第30話 混乱の影で、こそこそと


 暗闇でも見通す、魔法の瞳。

 そのような便利なものは無いながら、こっそりと高い、高い塀を乗り越えて、施設へ侵入するくらいは、実は簡単だった。

 少数である場合だ。

 それこそ、一人や二人、壁をよじ登るくらいなら出来るのだ。そして、すぐに警備員の皆様に見つかって、捕らえられる。

 混乱のただ中である現在は、その心配は無かった。

 マントが、ぱたぱたと翻っていた。


「ふっ、ふっ、ふ~………このメイリオルジェ大公爵閣下様を忘れるとは、愚かなヤツラめ。今こそ我の力を見せてくれようぞ………」


 メイリオである。

 十四歳の当時から、いいや、それより以前から、手遅れのピエロである。どこから借り受けたのだろう、マントを盛大にパタパタと風に任せて、格好をつけるピエロなのだ。

 腕を、前に差し出した。


「闇よ、いでよっ」


 出るわけがない。

 だが、目の前には明りのスイッチが並んでいた。夕暮れの時間になると、自動的に施設全体を明るく照らすのだが、スイッチもあるのだ。

 実は、この施設から最初に明りを奪ったのは、メイリオルジェ大公爵閣下様であった。

 またも、どこかから悲鳴が上がった。


「――あ、明りが消えたっ」

「――ちきしょう、今度はどこの配線がやられたんだっ」

「――いったい、敵は何人なんだっ」


 大混乱であった。

 だれも、スイッチを切ったという発想にいたっていなかった。それだけ、システムに信頼を預けている証拠だろう。予想外の事態に見舞われれば、きっと、惨劇が起こったに違いないと想像がたくましく、混乱してくれたのだ。

 実際には、『牙と爪』の襲撃である。

 襲撃チームが立ち回れる土台作りが、メイリオたち陽動チームの役割である。しかしそれは、襲撃が始まったら撤退では終われなかった。大きな施設に、数名の襲撃チームだけで混乱を引き起こすことは困難だ。

 明りのスイッチもまた、一箇所に集中しているわけではない。例え一箇所や二箇所を抑えても、まだまだ予備があり、明るいのだ。そのために、陽動チームはドサクサ紛れに、活躍していた。

 スイッチを切ったピエロは、えた。


「そう、我の出番なのだっ」


 孤高のピエロのメイリオは、大変満足そうに、腕を組んでいた。

 なお、スイッチを切ったのは、魔法の力ではない。単に、腕を伸ばしただけである。メイリオの能力を使うまでもなく、腕を伸ばして、ぽちっとな――と、明りのスイッチを切っただけである。

 なぜか、えらそうだった。


「はっ、はっは………これでまた一つ、闇が訪れたぞ」


 闇夜に、マントがはためいていた。

 こうした地味な混乱活動が、実は大変にお役立ちしているとは、誰も考えていない。破壊活動によって、施設の配線がズタズタに切り裂かれているにちがいない。爆発物によって、どこかの設備が燃え上がっているはずだ。そんな、もっともありえるため、もっともあって欲しくない可能性に、皆様の想像が向かうためであった。

 真実は、スイッチをぽちっ――と、押しただけであった。

 いや、派手な明りが、背後できらめいていた。襲撃部隊もまた、陽動チームの存在を悟られないように、ハデに大暴れをしておいでだった。

 バリバリと、ズババ――と、雷があちこちで炸裂していた。

 警備のみなさまも飛んでこない。きっとどこかで、お昼寝だ。いや、夜の時間なので、眠りに就いてどこがおかしい。彼女達が仕事をしやすくするため、陽動チームがメイリオたちである。

