第18話 あらまぁ、そうなの(上)


『旧時代の町』

 都市の発展の過程で誕生した、見捨てられた場所。故に、犯罪者の巣窟と成り果てていた、危険な場所として、知られる。

 ここには近づくなと、メイリオも教えられていたのだが………雑用係となっていた。


「スープ、おまたせしましたぁ」


 晩御飯の時間だ。

 メイリオが明るく声を上げながら現れた場所は、食堂だった。ガラガラと、台車を静かに押しての姿は、正に雑用係。頭に布巾をしっかりと巻いて、立派にエプロンを身に着けた戦闘スタイルである。下っ端整備士のはずだが、この姿がとっても似合う。お世話の達人を自称する、メイリオらしい服装だった。

 ただ、エプロンといえばこのお方も忘れてはならない。


「パンも焼きあがったわよん、みんな、いっぱい食べてね」


 マッチョのエプロンさん、ダガルトだ。

 にっこりと可愛らしい笑顔を振りまいて、パンのかごを持っていた。しかも、その筋肉がいつも以上につややかに光っている。

 それは、パンを焼いていたからだ。

 ぬをぉ~、ぬをぉ~――……と、全マッスルを総動員して、何十キロものパン生地をこねる姿は、正に格闘家であった。パンおじさんは、マッチョだったのだ。

 だが、エプロンが似合う御仁は、別にいる。

 そう、エプロンとは本来母性を表すもの。子供が身につければ可愛らしく、男性なら、家事の出来る男の印象でかっこいい。

 だが、だが――なのだ。

 メイリオは、思った。

 エプロンが最も似合うのは、このお人だと。


「メイリオ君も、ダカルトちゃんも、お手伝いしてくれて、ありがとうね」


 慈母の微笑み。

 表すなら、それだった。

 淡いブラウンのロングヘアーは、やさしく波打っている。豊満な胸は、幅広のエプロンからも零れ落ちる豊かさを誇る。それは色香より、母性を感じさせるものだった。年齢は二十九歳と、メイリオより十二歳も年上のお姉さんである。

 だが、愛に年齢は関係あろうか。

 いや、ない――と、メイリオは意を決した。


「フラーズさん、オレ、あなたのお手伝いが出来て、幸せです」


 やらかしそうな雰囲気だった。

 いつもは、お調子に乗って『このオレにまかっかせなさ~い』――というメイリオが、純真な少年を演じていた。

 その様子を、冷ややかな目線で見つめる水色ヘアーの女の子がいた。


「また、はじまった………」


 先にテーブルについていたリーシアは、駄犬メイリオを見つめていた。飼い主として恥ずかしい、止めてくれという視線だった。

 当然、メイリオには届かない。


「あらあら、なんでしょう」


 包容力のある微笑で、フラーズ様が向かい合う。


「あらあら、なにかしらねぇ」


 マッチョのエプロンさんは、この際無視していいだろう。メイリオは純真な少年を演じて、片ひざをつく。そして、許可なくフラーズの手を握った。


「年下の男は、お嫌いですか」


 確かに、年齢など愛の前には些細なもの。だが、フラーズさんに言い寄る悪い虫は、子供たちが許さない。

 いっせいに、大騒ぎだ。


「駄犬、何ママの手を握ってんのよ」

「駄犬、お座りっ!」

「駄犬、去勢だ、去勢」


 一部、難しい言葉を知っているお子様もいるが、どのような知恵を身につけていても、不思議ではない。ここはドートム政府の支配が及ばない『旧時代の町』なのだ。

 さらにその中心である、ここは雷の女王の城なのだ。

 孤児院の様相を呈しているが、悲しいかな、言葉の通りである。何らかの事情で、孤児となった子供達の、最後の居場所であった。

 故に、新たに家族となった子供達のきずなは強いらしい。特に、みんなのママはみんなのものだという共通認識は、とっても強い。

『牙と爪』の住まいにおいて、フラーズさんは子供達のお世話を任されている。つまりは、みんなのママなのだ。母性の塊となっていて、憧れと尊敬を集めている。

 そんなフラーズさんの前にひざを着いて、メイリオは見上げていた。


「リーシアのお世話をしていて分かりました。子供を育てる楽しさを。あなたと、もっと共有したい」


 子供たちの妨害も、メイリオはむしろ追い風に感じたようだ。

 愛は、妨害が多いほどに燃え上がるらしい。周りが止めるにもかかわらず、色々と突撃したメイリオなのだ。『牙と爪』の日々において、すでに何人もの女性にアタックしては、振られていたのだ。

