第28話 襲撃の、『爪』


 エネルギー中継施設。

 中央エネルギープラントから供給されるエネルギーを受け取り、都市全体へ安全に供給するための、重要施設である。そのために、都市の心臓と呼ばれたり、城塞都市と呼ばれたりするのだ。そして、呼ばれた通りの意味でもある。

 城塞のように、頑丈な壁で囲まれた一角では、大混乱だった。


「状況はどうなっている。第四管理タワー、応答せよっ。第四――」


 警備部隊の若者は、必死に連絡を取ろうとしていた。

 闇夜にまぎれ、何者かの襲撃を受けた。ともかく情報が欲しいと、必死に通信機に向かって叫んでいた。

 警備のお兄さんは知らない。第四管理タワーの司令室の通信が、物理的に引きちぎられたということを。むなしい努力である、通信機に、必死に呼びかけているのだ。何も見えない中、必死に第四管理タワーと連絡を取ろうとしていた。


「誰でもいいから、返事しやがれっ」


 かなりあせっているために、周りの異変に気がつくことも無かった。

 影が、舞い降りた。


「よっと――」


 女性の声と同時に、叫んでいた警備員の意識も、消えた。

 人間の視界は不完全だ。すでに夜の帳が落ちていれば、さらに狭まる。真上からの人工の明りがら、一歩でもの外に踏み入れば、そこは闇夜だ。

 誰かが降り立つなど、想像もつかないのだから。

 そして、倒れた。


「これで、四つ目………あとは………」


 闇夜から降り立ったのは、ナイフのレイーゼであった。

 ちなみに、刺し殺したのではなく、殴り倒しただけである。必要があれば迷いはしないが、『牙と爪』は殺戮さつりく集団ではない、盗賊なのだ。それは、少女窃盗団の『爪』時代から、変わらない。

 レイーゼは赤いロングヘアーをなびかせながら、周囲を見る。

 明かりに照らされている道には、ちらほらと人影が寝そべっている。全て、闇夜から奇襲をかけたレイーゼの仕業である。騒ぎを大きくするだけでいいが、ジャマをする警備の方々には、眠ってもらったほうがいい。