 魔力を感知できるメイリオは、素直に驚いていた。


「女王の雷撃………死ぬほどしびれるけど、実際に死なないように加減できるし………まぁ、復旧は問題ないかな………たぶん」


 よくも、今まで存在を隠すことが出来たものだと、感心していた。おそらく、目撃者も一緒に感電して、記憶が飛ぶのだろう。

 何より、魔法など存在しない、それが常識なのだ。感電したのは、何らかの装置があった、具体的には、千切れた配線が近くにあったためと解釈するのだ。

 トリックだと。

 メイリオがピエロを演じ、ピエロになったのもそういう理由だ。魔法の力がばれそうになれば、手品だと言い張ればすむのだ。

 種明かしは、ピエロの死を意味するのだ。そんなばかげたセリフで引き下がってくれて、大変便利だった。

 ピエロは、周りを見渡した。


「さて、次は――」


 作業員が、偶然にも、ピエロと出会った。

 大変だと、叫ぶ。


「なっ、何者――」


 襲撃が起こった、いったいどのような連中が殴りこみを欠けたのかと言う興奮の中、マント姿が現れたのだ。大変に、驚くことだろう。

 ピエロの出番だ。


「良くぞ聞いてくれた、われこそは――」


 メイリオは、途中までしか名前を上げることが出来なかった。

 そう、陽動チームは、メイリオだけではないのだ。メイリオとコンビを組まされた、薄幸の美少女メルダちゃんもいたが………

 ずたぶくろが、哀れな作業員の頭にかぶせられた。

 そして――


「ゴメンなさいっ――」


 一撃だった。

 殺してはいないだろうが、かわいい声と同時に、大きなスパナらしき凶器で、一撃だった。か弱い女の子です――そんな印象で、保護欲を誘う美少女の細い肩は、意外とたくましいようだ。

 薄幸はっこうの美少女が、か弱くつぶやく。


「………だ、だって………人手不足なんだもん………」


 もじもじとする姿は可愛らしく、もじもじとするたびに、大きく揺れる胸元には、思わず視線が吸い寄せられる。詰め物でも、思わず吸い寄せられる威力は、さすがは女の武器と呼ばれる凶器だった。

 虚乳きょにゅう少女――との名称が固定しつつある、おとり担当のメルダちゃん14歳であった。

 か細い腕であっても、どうやら実戦も出来るらしい。自分の腕よりもごついスパナを抱きしめて、女の子らしい演技をしていた。

 ………手遅れと思う。


「なぁ、メルダって――なんでもない」

「そうだな、どっちかって言うと――なんでもない」


 余計な一言を言いそうになった悪ガキたちが、ずたぶくろを運びながら、視線をずらした。にっこりと、薄幸の美少女メルダちゃんが、微笑んだためだ。

 暗闇に目が慣れたため、理解できたためだ。

 微笑んでいると。

 怒っていると。

 もしもつかまれば大変という『牙と爪』の陽動チームであるが、とっても余裕の様子だ。それは、今回の作戦には雷の女王を初めとした、四天王のうち、拠点の護衛と言う責任を持つダガルト以外の三人が加わっていることも大きいだろう。

 そして、もう一つが、リーシアだった。

 メルダちゃんが、スパナを抱きしめたまま、明りのついているタワーに目を向けた。リーシアが潜入する予定の、第四管理タワーであった。


「小さな子が最前線なんだから………ちゃんと守ってあげないと」


 メイリオも、ならって明りのついているタワーを見る。

 もしかして、すでに潜入しているのかもしれない。かつて『牙』という暴力組織の頂点だったアガットが護衛をしているのだ、むしろ、自分達より安全だと思うのだが………

 気絶したずたぶくろを運んでいた二人組みの悪ガキは、別のことを考えていた。

 そう、いらぬ一言だ。


「そ、そうだな、か弱いなんていっていられないよな。見せ掛けでも………」

「そうそう、か弱い振りしてるだけでも、か弱いんだからな。多分………」


 同世代であり、本性を知っているための軽口である。

 か弱い?

 あくまで見た目だ。腕よりごついスパナを持つ女の、どこがか弱いのか。薄幸の美少女メルダちゃんのほうがたくましいと、今、判明していた。

 メルダちゃんは、にっこり笑顔だ。


「あら、私、か弱いのよ………?」


 悪ガキな男子二人は、スパナを持っているメルダちゃんに睨まれて、縮こまっていた。

 背後では、ビリビリ、バリバリ――と、ハデに雷が落ちて、施設の各所から、混乱の悲鳴が上がっている。

 メイリオは、つぶやいた。


「勝ったな――」


 マントをなびかせて、腕を組んで格好をつけていた。

 闇夜であるため、だれが見ているかわからない、だが、ピエロなのだ。混乱の最中、ここだけ、別の世界が出来上がっていた。



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