 そのお一人が、あきれたように駄犬を見つめる。赤い獅子ししの印象の、波打った赤毛のロングヘアーのお姉さん、ナイフのレイーゼだった。


「ま~た始まった、駄犬の発情期………リーシア、飼い主なら何とかしろ」


 リーシアは縮こまり、お願い、こっち見ないで――と、全身で表していた。

 しかし名指しされたのだ。リーシアは消え入りそうな声で、答えた。


「無理………だって、駄犬もん………」


 犬は飼い主に似ると言うが、今回は例外にしてあげるべきだ。

 駄犬と出会って二週間。メイリオはめげない、あきらめない、くじけない駄犬だと思い知ったリーシアである。

 それは強い心と言うべきか、単なるおバカと言うべきか。駄犬と言う表現のほかに、何といえばいいのか。

 恐れ多くも、雷の女王に突撃をかまし、怖~いナイフのレイーゼお姉さんにも突撃をかました駄犬である。


「あなたと過ごしていて、やっと分かりました。オレが求めていた女性は、あなただと。結婚してください」


 駄犬メイリオは、そのままフラーズに抱きつきそうな勢いだ。

 だが、それは暴力と言う報復が待つと、経験済みだ。平手であったり、ナイフであったりと、経験豊富だ。最近は、魔法による感電と言う刺激も加わったのだ。もはや、何を恐れよう。

 それに、相手は年上である。大人の女である。そのため、母性本能に訴え出る姑息こそくさも、彼女を作る夢を前にしては、正当化されるのだ。

 方ひざをついて、上目遣いに母性本能に訴えていた。


「あらあら、そうなの、ふふふ」


 みんなのママ、フラーズさんは動じない。さすがはみんなのママである。

 十年以上も子供たちのお世話係をしているのだ、経験豊富である。年下男子の告白も、実は幾度となく経験していた。

 まぁ、十歳前後の少年と同列にして良いかは、疑問である。

 結果は、同じである。


「いい子ね、じゃぁ、お姉さんからのお願いをちゃんと聞いてね?」


 メイリオは、いよいよ夢が叶うと、前のめりになる。

 子供たちは、もう飽きたのか、退屈そうである。


「そういう大事な話は、ちゃんと時と場所を選びましょうね?そうじゃないと、女の子に嫌われちゃいますよ」


 言外に、相手にならないとお断りをしていた。

 メイリオは、みんなのママ、フラーズさんの手を握ったまま、固まった。

 その後ろから、メイリオが口説いていない方のお姉さんが声をかけた。


「ふふ、また振られちゃったわね。でも、いい度胸をしてるって、メイリオちゃんは実は人気なのよ」


 態度こそお姉さんの、身長二メートルオーバーのマッチョ様だ。


「女王ライネに、レイーゼちゃんにでしょ?雷撃を受けても、ナイフを突きつけられても、告白を続けたなんて、ホント、たいしたものよ~?」


 いい度胸だと、『牙と爪』の皆様に気に入られたのだ。

 振られた回数が多いということも、理由の一つである。その回数のお一人、ナイフのレイーゼお姉さんが、頭に手を置いた。


「私にまでって、どんだけ命知らずなんだ、あの駄犬は」


 自覚はあるようだ。

 怖いお姉さんのレイーゼさんは、頭に手を置いて、頭が痛いポーズをとる。怒りを買えば獅子にちょっかいを出した結果と同じになるが、そのちょっかいをかけた馬鹿が、メイリオだった。

 なお、怖いお姉さんの印象は、最初だけというレイーゼのお姉さんは、とっても乙女で可愛い人なのだ。とある人物の前では、甘えん坊の子猫ちゃんへと変身するのだ。

 そのお相手が、現れた。


「あら、駄犬がまた、何かしたの?」


 あきれた、そんな感情を表す言葉でありながら、どうしてだろう、心が落ち着く。それは、醸し出す気品がためである。

 我らが女王の降臨だ。


「「「「女王だぁ~」」」」

「「「「「「ライネ様」」」」」」


 口々に、親愛や、あるいは忠誠を口にする。

 食堂に現れただけで、これである。


「ライネ~、聞いてよ。あの駄犬、今度はフラーズに手を出したのよ」


 怖~いお姉さん、レイーゼの姐さんが、少女になった。

 甘えた声で、ちょっと可愛い。


「あぁ………私に、レイーゼ、それからえっと………何人目だっけ。そういえばメルダも口説かれてなかった?」


 面白そうに、女王ライネは一人の少女に声をかけた。

 誰のことか、恥ずかしげに、身を縮こませたことで自白をした。その拍子に、大きな胸元がれたことで、注目はさらに集まる。

 青のストレートロングに、緑の瞳の女の子が、悲しげに顔を上げた。



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