第31話 リーシアちゃんの活躍
中継施設には、いくつも管理タワーがある。
頑丈なレンガの壁に囲まれた、まるで城壁のごとく隔離された世界に、その数は五つ。互いに補い合い、万が一の事故に対処していた。
それら全てを混乱させるための抜け道が、偽りの制御版なのだ。
今は、リーシアちゃんが手の中だ。
「うん、これだ………」
どう見てもそれしかないという、はっきりと分かる目印がしるされていたのだ。侵入して、わずかな時間で発見できたことに、ちょっと拍子抜けの二人だった。
まぁ、ニセモノの制御版を判別するには、それしかない、どれも見た目は同じなのだ。ニセモノの制御版を仕組んだおっさんにも、分からないのだ。これが、ただ混乱を起こして終わりならば良いが、おっさんの目的は、違う。自分で混乱を起こして、それを解決することだ。
いいや、その後の栄誉、栄達という夢のためだ。
自分で混乱を起こし、解決するのはそのための手段。そのためには、自分が仕掛けたニセモノを見つける必要がある。
わかる目印が必要だった。
とってもマヌケな、証拠の品だった。
リーシアの護衛をしているアガットは、ため息をついた。
「あのおっさん………ほんとにバカなんだな………」
リーシアをこの部屋へ運んだときの様子を思い出し、頭を抱えていた。
オレの勝ちだ、オレの勝ちだとニヤニヤ笑いながら、おっさんは部屋をあとにしたのだ。おっさんのあとをつけていたアガットとリーシアは、ずっと見ていたのだ。
困難を極めるかと思った作業が、こうして終わった。
騒ぎを起こさないと、入れ替えのタイミングすら得られない。周りに点検する人々があふれているのだから。そのため、『牙と爪』が起こした騒ぎは、おっさんにはチャンスに思えただろう。
リーシアちゃんは、ポケットから新たな制御版を取り出す。
「まずは、これで………」
必要になるだろうと、ポケットに忍ばせたのだ。お世話の達人を自認する、駄犬メイリオがお手製のキャロットパンツである。大人の作業ズボンをスタイルに仕立て直した一品だ。やや不恰好であるが、リーシアの子供っぽさを押し出し、可愛らしさが際立つ。
リーシアちゃんと言う、水の妖精と表現しても当然の美少女が素材であることも、とっても大きいはずだ。
そして、とても頭が良かった。自分が動かなければ、全てが終わってしまうと理解し、勇気を振り絞ることが出来る女の子なのだ。
そのために、十歳という幼さでこの場に、戦いの場に立っているのだ。
「あとは――」
リーシアちゃんのポケットには、まだ何か入っていたようだ。基盤の検査のための機器を取り出した。
「仕掛けがないか、全部見ておかないと」
メイリオは語る、リーシアは天才だと。
それ以上に、強い責任感と、勇気の持ち主であると。
赤いランプが、次々に点っていく。いつの間にか、リーシアが持ち出した機器に感応して、リーシアの支配を受け入れた数だけ、点灯していく。
「これで、お~し~まいっ」
ゲームの勝利を宣言するように、リーシアは最後のスイッチを押した。
これで、この都市の混乱は防がれた、施設の混乱が続くだけだ。窓の外からは、ビリビリと、バリバリと電撃が花火を散らし、大騒ぎがどこからともなく上がっている。どこを守る、どこへ行けばいい、それすら分からずに、怒声が響く。
合わさって、大混乱だ。
本当の破壊の規模は、誰にも予想が出来ないだろう。副作用として停電が起こるが、真の破滅は、その先にある。
今、防がれた。
壁に背中を預けていたアガットは、そろそろかと、声をかける。
「リーシア、それで終わりか?」
リーシアの護衛のため、そして、リーシアの邪魔をしないために、静かに見守っていたのだが、そろそろいいだろうと、声をかけた。
素人のアガットは、それが悪い兆候なのか、よい兆候なのかの判断が出来ない。
リーシアは、ほっとした笑みを浮かべていた。
「うん、赤いランプは、機械さんが怒ってるだけだから。怖いのは、どこにもつながっていないときに、青いランプがつくことなの。もっと怖いのは――」
リーシアは、ニセモノの制御版を取り出す。
何も知らずに、都市全体のエネルギーが逆流する。その命令を下す制御基盤を使うのは、今のタイミングだけ。
今は、目の前の全てが、赤色に点っている。正常に機能している証なのだ。
「だから、もう大丈夫なのっ」
今の状態を、リーシアはお子様の表現で説明してくれた。
その背後には巨大な本棚のような金属の塊が並んでいる。制御基盤が詰め込まれている、本棚のような、このシステムの頭脳にあたるシステムである。
アガットは、普段気にかけない生活の明りが、こんな本棚に守られていることに、内心驚いていた。
「暮らしを維持するのも、大変なんだな」
「壊すのも、それなりに大変だよ。だから、悪いおじさんが動けるのは、今日しかなかったわけだし………でも――」
二人で、眺める。
本棚が、徐々に黄色に点っていく。
リーシアは教えてくれた、これで、大丈夫だと。五箇所が順を追って、点検、接続、都市全体のエネルギー供給は、滞りなく行われる。
リーシアは、本棚から、手元のニセモノの制御基盤に目を移す。
「馬鹿な大人を操ってる………本当の黒幕ってね、本当に都市が真っ暗になるだけって思ってるの?それとも――」
ここまでする意味が分からない。作成する側、使うようにそそのかす側は、おっさんと異なり、なにが起こるか理解しているはずだ。本当に、取り返しのつかないことになる。その事態を予測できないことなど………ないとは、いえない。
だが、予測して、使わせるように仕向けたのなら?
ドートム政府の暗部を担う側が、諜報員が動いた今回の事件。動かせるのは、ドートム政府の上のほうである。
リーシアは、とてつもない陰謀を感じた。今回の事件は、ほんの一端に過ぎない、たまたまリーシアが出会っただけの、小さな影。
リーシアの不安に気付いたのか、アガットは軽く流した。
「さぁ、自分が正しいって押し付けるバカってことは、確かだってよ。それこそ、自分が偉くなるための足の引っ張り合いで、おしゃれがダメ、お酒がダメとか、そのときの気分で規制ばっか増えていくって………」
「フリフリなエプロンも?」
「見たこと無かっただろ?こっちへ来るまでは………」
しばらく見詰め合って、リーシアはニセモノの制御版をポケットへと戻した。
色々と考えねばならないことがあるようで、今はまだ、作戦の途中である。混乱は抑えたが、おっさんにはトドメをさす必要があるのだ。
リーシアは、両手を挙げた。
幼い子供の、抱き上げろという命令だ。
「さぁ、仕上げにいこっか」
リーシアちゃん十歳は、きりっとしたお顔で、お命じになった。いったい誰の影響なのだろう、子供は影響を受けやすいというか、元凶の銀色のロングヘアーのお兄さんは、格好を付けた。
「あぁ、仕上げに行こうっ」
美人は、何をしても様になる。そこに男女の違いは関係なく、舞台で登場すれば、とても美しく見栄えがするだろう。メイリオごときピエロであれば、お笑いになるだろう。リーシアちゃんをそっと抱き上げて、夜空へと駆け上がった。
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