第26話 襲撃の日の、おっさん

 

 ドートム暦も三桁に届いて、最初の夢も夢と消えて、下り坂。

 それは戯言に過ぎないと、ルイックは満足していた。本日の点検が終わったあかつきには、栄光は自分のものとなるのだから。

 そう、暗闇に包まれて、混乱した都市の――


「なんだ、どうなっている。どうして施設の明りが消えているんだっ!」


 気付けば、真っ暗闇となっていた。

 自分ではない、世界を闇におとしいれるための手札は、懐にあるのだから。誰かが手順を間違えて、自分より早く都市に混乱をもたらしたのだろうか。

 これでは、活躍できないではないかと、おっさんは焦った。

 いや、手順のミスであったなら、この施設から明りが消えることは無い。何者かの破壊工作であると、自分以外にも暗躍する人物がいたことに、焦りは増す。

 しかし、それがどうしたというのだ。例え『メイゼ連合』であっても、素人の寄せ厚めだと、気分が大きくなる。

 通信機を、手にした。


「クルード殿、早く出てくれよ~………」


 通信機ごとに番号が異なり、非常時の連絡方法としても、確立されている。誰もが持つことは出来ないが、特別な地位の方々には、日常の道具なのだ。

 諜報員という立場の、ドートム政府の影を担うクルードという不気味な男は、こういうときにこそ頼りになるのだ。

 おっさんが強気でいられる理由であり、リーシアが、まともな大人に頼ることが出来ないと判断した理由であった。

 ドートム政府の影は、実は誰もが知っている、ディストピアだという言葉さえ口に出来ない、普段は潜む、恐怖そのもの。

 とたんに、頭上の明りが消える。

 幾重にも張り巡らされた安全措置により、自分の城である管理室には明りがあったが、供給が不安定のようで、点滅していた。

 おっさんは、悔しそうにうめいた。


「おのれぇ~………クルードめ、旗色が悪く前から逃亡とは」


 通信機からは、ノイズの風だけが聞こえてくる。

 何者かが、施設に侵入した。おっさんの頼りの綱である諜報員クルード様は、その時点で、おさらばしたようだ。

 おっさんが手にした通信機以外にも、いくつも通信機がある。本来この部屋は、おっさんの補佐たちで回っているが、今はおっさん一人であった。

 自動的に、通信が入ってきた。


『――第四管理補佐、施設に何者かが侵入した模様、現在調査中ですが――』

『――施設に侵入者、施設に侵入者、人数は不明、明りが消えています』

『――誰か聞いてるか、侵入者が警備を倒してる。影しか、影が――』


 通信機から飛び込んできた報告など、おっさんは、気にしていなかった。

 想定内だったためだ。

 メイゼ博士の娘、リーシアに制御版を持ち逃げされた。発見できなかった時点で、この事態を想定していたのだ。

 ニセモノの命令を下す制御版など、いくらでも作れる。問題は、その存在を誰かに知られる事だ。そのために、諜報員とともに、周囲に警告をして回ったのだ。そんなリーシアに協力するのは反政府勢力くらいなのだから、ここまでは予想していた。

 では、何を動揺しているのか。

 頼みの諜報員、クルードがいなくなった事だった。

 ど壇場で、姿をくらましたのだ。


『――第四管理補佐、第四管理補佐、聞こえますか。警備は大混乱です。どうかご指示をっ』


 通信機から、悲鳴交じりの報告が響き始めた。苛立つおっさんは回線をぶちっ――と切った。

 ぶちキレて、乱暴に通信回線を引きちぎったのだ。

 そう簡単には引きちぎれないはずのだが、人間の力は侮れない。その力を、どこか別の場所で発揮して欲しかった。

 まぁ、おっさんの地位では、怪力は必要とはされないものである。第四管理補佐の地位にいるルイックに求められるのは、判断能力と、指揮能力である。

 ルイックは、通信機を手にしたまま、接続先を全棟に切り替えた。


「緊急連絡。暴徒が侵入している。ここ、第四管理タワーを破棄。至急、中央管理タワーの援護に当たれ。繰り返す、暴徒が侵入している。中央管理タワーの――」


 人間は、混乱すると周りが見えなくなるものである。ルイックと言うおっさんは、今しがた、自らが切断してしまった通信装置を握り締め、命令していた。

 いったいどこに命令をしているのか、本人にも分からない。むしろ、物理的に切断されている通信機から、返信があればどうするというのか。

 ちょっと、見てみたい。


「ふぅ………これでひとまずは安心か」


 安心ではない。

 もう、嫌な汗をだらだらかいて、通信機を手からぶら下げている。通信機からは、樹脂に守られた金属の束が、むき出しになっている。

 そうだ――と、言わんばかりにおっさんは通信機をずるずる引きずって、自分の城、司令室に向かった。予定通りに、作戦を実行すべきだと。

 ここの警備は命じたのだから。

 つながっていないとは、誰も忠告しない。

 その役回りを持つ補佐たちという、直属の部下さん達は、いまだにメイゼ博士の娘、リーシアちゃんの捜索に明け暮れているのだから。

 おっさんは、そう信じていた。

 信じることだけは、自由であった。


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