第4話 怪しいやつら

 星明りが、町を照らす。

 小さな三つの月と、星空に流れる光の川が、世界を照らす。この光景だけは、どれほどの時がたっても変わらない。それは、どこかの詩人の言葉か、偉人の言葉か、演劇のセリフか………

 ドートム暦現在では、それよりも明るく、人工の光が人々を照らしていた。

 街灯に、家の明りに、街明りと、星明りよりもごちゃごちゃと、まぶしいほどだ。普段は気にかけることがないものの、ふと感じる、繁栄の証である。

 ここ数十年の発展は、特に目覚しい。今は繁栄の時代であると、誰もが口をそろえる時代である。どこを向いても明かりにあふれた、輝ける時代である。多少のゴチャゴチャは、忘れるに限るのである。

 そんな明るい夜道を、急ぎ足で進む男達がいた。

 その姿はどこにでもいる労働者に見えるが、違和感があった。労働者にありがちなツナギを身に着けているものの、汚れている形跡がないのだ。

 事務作業員の可能性もあったが、書類仕事に部屋の掃除に、現場の視察にと、使い古されていくものである。

 しかし、その痕跡はなく、まるで、変装のために用意したかのようだ。示し合わせたかのように、新品の作業着その他に身を包んだ若者が、集まった。


「おい、いたか」

「まだだ。そんなにすぐ見つかるわけがないだろう」

「根回しに、時間をとられすぎたな。幹部クラスだけでも、どれだけいると思う」

「しかし、まさか子供が――」

「しっ、誰に聞かれるか分からんぞ」


 怪しい連中だ。

 これで、怪しくないと言い切れる者がいるだろうか。

 もちろん、いる。周囲の目を気にしない、彼ら自身である。自分達では完璧な変装だと、思い込んでいるのだ。

 往来のど真ん中で、ヒソヒソ話をしているのだ。目立たないわけはないのだが、誰もが見ぬ振りをし、通り過ぎる。

 結果、完璧な変装と思っていた。


「事が公になったら、俺たちの身も危ないんだ。いいか、慎重にな」

「分かっている。だからこんな格好してるんだろ」

「しかし、もう二日だぜ。いい加減、保安局に協力を求めてもいいだろう」

「あぁ、いい迷惑だ。小物の利益を守るために、俺たちまで巻き込まれて」

「言うな、その小物の直属になって喜んだ馬鹿が、俺達だ」


 若者達は、険しい表情で、ヒソヒソ話をしていた。

 そそくさと通り過ぎる人々は、せめて、酒場か、安宿の個室でやってくれと思っていることだろう。ヤバイ、目があったと、何人かは顔を慌ててそらす。

 間抜けを演技として、相手を油断させる。その可能性もあるが、そんな気配を感じさせない、マヌケっぷりである。


「では、引き続きメイゼ博士の娘の捜索を続ける」

「やっぱ、保安局に任せようぜ」

「だから、保安局にバレたらやばいんだって」

「いや、手を打たれるほうがヤバイ。オレ、ちょっとルイック補佐に伝えてくる」

「いや、通信機のほうが早い、オレ、行ってくる」


 一人が、近くにある、入り口を布で覆われた店舗へと向かった。看板や立て札が見当たらないが、ボトルをかたどったランプのサインが、意味ありげだ。

 へい、いらっしゃい――という、威勢のいい声が響いた。つい、自分達もあとを追いたくなっきた。おっちゃんの元気のよい声と、にぎやかな店内の客達の騒ぎ声で、誰が信じる。あの店舗が、無人だなどと。

 そう、彼がスキップをする勢いで向かった場所こそ――


「『隠れ居酒屋』………だよな、あそこ」

「へぇ~………こっちじゃ、あのランプが目印か~………表向きは禁忌物品になってるとはいえ、見つけるのも大変だな」

「バカまじめに、禁忌物品を取り締まろうとするバカが、たまにいるからな~………」

「まぁ、禁忌なんて流行だからな。一回りすれば、また、利き酒大会が開催されるって、じいちゃんが言ってた」


 そろって、仲間が吸い込まれた『隠れ居酒屋』の扉を見つめていた。

 ドートム暦現在は、世界政府が正義であり、絶対の支配者なのだ。世界市民としては、その世界政府の命ずるままに生きるしか、生きる道はない。

 酒が堕落を誘うと、禁忌だとされれば、みんながそろって答えるのだ。

 わかりました――と。

 その裏では、仲良く酒瓶さかびんを空けて、笑い合うのだ。取りまるはずの捜査官や、その上の議員さんまで、ご一緒だ。

 ドートム暦とは、そういう時代なのだ。

 表と裏と、では、彼らはどちらだろう………


「………あいつ、あのまま一杯やる気じゃ、ないだろうな」

「ははは、まさか………ちょっと様子見てくるから、オレにまかせな」

「てめぇも行くんじゃねぇよ」

「そうだ、俺もいく」


 人工の明りが輝く、夜の時間。仕事終わりの方々には、これからがお楽しみ。あるいは、哀れにこれからが、お仕事と言うこともある。

 一人、居酒屋から出てこない仲間を心配?しつつ、改めて目的を確認する。


「俺たちは、引き続きメイゼ博士の娘を探そう。名前は、確か………」

「おいおい、しっかりしろよ。………って、リミアだっけ、それとも、リリシアだっけか」

「おまえも、居酒屋のほうから目を離せ、リーシアって言うそうだ」

「リーシア………だな」


 名前がわかっただけで、なにがわかる。それでも、自分達は探さねばならないのだ。しらみつぶしに、自分達の気力が続く限り………

 考えただけで、一杯やりたい気分の、若者達であった。


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