第3章 ナデナデが効かない生徒会書記を堕とす。

世界一可愛い緑髪ヒロインを目指してます。

「頭ナデナデっ♡ ナデナデの時間っ♡」

「はいはい……」

「おほほぉ~~♡ ん~~これこれぇ♡ これしゅきぃ~♡」


 放課後。

 僕は、いつも通り風紀委員室に呼び出されていた。


 今日もまた……長浜さんの頭を撫でている。

 

「もっともっと♡ 激しくしてっ♡ 頭ぶっ壊してほしいのぉっ!」

「な、長浜さん……。廊下に声が響くよ?」

「もういいわ。どうでも。この頭の気持ち良さには代えられにゃいのぉ……♡ むふふ♡ 稲葉くんの手のひらにぃ……♡ 長浜凛子はメロメロでしゅぅう……♡」

「ハッキリ言うんだけどさ……。……キモいよ?」

「辛辣すぎるわよ」


 長浜さんが、基本的に僕に辛辣なので、自然と僕もそうなってしまう。良くないな。うん。反省しよう。

 ある程度撫で終わると、少しは治まるらしく……。長浜さんは、何事もなかったかのように、書類整理を始めた。


「じゃあ、僕はバイトに行ってくるから」

「まさか……。本当に、あの女の要求通り、シフトを増やすとは思っていなかったわ。今日も形だけのインスタントナデナデだったわね。あ~あ。私がこれで、会議中に発狂したら、全部全部あなたのせいだから。稲葉健のせいだ~~! って言いながらオシッコ漏らしてやるわよ」

「勝手にしてください……」


 僕は駆け足で、バイト先へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「ナデナデするのですっ!」

「挨拶が先だろ……」


 バイト先に到着した途端、いきなり抱き着いてきたルールーに、人生の先輩として常識を教えてやった。

 しかし、全く聞いていない様子。

 頭をスリスリと擦り付けてきて……早く撫でろと急かしてくるのだ。


「ぬんっ! ぬんっ!」

「わ、わかったって……落ち着け……」

「はにゃはぁ……♡」


 緑色の髪の毛に、指を通すと……スッと馴染む。

 なんとなくだけど、長浜さんよりも頭皮が柔らかいような気がした。

 あと……体温は、ルールーの方が高いな。


 匂いも……ちょっと甘い感じがする。

 

「ほにゃはわわぁ……♡ 幸せなのですぅ……♡」

「それは良かった……。……あの、着替えたいんだけど」

「このまま着替えるのです♡」

「無理だろ……。離れてくれ」

「イヤなのですっ♡ ルールーは稲葉くんの彼女なのですから、一分一秒だって離れるつもりはないのですよっ!」


 可愛いんだけどさ……!

 でも……。僕の手がなかったら、こんな関係には、絶対なってないわけで。

 そのあたりは僕も、絶対に勘違いしてはいけない。

 

 なんとかルールーを引き剥がし、カフェの制服に着替える。

 

 まぁ……今日も、お客さんは来ないだろうけどな。


「あ、そう言えばルールー……。こないだの質問、答えてもらってなかったな」

「質問?」

「ほら。なんで緑色の髪にしたのかっていう」

「あ~。……ぬんっ」


 ルールーが、また頭を突き出してきた。


「お金はいらないのです……♡ ただし、質問一つにつき、ナデナデ十回……♡ これが条件なのです!」

「撫でる回数が増えてるな……」

「当たり前なのです! あの頃と今では、ナデナデの市場価値が百億倍違うのですからっ!」


 なんだよ……ナデナデの市場価値って。

 とりあえず、髪の色の件は純粋に気になるので、十回撫でてやった。


「ほにゃふぅう……♡」

「教えてくれよ。どうして緑色を選んだんだ?」

「ルールー。パパとママの仕事の都合で、たまに海外で過ごすことがあるのです。その時、日本が恋しくなると、必ずアニメを見ていたのですが……。……緑色の髪のキャラって、数が少ないような気がしませんか?」

「あぁ……確かに」

「メインヒロインに絞ると、ほとんどいないのです! これは由々しき事態! だから、ルールーのような可愛い女の子が、髪を緑に染めて、緑髪の良さを広めようと思ったのです!」