「………ライネ、ペンダントは使わせないからな………」


 静かに階段を駆け上がると、その勢いで屋根に飛び移った。

 階段の手すりをしっかりと握って、遠心力をつけて、飛び上がったのだ。

 サーカスの曲芸だと、何も知らない人物が見れば、そんな感想を抱いただろう。もちろん、それほど人間離れした動きだからこそ、誰も反応できなかった。

 一方的な、狩の獲物であった。

 しかしながら、本当に人間離れした人物は、いた。

 我らが女王、ライネである。


「あぁ~あ………ライネか」


 屋根を伝いながら、レイーゼは反対側を見た。

 まばゆく雷光が見えて、周囲が一時的に停電していた。


「まったく、魔法を見られちゃまずいって言うくせに、派手なんだから」


 小さく、笑っていた。

 友人のイタズラを発見した、女の子の笑みだった。



 *    *    *    *    *    *



 警備たちは、大混乱していた。

 通信がつながらず、走って近くの警備室へ向かった連中は、帰ってこない。帰ってきても、状況は同じであったのだが………

 通信システムが、混乱されたことが理由であった。

 ライネの仕業であり、的確な場所への攻撃を、あらかじめ伝えていたリーシアの頭脳のおかげでもあった。

 一部、『メイリオルジェ公爵閣下』と言う、ふざけた名乗りを上げるピエロのお手柄であったが、知る者はいない。

 警備の方々は、混乱していた。


「つながらない。いったいどうなっているんだ。直通だけで、三十回線もあるんだぞ、ここは」

「………これは、内部を知ってる者の犯行だろうな」

「反逆者………まぁ、メイゼ連合に、俺たちからも参加者がいるって話だが………」

「まさか、あいつらはただ声がうるさいだけの連中だろう?」


 ここでもメイゼ連合が話題に上るほど、その勢力と、そして疎ましさは誰もが知るところであった。

 不安から、無駄口が多くなっていた。


「先週のデモ行進って、主催者発表で十万人ってあったな」

「まぁ、主催者ってのは大げさに言うものだから、実際には十分の一程度………それでも一万はいるか?」

「保安局発表だと、数千人………いや、それでもでかすぎるか」

「メイゼ博士の名前を使ってるからだろ。博士が本当に言いたいことを語っているってよ」


 無駄話は、緊張の表れだ。

 数の暴力で押し寄せられれば、実は無力なのだと、彼らは知っている。訓練も、一人のお調子者に対して、五人から十人がかりで押さえつけるというものだ。城塞都市のようなつくりであるため、もしも侵入されても、少数との判断が理由だ。

 そう思っていたら、大混乱だった。


「百人………か」

「俺たちは三百人だから、まだ俺たちが有利だって」

「そ、そうだよな。それに、可能性で最大百人………だもんな」


 嫌な汗を流しつつ、笑みを浮かべる。

 そうあって欲しい、乾いた笑みが………光った。もしも、自分達が想定するよりも、大勢の侵入者が現れた場合、対処は出来ない。だから、少数であることを願うのだ。

 まぁ、実際に数名と言う少数なのだが――

 この場にいる皆様の意識は、そこで途絶えた。上空から、ずばばば――と、電撃を食らったためであった。

 びりびりとしびれた気分で、即座に意識は夢の世界だ。そこへ、黄金の髪の毛が、ふわりと舞った。


「………百人………か。まぁ、私一人でそれくらいの働きは出来るだろうけど」


 電撃を放った女王ライネは、周囲を見回した。

 周囲が、真っ暗闇になっていた。

 半径十メートルの電子機器は、これで死んだだろう。町で停電が起こった原因でもあった。それもあくまで一秒未満の、わずかな被害。

 それでも、エネルギー供給に携わる人々には、悪夢であったらしい。遠くで、爆弾だという叫び声が聞こえた。悲鳴は、もっと大きかった。


「………爆弾………こんなトコで爆発させるバカもいるって想定なんだ………リーシアの言った通りだ。ほとんどの人は、ちゃんとここの重要性と危険性、分かってるんだ」


 ライネは、宙に浮かんでいた。

 魔法の作用であった。

 そして、混乱の主な原因は、やはり彼女の手柄である。

 結果、小さな町ほどもあるこの施設は、大混乱。

 被害の多くは、突然の通信途絶である。そのために発生した、不完全な情報による、混乱である。そして、可能性として上った人数、百人の暴徒と言う言葉の独り歩きが、拍車をかけた。

 根拠となるのは、短時間のうちに、十数か所の警備詰め所を含めた通信途絶。人員の行方不明。

 なら、最悪の事態を想定すべきである。自分達の数倍の暴徒が襲ってきた、あるいは反逆思想に感化された、保安部隊の暴走。

 突然、頭の上から騒音が響いた。


『――総員に連絡。非常時レベル5を宣言。繰り返す、レベル5を宣言』


 生き残っていた管理タワーから、大音量で音声が流れた。

 ライネは両手で耳をふさいでいた。

 それでもはっきりと聞こえる、単純な命令。

 知る人しか対処が出来ない、外部からの侵入者には理解できない指示。

 ただ、今回は無駄であった、ライネはリーシアから聞かされていたのだ。


「レベル5………一番狙われやすい中央タワーを放棄して………リーシアの予想通りかな?」


 浮かび上がると、広範囲に意識を集中させる。

 同時に、自らの周囲に結界を展開する。すぐそばにいても、揺らめく影しか認識できないだろう。

 その状態で、ライネは目を閉じた。

 休息をとっているのだろうか。

 違っていた。

 しばし瞳を閉じ、周囲の人々の動きを、目に見えない動きという状態を把握していた。

 心で、声を届けていた。


“アガット、リーシアに伝えて。出番だって”


 魔法を使う人々が、“声”と呼ぶ技法だった。


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