抗えない。


「お待たせしたわね! クッキー、なかなか見つからなくて……。稲葉くんっ! そこの棚にないかしら?」

「ちょっと探してみる!」

「あの、無いなら、私は――」

「良いから良いからっ。久々に親友トークをしましょう? 一年生の時――」


 長浜さんが、才原さんの気を惹いている隙に……。

 僕は、ゆっくりと近づいていく。

 

 そして――。


「っ!?」


 才原さんの頭を……優しく撫で始めた。


「なっ……。なんだっ……!?」

「良いわよ稲葉くんっ! その調子!」

「り、凛子、これは一体……!」


 優しく、優しく……。

 才原さんは、頭皮が少し硬いな……勉強熱心なのかもしれない。机に向かう時間が長いと、体に力が入って、頭皮に影響が出るのだ。


 揉み込むように……。丁寧に……。


 ……撫でて、いるのですが。


「も、もう……。やめないか……こういうことは……」


 才原さんは……頬こそ赤くなっているが……。

 ……僕にメロメロになっている様子は無い。


「あれ? は、春香……。何ともないの?」

「ないわけがあるか……! い、いきなり、頭を撫でられてだな……」

「その割には、嫌がってないわね」

「あぁ……。……悪くない手つきだ。ちょうど、肩も凝っていたんだ。ついでに解してもらえないだろうか」

「……」

「稲葉くん?」

「……もしかして」

「もしかしてね」

「あぁ、もしかしてだ」


 ……頭ナデナデ攻撃が――効かない……!?

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