第5話 リーシア
「そっか~、リーシアちゃんって言うんだ」
十七歳の少年メイリオは、ひざの上で女児をあやしていた。小さな子供のご機嫌を取るには、これが一番とわかっている、さすがはお世話の達人だ。
リーシアの可愛らしいほっぺたが膨らんでいるが、
リーシアだと、お名前を教えてくれた。
年齢は、十歳。
もう、お姉さんだと告げられたことも、しっかりと記憶すべきである。
ただ、記憶したことと、行動に反映されることとは、違うものだ。メイリオの肩ほどもない、九歳児にも見える女の子なのだ。リーシアちゃんはメイリオのひざの上にのせられて、ゆ~らゆらと、あやされていた。
見事なまでの、幼児扱いであった。
結果、リーシアちゃん十歳は、
一方のメイリオはリーシアをあやしつつ、様々に考える。お風呂で、ちゃんと体を洗えたのだろうか。眠らせるために、子守唄でも歌うべきだろうか。そうだ、夜のお供のぬいぐるみはどうしよう――と。
それが、背伸びをしたいお年頃の女子に対して、大変失礼だとは、分からない。すでに、おひざにちょこんと座らせているあたりで、致命的だ。
「だから、子供じゃないもんっ」
小さな暴君、リーシアちゃんは、大変ご立腹だった。
「もう十歳なのっ、お姉さんなのっ」
女の子様は、精一杯に、お姉さんぶった。
それでも、そこで抑えていた。ご機嫌斜めを貫きたいが、そういう状況でもないのだ。
メイリオは、ふと思いつく。
「そうだ、これ」
紙袋を
リーシアからは、手品のように紙袋が地面をすす――と、移動したように見えた。賢い女の子、リーシアちゃんは、疑問を口にする衝動を、必死に抑える。
メイリオは自分の部屋であるため、ひざに乗せる幼い子供のまえであるため、すっかりと油断をしていた。普段は、手品だと断ってから、遊ぶ程度だというのに………
重要な品が現れたため、リーシアの驚きも、すぐに変わる。
かさこそと袋を開けて、中身をリーシアに見せた。
リーシアの顔が、ほころんだ。
「ご機嫌が悪かったのって、これ、取られちゃったって思ったからかな?」
メイリオは、気の利く男である。
張り切りすぎ、女子のお怒りを買うこともあるが、あくまで相手を思いやってのこと。そのために、お許しは早いのだ。
ポケットの中身を、大切に保管する。その程度の気遣いは、出来る男なのだ。
「何かの制御版だよね、それ。多分、エネルギーの供給出力を安定させるための………」
小さな本ほどの大きさ、形の金属の塊だった。
三級とはいえ、メイリオはエネルギー供給網の整備員である。一般の方にはない知識も、ある程度は有していた。
その知識が教えるのだ、これはエネルギー供給のための、重要な部品だと。
メイリオごとき、補修整備員三級では触れることが許されない、重要部品であると。そして………
「一般のご家庭には普及してないはずだけど、リーシアちゃんのおうちって、実はすっごくお金持ち?」
リーシアは、驚きの眼でメイリオを見た。
お前、これが分かるのかと。深い緑色の瞳が、驚きに半開きになった可愛らしい口が、固まった全身が表していた。
お前、バカじゃ、無かったのかと。
この瞳に、さすがのメイリオも、ちょっとムっとした。誇っていいのか、怒っていいのか、分からなかったが、とりあえず無反応を決め込んだ。
大人であった。
大人の態度で、お子様の話を聞くことにした。不法侵入者の少女の事情を聞いてあげよう。何かするにしても、それからなのだと、大人ぶっていた。
年齢は十七歳と、まだ少年呼ばわりをされる年齢でも、学校を卒業後の見習いを経て、一応は整備士の資格も得たのだ。下っ端の下っ端でも、さもしい一人暮らしでも、立派な大人を自負していた。
リーシアは、気にせず暴露した。
「これ、私が追われてる原因」
聞かなきゃよかったと、メイリオくんは、数秒前の自分を恨んだ。
話を聞く優しいお兄さん。そんなメイリオの顔が、固まった。とんでもない事態に巻き込まれたと、ようやく自覚したのだ。
いやな汗があふれる。
平和な世界市民であろう。魔法の力は手品と言うことにして、人を楽しませる、楽しい人間でいよう。そう思って日々を生きてきたメイリオの、その世界が、崩れていく。
耐え切れず、つい、いらぬことをしてしまった。
またも無意識に、魔法の力を使ったのだが、メイリオは無意識なのだ、しかたがない。
おひざの上のリーシアちゃんが、すこし、驚いただけだ。
手も触れていないのに、ラジオのスイッチが入った。
