第25話 襲撃の日の、騒動
『旧時代の町』
そこは、怖い人たちの巣窟だと、メイリオは思っていた。
リーシアをかくまうため、ヤバイ出来事を防ぐために足を踏み入れて、もう、何週間にもなる。最初こそ、おびえていたが、メイリオにはすでに、守るべき場所になっていた。
「駄犬………よろしくね」
薄水色のロングヘアーに、つぶらな青い瞳の少女が、つぶやいた。
メイリオから穏やかな暮らしを奪った張本人、リーシアちゃんだ。最初こそ、考えることもなく食事を与え、お世話をするだけのメイリオだった。
お世話の達人を辞任するメイリオの、それが誇りであった。
出撃を前にした今は、リーシアの前で、犬座りにしゃがんでいた。
「リーシア………」
ご主人様に置いてけぼりを食らう、駄犬の気分だ。
今は運命の日。その、夕暮れだ。
自分たちの暮らしが終わるか、それとも続くのか。人知れず、犯罪者組織『牙と爪』は、戦いに向かうのだ。
襲撃チームは、我らが雷の女王ライネを筆頭に、ナイフのレイーゼ、牙のアガットと言う少数精鋭だ。
しかし、彼らは今回の作戦の
大人は何をしているのかという問いかけへの答えも、知っている。大人だから、何も出来ないのだと。
誰もが夢見た理想社会の、現実だった。ドートム暦も下り坂、建前の正義も怪しい政府は、とんでもない馬鹿をするのだ。
「大丈夫よ、我らが女王が共にいてくださるのだから、安心してお見送りしましょう」
居残り組みの責任者、エプロンのダカルトさんが、信頼の瞳で見つめていた。
見上げた駄犬、メイリオも信じることにした。
「リーシア、帰ってきたら、また一緒にお風呂に――」
頬を、叩かれた。
リーシアは頬を膨らませ、女の子のお怒りモードだった。
なお、出会ってから共にいる二人は、寝室は同じながら、お風呂は別である。女湯に向かうリーシアを、強引に男湯に引き込むメイリオではない。限度はわきまえているつもりだった。
子ども扱いは、リーシアが可愛いためである。
「もう、駄犬。帰ったらお説教っ!」
子供っぽくむくれたリーシアと、駄犬メイリオとのいつものやり取りと、笑顔で微笑む仲間たち。
いつものやり取りになったのだ、そして、そのいつもはこれからも続く。そのための襲撃作戦である。
このいつも――と言う日々が、これからも続くことを願って。
「リーシア………」
ご主人様の後姿を、いつまでも見つめるメイリオ。
襲撃チームが動くのは、メイリオたちが騒ぎを起こしてからである。前座がピエロで表に注意をひきつけて、本番は、誰も知らないうちに終わる。
「駄犬さん、私達は、そろそろ――」
虚乳少女――もとい、薄幸の美少女のメルダちゃんがたたずむ。他にも、悪ガキでございますという少年達が、やってやろうという気持ちを高めて集まり始めた。
夕焼けが、小さな後姿に、長い影を落とす。
その影も、すぐに届かない距離に向かう。ここから中継施設まで一時間以上歩かねばならない。作戦開始は深夜ながら、少し早めのご出発だった。
「じゃぁね、リーシア」
「駄犬、帰ってきたらお説教だからねっ」
「あらあら、ふふふ」
「あらあら、駄犬ちゃんったら、ふふふ」
しっとり笑顔のフラーズさんと、にっこり笑顔のダガルトさんと言う二大お姉様?に見送られて、おとりチームは出陣だ。
メイリオと臨時のチームを組むことになった虚乳少女のメルダちゃんは、つぶやいた。
「今晩、町明かりが消えなかったら、私達の勝ち。祈りましょう、明るい日々が続くことを」
街灯が、チカチカと点り始めた。
まだ夕日があたりを照らしているが、時刻に正確であった。ガタが来ているとはいえ、自動点灯である。
メイリオは、しばし、地上の明りの一つを見上げていた。
そう、この明りが点り続ければ、自分達の勝ちなのだと。
そして、数時間後――
オレンジの名残が、空をうっすらと照らす。そう感じた瞬間は、二度と戻ってこない。夜の
駄犬メイリオは、ボロボロのコートを風になびかせて、告げた。
リーシアたちが襲撃予定の、エネルギー中継施設の、入り口の一つを前にしての出来事だった。
「我の、出番か………」
孤高のピエロが、癖のあるブラウンのショートヘアーをなびかせて、格好をつけた。駄犬メイリオの、今が出番だと、燃えていた。
調子に乗って、なにがおかしい。しがない下っ端の下っ端と言う整備員のメイリオが、いよいよ大きな役割を与えられたのだ。
資格のランクは三級という、下っ端である。それでも、魔法の力が、手品と自称する不思議な力が役立つときなのだ。
中継施設の門を前に、メイリオは燃え上がっていた。
ざざざ――と、門番の方々の前へとダッシュをして参上し、名乗りを上げた。
「ふっ、ふっ、ふ~………我こそは混沌をもたらすもの、メイリオルジェ公爵閣下なりっ」
誰が呼んだか、孤高のピエロは、ふざた名乗りを上げていた。
