第27話 襲撃の日の、部下さんたち


 夜空を飾る、光の洪水。

 かつては、天空を漂う三つの小さな月と、一筋の光の川をさしていた。

 ドートム暦現在では、町明りをさす。

 夜は、まだまだこれからだと、仕事終わりの方々が、町へと繰り出すのだ。周囲が明るいにもかかわらず、入り口だけ妙に明りが寂しいお店は、大賑わいだ。

 裏の、居酒屋だった。


「おっちゃん、もう一杯」


 ご機嫌なお兄さんが、赤ら顔で注文していた。ルイックというおっさんに命じられ、リーシアを捜索しているはずの、部下さんたちであった。

 下ろしたての作業着に身を包んで、ひたすら聞き込み調査をしていたはずだが………

 飲んでいた。


「おい、止めておけよ。偽装だとしても、飲みすぎだ」


 仲間が、止めていた。

 だが、その手のコップの中身は、お酒様である。

 説得力は、皆無である。


「いいんだ、いいんだ。どうせあんなバカの下で働いてるんだ。こうして飲んで、何が悪いってなぁ~、お酒は、いけませんっ――なぁ~んてさ、みんな飲んでるんだぞぉ~」


 出来上がっていらっしゃる。

 もう、何がどうなろうがかまわないと、やけになっていらっしゃる。

 ドートム政府は、お酒は堕落を呼ぶとして、禁忌物品に指定した。しかしながら、古代文明発祥当初からの親友であるお酒様と、そう簡単にお別れが出来るのであろうか。

 見せ掛けの正義のドートム政府に、誰もが従う。

 そんな見せ掛けで、こうして皆様、飲んでいた。


「ほ~れ、お前ももう一杯」

「あぁ、これはどうも………」


 この三週間、収穫なし。

 日に日にご機嫌を悪くされる上司怒りを、ただひたすら、だらだら聞くだけの日々であった。もはや、何のためにエリート街道を歩いていたのか、作業着姿で町を歩く日々、こうしてささやかに楽しんで、なにが悪いのか。

 どう見ても仕事帰り、盛り上がっているお兄さん達である。もはや、暗部に足を突っ込んでいる緊張感も、世界の裏側にいるという優越感も薄れた。

 あるのは、ただ日常の劣化であった。


「おい、何やってるんだ」


 仲間がやってきた。

 現場作業員の姿も、少し様になってきた。偽装のため、実際に現場で汗を流してたのだ。ただ、目的を忘れ、肉体労働の爽快感を味わっているような気がする。

 気のせいでありたい。


「よぉ、来たか」

「来たかじゃない。おまえら、何勝手に始めてるんだ」


 お怒りの方向が、この御仁もおかしくなっていた。何をやっているのだろう、悪事の片棒を担いでいるという自覚など、もはやないらしい。

 上も上なら、下も下という事であった。


「おぉ、あんだよ、それオレの――」


 苛立ち紛れか、の見たかったのか、分からない。店から入ったお兄さんは、店員が持ってきた酒瓶を奪い取り、一気に空にした。

 いい飲みっぷりであった。


「ぅ~っ!」


 う~っ、ではない。

 楽しみを先延ばしにされた赤ら顔は、怒りに染まる。だが、ここで騒ぎを起こしては、さすがにまずいという最後の一線だけは、守った。先に楽しんでいる負い目もあったのだろう、仲間とはいいものだ。


「ったく、おっちゃん、同じの、もう一本」

「オレもだっ、後、つまみは肉だ、肉」

「はいよっ」


 ほぼ同時の注文にも、威勢良くお返事の居酒屋のおっちゃん。ドートム政府によって弾圧を受けても、たくましく隠れ居酒屋を営業している、年季の入ったおっちゃんだ。

 いや、お酒様と言う、人類の親友をドートム政府からかくまっている、英雄と言い換えてもいい。この居酒屋の常連の方々には、正に救世主だ。

 と、天井が点滅を始めた。


「おや、珍しいねぇ、近所で工事でもしてたっけ」


 居酒屋のおっちゃんが、天井を見上げた。いくら違法店舗であっても、配線設備を含めて、全てはしっかりと作りこまれている。お酒様を守るため、工事作業員の方も、特に気合を入れて下さったのだ。

 そのため、設備不良ではなく、近所で敗戦工事デモしているのかと、思ったわけだ。

 パタパタと、炭火に風を送りながらという、厨房の技を見よ。意識がよそへ言ったように見えて、手は一瞬たりともと待っていない、まさしくプロである。

 一方の酔っ払いたちは、気楽に注文の行方を心配をする。


「あぁ、あるんだな、こういうことって」

「今晩が定期点検だったか………まぁ、人のすることだからな」

「はっ、どうせ中継施設で騒ぎがあるだけだ。すぐにもどるさ」


 きままであった。

 彼らだけは、この明滅の原因に思い至ってもよかった。供給施設と言う心臓部において、その管理室に出入りが許される、エリート様なのだ。第四管理補佐のルイックのおっさんの、補佐を勤める若者達なのだ。重大な出来事が起こったと、焦って立ち上がるべきお兄さんたちなのだ。

 今は、気のいい酔っ払いだ。


「ほら、もういた」

「どっかの馬鹿が、制御版の抜き差しの順序を間違えたんだろ。たまにあるんだよな」

「まぁ、いいじゃないか。抜き差しの数秒ていど、ちょっとだけ身震いした程度じゃ、なにも起こらんさ。すぐに、元通りになるんだからな」


 ――はい、まずは酒ね。

 そんな台詞を吐きながら、おっちゃんが興味を持ったらしく、質問を投げかけた。


「兄さんたち、詳しいね。その服からして、関係者?」

「おうよ、俺たちみんな、政府のしもべ

「暮らしの土台に誇りを持って」

「今日も一日ごくろうさん、っとくらぁ~」


 出来上がっていらっしゃる。

 隠れ居酒屋のおっちゃんには、見慣れた光景である。ドートム政府が禁忌物品に指定していても、人類の親友なのだ。摘発する側が、こっそり常連となっているほどなのだ。

 このお兄さん達も、そうした部類なのだろうと、気にしない。自慢話もあるし、逆に、グチをこぼすこともあるのだ。


「まぁ、何事もない日々が一番ってね。はい、オマケのつまみ」

「って、一切れずつかよ」

「いいじゃないの、ささやかな気持ちの積み重ねが大事よ」

「ちぎいねい、おっちゃん、あんらとな」


 一人、そろそろ飲むのを止めさせたほうがよさそうだが、上機嫌だった。

 そう、日々は続いていく。

 人々が知らない間に、懸命になって働いている方々がいるのだから。

 今回は主に、犯罪者の方々が働いていた。


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