第29話  混乱と、暗躍

 

 中継施設。

 そこは五本の管理タワーがある正方形の、城塞都市のような巨大施設だった。

 四方を三メートルほどのレンガの塀が囲み、施設内の建物を周囲から隔絶している。その四隅に一つずつ、そして中央に一本の、あわせて五本の管理タワーがそびえ立つ。

 その一本の根元で、おっさんが怒鳴っていた。


「何をしておるかっ、中央タワーからの命令が聞こえただろうっ」


 名前をルイックと言う、この時間における、ここ第四タワーの責任者であるおっさんだった。そして、今回の事件の黒幕でもある。

 ただ、騒ぎを起こす前に、正体不明の勢力が騒ぎを起こしているために、大慌てであった。それでも、この騒ぎに乗じるしかないと階段を下りると、目撃者がいたのだ。

 追い払うために、怒鳴っていた。


「通信がつながらないのは分かっているだろうっ!」


 自分の命令が届かない事には、気付いたらしい。物理的に、ぶちっ――と回線を引きちぎったためだ。

 やむなく階段を下りると、何かを手にしている上級作業員達がいたのだ。おそらくは制御基盤の詰まった箱である。

 好機だと、ルイックは感じた。


「そんなもの、置いてゆけっ」

「し、しかし………これは最も重要な部品です。もし悪人の手に渡れば、どこかで供給網を壊されかねません」

「そうです、襲撃者が『メイゼ連合』だった場合、おそらく技術者もいます。もし悪用されれば――」


 悪用するつもりのおっさんは、大声を張り上げた。


「愚か者がっ、先の心配よりもまず、目下の使命を果たさぬかっ」


 指を刺した

 偽装のため、あえて明りを落とした第三管理タワーの方角だった。

 荷物を置いて、早くいけ。

 この命令だけは、怒声を発してでも命じるべきものである。即座に、作業員達は駆け出した。

 いや、一人だけ振り向いた。


「管理補佐はいかがされるのです。マニュアルでは――」

「このような日のために、部下達を別行動にさせていた。ここは問題ない、早く行けっ」


 ようやく納得したといわんばかりに、作業員達は駆け出した。

 よく分からないが、独自で何かをしていたのだと。それは、この事態を予見したためだと。人は、混乱すると正常な判断が出来ないものである。あるいは、そのために命令は単純でなければならない。

 すなわち今回の命令は、『逃げろ』『行け』――である。

 後で思い返せばおかしい話は、今は分からない。命令を受けた作業員達は、すでにおっさんの視界からは遠くになっていた。


「そうだ、そうだ………走れ走れ、俺がこの施設の主となるためにな………」


 全て我の思うまま。

 そんな優越感を抱きつつ、おっさんルイックは、懐にそっと手を差し入れた。

 指先に、固い金属の感触が返ってくる。

 今から用いる、制御基盤である。



 *    *    *    *    *    *



 満月が、わが身を照らす。

 そんな気分を味わっているに違いない、銀髪のロングヘアーが、風になびいていた。

 牙のアガットであった。

 今回の作戦の要、リーシアの護衛役を任されており、施設が大混乱するまで、待機していたのだった。


「リーシア、ライネから命令。出番だとさ」


 背中に背負うリーシアに向け、告げた。


「うん、さすが四天王。みんな大慌てだ」


 イタズラっ子のように、リーシアは答えた。

 予想通り、狙われやすい中央タワーを放棄した。放棄というか、生贄というか、おとりとしたのだ。そして、前回総点検が終えたばかりで、最も信頼性の高い第三タワーを最終防衛線としたのだ。

 内部事情を知らなければ、対応はできまい。

 それほど、施設の人々は混乱した証であり、それは『牙と爪』の陽動作戦が、大成功をしたということである。

 リーシアが改めて四天王に感心していると、リーシアを背負うアガットは、静かに第四管理タワーの司令室に入る。

 無人だった。

 ここは首謀者のおっさんルイックの城である。

 管理補佐に過ぎないのだが、この時間帯の責任者でもある。今は役割を放棄して、どこかにお出かけだ。

 それは事態を収拾するためではなく、暗躍あんやくするためである。

 リーシアの、予想通りだった。


「さって、お仕事、お仕事」


 アガットに背負われて第四管理タワーの司令室に入ったリーシアは、家捜しを始めた。

 このままでは都市全体で停電が起こってしまう。それだけではない、ニセモノの制御基盤の命令は、都市一つ分の膨大なエネルギーを、逆流させる命令を発するのだ。

 停電は、その副作用に過ぎない。

 黒幕のおっさん、ルイックには想像も出来ないだろう。逆流した、都市一つ分のエネルギーが中央エネルギープラントに到着すれば、連鎖暴走の引き金となってしまうのだと。

 さらには、中央エネルギープラントの核は、古代兵器なのだ。

 可能性は、二つ。

 古代兵器の暴発。

 都市一つ分のエネルギーを喰らい、爆発を引き起こし、気象異常を誘発させる。

 もう一つは、連鎖反応。

 各都市の中継施設まで暴走し、その後で、古代兵器が爆発し、気象異常が起こる場合。

 どちらも、新暦以前に逆戻りは確実だ。

 そうなれば、新秩序を生み出すための戦いが、また始まる。

 リーシアが何もしなければ、である。

 いいや、もう終わったらしい。リーシアは振り向いて、アガットに合図した。


「おね兄さん、やっぱり悪いおじさんが持ってるんだ。制御基盤を使う場所は、無人のところ。ここの、三階下の第四制御室」


 アガットは、再びリーシアを背負い、窓から飛び降りた。



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