『――先ほど、かのメイゼ博士のご令嬢、リーシアちゃん十歳が行方不明だと、都市保安局に届出がありました。ご存知の方も多いと思われますが、メイゼ博士は現代のエネルギー供給システムの基礎を作った一人で――』
まるで、こちらの会話を聞いていたかのようなタイミングであった。
リーシアの言葉の続き、裏付けであった。
「えっと………リーシアちゃん?」
メイリオは、まっすぐと、リーシアの顔を見た。
数十年前には、若き天才とたたえられたメイゼ博士は、今年でいくつになったのだろう。そんな博士の娘にしては幼い気がするが、結婚が遅いなら、ありえなくはない。今、気にすべき事でもない。
「ニュースで言ってるリーシアちゃんって………」
そうだと、リーシアは表情を硬くする。
メイリオは、本当に大変なことに巻き込まれたと、頭を抱えたい心境だった。ラジオを消すことも、頭を抱えることも出来ず、硬直していた。
今を生きる人間で知らない者はいないだろう、メイゼ博士は偉大な人物である。ニュースでも紹介された通り、現代生活の基盤を作り上げた父ともいえる一人である。
すなわち、その最高位にいる人物は、
そして、博士自身も、古代技術の再発見だと公言している。批判する人々は、その言葉を悪用しているに過ぎない。相手を追い落とし、利益を得る、卑劣なやり方だ。
相手を楽しませ、自分も楽しむ男、メイリオの嫌うところだった。
リーシアは、メイリオにかまわず、説明を続けた。
「悪い人たちは、これを探してるの。これを使われたら、大変な事になっちゃう。町の明りは消えちゃうし――」
メイリオは、遠くを見た。
町の明りが消える、それはエネルギー供給に関わる者の悪夢である。停電は、わずかな時間であっても、不安になるものだ。一秒に満たない、わずかな明滅でも、不安になる。明りが消える時間が分単位であれば、致命的だ。都市全体になれば災害だ。それを、人為的に起こす装置が、目の前にある。
メイリオは、これは冗談なのだと、思いたかった。
「パパが見つけたの。悪い人たちは、ばれたことに気づいて、パパを捕まえに来たの。見てた私は、逃げたの。これを持って」
リーシアがここにいる理由が、やっと分かった。
メイゼ博士は、この都市のエネルギー供給施設の、管理官の顧問と言う地位だ。
高い地位過ぎて、メイリオには実感がわかないが、施設最高責任者に助言をする、とても高い地位だ。
そのために、気付いたのだと。
だが、それなら政府を動かして解決して、終わりのはずだ。リーシアは子供であっても、権威ある博士のご令嬢である。高い地位の人たちと面識もあり、都市を混乱に陥れる計画を聞かされれば何もしないはずがない。知り合いのおじさんに伝える、それで終わりではないのか。
おかしいと、メイリオは感じた。
「私がここにいるって誰かにばれたら、大変だよ。保安局も頼れないんだから」
脅迫だった。
リーシアは、メイリオの疑問に、最も致命的な言葉で答えてくれた。
メイリオがまず思い浮かべる、助けを求める相手が、みんなの味方の保安局が、頼れない。
善良な市民であったメイリオの常識が、希望が、いきなり打ち砕かれた。メイリオは、パクパクと口を開くだけで、言葉がついてこなかった。
何を言っていいのか、確認か、
そっと肩に手を置く自らの幻覚だけは、しっかりと見えていた。
――さらばだ、わが人生。
14歳の自分が、『メイリオルジェ大公爵閣下』と名乗っていた自分が、両手を
冗談では、すまなくなってきた。
メイリオは、窓を見つめる。
夕焼けの出会いから、気付けば、夜が更けていた。
窓からは、町明りが入ってくる。自分も関わっているのだと、ふと思い出すと優越感を得る、人工の明りである。
今は、不安を覚える光景だ。見ることもなく、メイリオはその明りを見ていた。その明りが、ある日突然消えてしまうと知って………
メイリオは、ようやく言葉を発した。
「寝よっか」
リーシアちゃんは、ずっこけた。
メイリオは、慌てて抱き上げた。
「今すぐ何か出来るわけじゃないし、リーシアちゃんも疲れてると思うし」
夕方に帰宅、食事とお風呂で、子供は寝る時間だという、何気ない、気遣いだった。そして、メイリオが何より、休みたかった。
今日はこのあたりにしてほしいと。
なお、リーシアちゃんが縮こまり、警戒の子猫様になったのは言うまでもない。
子ども扱いしかされないとはいえ、やはり女の子は、女の子であった。
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