警備員さんは、それでも門の前で意味不明な戯言を口にする少年に注目する。やっかいなバカがやってきたと、たまにいるんだよなぁ~………と。
その油断が、命取りだった。
メイリオは、叫んだ。
「ついてくるがよいっ」
えらそうな、公爵閣下のご命令だ。
ふざけるなと、一発、殴ってやりたい気持ちの門番の方々は、追いかけた。しかし、それが罠だと気づくことはなかった。
ここは、都市の心臓とも呼ばれる施設である。
中央エネルギープラントから送られるエネルギーを受け取り、都市全体にいきわたらせるための、重要施設である。
当然、保安局から門番の方々が派遣されているのだが………おかしなヤツが、何を勘違いしたのか、挑発してくることもあるのだ。
門番の方々は、互いを見つめていた。
「なぁ、新しいパフォーマーか?」
「あれも、『メイゼ連合』の抗議の一つ………なのか?」
最近は『メイゼ連合』という、今のエネルギー供給システムを作り上げた天才の名前を使った、新規エネルギーシステム反対運動の連中が、やかましい。
さすがに、大道芸人も恥ずかしくて真似できないメイリオルジェ公爵閣下の宣言は、無視したい気持ちである。それでも、門番として、都市の心臓とも呼ばれる施設を守るために、追いかけないわけには行かない。
すぐに、中断された。
女の子が、門の影でたたずんでいた。
どうして気付かなかったのか、しかし、気付いてしまったなら、目が離せない。
「あ………ごめんなさい………」
青のロングヘアーに、緑の瞳の、十代半ばの女の子だった。門番の方々におびえたのか、即座に顔を伏せて、悲しそうにする。
何か、事情があったのかと不安にさせる仕草である。ついでに、揺れる胸元に目線が奪われる、悲しい男の本能を利用した、陽動作戦の第一弾と言う、恐ろしい少女である。
見た目はスタイルが年齢にそぐわない、薄幸の少女なのだ。
バカらしいパフォーマーを追いかけるのと、泣いている女の子に声をかけるのと、どちらが重要だろうか。
そろって、少女に声をかけた。
とってもやさしく、かがみこんでいた。
「きみ………どうしたんだい?」
「お嬢さん、もう、夜も遅い………送ってあげよう」
薄幸の少女。
シクシクと泣いている女の子がいれば、誰でも声をかけたくなる。それが、人間と言うものだ。退屈な保安局員の下っ端であれば、なおさらだ。
二人そろって、キリっと顔を整えて、いいお兄さんを演じていた。
華奢な見た目に反して、大きな胸元に注目しても、仕方ないのだ。
しくしくと泣くたびに、少女の見た目に反して、揺れる二つのふくらみに、目を奪われるのは、本能だ。
たゆん――という、少女の見た目に反するふくらみに、目を奪われて――
「しくしくしく――ごめんなさい」
台本を棒読みしたような、嫌な予感だ。
次の瞬間には、二人の門番の意識は、奪われていた。二人仲良く、額をぶつけ合ったためだ。メイリオルジェ公爵閣下の、魔法であった。
メイリオは、興味深く見下ろしていた。
「へぇ~………女王に教えてもらったけど………やるな、オレ」
かがんでいた門番さんたちは、メイリオの魔法によって、互いに頭突きを食らわせ、気を失ったのだ。
メイリオは、感謝の言葉を告げた。
「メルダちゃん、ありがとうな。さっすが、女の魅力は、ニセモノでも効果抜群だね」
賛辞のつもりだった。
敵の前に姿を現すメルダちゃんは、危険を引き受ける勇気の持ち主である。
だが、メルダちゃんはほっぺたを膨らませた。胸元は、メイリオの宣言どおりにニセモノであるが、膨らんだほっぺは本物だ。
女の子が、不機嫌をあらわす仕草であった。
「………あとでリーシアちゃんに言いつけますからねっ………この、駄犬っ」
17歳のメイリオより年下の14歳であるが、子ども扱いしてよい年齢ではない。ましてや、スタイルをとっても気にするお年頃なのだ。
ちょっと見栄を張りたいお年ごろに、メイリオの言葉は、とっても失礼だった。
「まぁ、まぁ、背伸びしたいのは分かるから………大丈夫、みんな分かってくれるよ。さぁ、背伸びをしたいお年頃のメルダちゃん、次の標的へ向けて――」
デリカシーの無いセリフをはいて、メイリオは指を刺した。城塞都市の印象のある、とても大きな施設なのだ。入り口は無数にあり、メルダちゃんのほかにも、相手を混乱させる少年少女たちと言う、悪がき軍団が活躍をしているはずだ。
うまく言っていればよし、そうでなければ――
「さぁ、新たな獲物を狩りにいこうではないか」
「………分かりました………お説教は、あとでリーシアちゃんに任せます」
不機嫌モードのメルダちゃんと、初めての犯罪行為に胸が高鳴っているメイリオルジェ公爵閣下は、走り出した。
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