 そういうことか……。

 ……すごい自信だな。


「じゃあ、普段の行動には気を使わないとな。ルールーがやること一つ一つに、緑髪のキャラクターの未来がかかってるんだから」

「わ、わかっているのです。髪の毛だけでは、まだまだアピールが足らないでしょうから――。全身を緑色に塗って、街を練り歩こうと思うのですよ!」

「それはちょっと、違うんじゃないか?」


 どっかで見たことある大魔王様になってしまう。


「ほら早く! 次の質問をするですよ! それで、頭を撫でるのです!」

「いや……。……あとは別に」

「えぇっ!? そんなはずがないのです! こ~んなにも可愛い可愛い女の子、質問責めにあって然るべきだと思うのですよ!」

「いや、仕事しないか? こないだもバイト途中で抜け出しちゃったしさ……。店長に悪いよ」

「うっせぇです。良いから黙って撫でやがれなのです」

「おい。緑髪のキャラクターの未来」

「……じゃあ、ルールーが稲葉くんに質問をするのです! 稲葉くんは、ルールーの頭を撫でながら、それに答えるのですよ!」


 はぁ……もういいや。それで。

 

「質問どうぞ……」

「血液型は?」

「B型」

「は、はうぅう……♡ ……好きな食べ物は?」

「ステーキ」

「んはぁ……♡ 嫌いな食べ物は?」

「人参」

「んひぅ……♡ 次に嫌いな食べ物は?」

「セロリ」

「ひんっ♡ その次は?」

「しいたけ」

「あひっ♡ 次♡」

「小豆のアイス」

「いひゃっ♡ 次♡」

「……なぁ。撫でてほしいだけになってないか?」

「んっ♡ 大好きなのですっ♡ 稲葉くんっ♡ キスがしたいのですっ♡」

 

 ルールーが唇を尖らせながら迫って来たので、さすがに距離を取らせてもらった。

 そのままの状態で唇をキープしながら、頬を膨らませて僕を睨みつけてくる。

 とにかく可愛い。

 可愛いから――僕も、必要以上に警戒しないといけないのだ。


「キス、とかは……。本当に好きな人とするものだぞ」

「ルールーは……! ずっとずっと、稲葉くんが本当に好きだって、言ってるのです!」

「だから、僕も何度だって言うけれど、その好意は――」

「ずっとなのですよ!?」

「……え?」

「ずっとずっと! 朝起きても! 学校で授業を受けている間も! 今も! 家に帰ってからも! お風呂に入っている時も! 下着を身に着けている時も……! 一秒だって稲葉くんが頭から離れないのですっ! これでも偽物の好意と言えますか!?」

「うん……。長浜さんも同じようなこと言ってたしな」

「……ルールーの長台詞を返してほしいのです」


 ルールーはため息をついて、客席に座った。

 テーブルの上にあるメニュー表を、小さな手でペシペシと叩いている。


「……稲葉くんは、ヘタレなのです」

「……」

「ヘタレ童貞なのですよ」

「うっ……。童貞は関係ないだろ」

「関係あるのです! もし、性行為の経験があるのなら! ルールーみたいな美少女に抱き着かれて、我慢できるはずがないのです!」

「いや、ルールーは胸がないからな……」

「ぐぬぬぬぬぅうう……! おっぱいが小さいだけで論破されるほど、悔しいことはないのです!」


 顔を真っ赤にしたルールーが、また僕に近づいてきた。

 そして……。

 ぎゅっ……と、抱き着いてくる。

  

 涙目で、僕を見上げてきた。 

 ……ズルいんだよな。この表情。

 本当に――ルールーの言う通り、僕がヘタレじゃなかったら――どうにかなっていたと思う。


「まぁ、あのキモったらしいエロ痴女風紀委員に勝ったおかげで、時間はたっぷりあるのです。……この頂いたチャンスをじっくりと活かして――必ず、稲葉くんを『男』にしてみせるのですよ……!」

「……わかったから、そろそろ仕事しないか?」

「あと三十回撫でてくれたら、働くのです」

「……はぁ」


 ……長浜さんが勝っていたらと思うと……本当に恐ろしいよ。

 今頃僕の童貞は――彼女に奪われていたかもしれない。

 ルールーに感謝しつつ……頭を撫でさせてもらおう。


「はひぬぅ……♡ 気持ち良いのですぅ……♡」

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