第3話 湯沸かし器殿と、メイリオ


 ピー………ピー………

 電子音がする。


「さぁ、お風呂さんが呼んでるよ」


 メイリオは、さぁ、連れて行ってあげようと、手を差し出した。小さな子供のお世話に慣れているゆえの、無意識だった。

 目の前の女の子は薄汚れているのだ。空腹を訴えたために食事を優先させたが、現代人としては、清潔も心がけたいものだ。

 そう、本当に何気ない親心であったのだが………


「むぅ~………」


 女の子は、膨れていた。

 可愛らしく、頬をふくらませていた。分かりやすい、女の子のお怒りのお姿だった。

 やらかしたのかと、ちょっとあわてるメイリオ。だが、どうしてなのか、メイリオには分からなかった。

 メイリオの、モテない理由がこれだ。明るく楽しく、お友達でいましょうと言われ続ける17歳男子は、少し抜けているのだ。

 本日も、そうだった。

 まさか、一日に二度も女の子のお怒りを買うとは、思ってもいなかった。


「あれ?………えっと、オレ………何かいけないことを………」


 メイリオ君からは、本当に、何かが抜けているようだ。不思議そうに、ほほを膨らます女の子様を見つめていた。

 お世話をしなければと、手を差し出した。それのどこがいけなかったのかと、困っていた。

 そう、メイリオにとっては女子ですらなく、お世話の対象である。学生時代、小さな暴君を押し付けられた日々が、基本となっている。おかげで、お世話の達人の自負を持つ。

 それはよいが、対象は、幼児である。

 すなわち、目の前の女の子も、幼児扱いと言うことで……


「一人で入れるもんっ!」


 本日二度目の、張り手だった。

 威力は、さすがに小さなお手々であるために痛くはなかったが、心は痛かった。


「………なんで」


 もくもくと、湯気が呼んでいる。

 女の子様が、スタスタと、わざと肩を怒らせて向かった先の、お風呂場からだ。手をつないで連れて行くべき場所に、女の子は、一人で向かった。

 置いてけぼりを食らったメイリオは、すごすごと、裏口へと向かった。

 そして――


「はぁ………」


 裏口と言うか、庭という土の上で、メイリオはひざを抱えていた。

 お部屋を追い出されたのだ。ならば、湯沸かし器殿を話し相手とする以外、なにが出来る。

 かつては王侯貴族しか持つことが出来なかった、個室風呂。メイリオが下っ端の下っ端と言う作業員でも、味わえる贅沢である。

 今は、不法侵入者の女の子に取り上げられていた。


「え、だって子供だろ、気を使ったつもりだったんだけど………」


 子供にさえ拒まれた事実に、疑問しかなかった。洗い方が下手だと、暴れられることは想定していた。だが、お風呂場から追い出されるとは、想定外だった。


「なぁ、おまえだってそう思うだろ」


 湯沸かし器殿に心があったとしたら、こう答えるだろう。

 ――知るか。

 メイリオくんは、お疲れのようだ、湯沸かし器殿と会話が成立するのだから。


「あ、しまった………」


 メイリオは、またもやらかしそうである。

 自覚は当然なく、立ち上がった。

 いそいそと、よい思いつきのお顔でリビングに戻り、シャツを取り出す。さすがに女児用の下着は用意できないものの、何もないよりはましだろうと。

 向かう先は、もちろん浴室である。先ほどは追い出されたが、衣服も洗濯してあげねばなるまいと、洗濯用のたらいを手にする。

 メイリオは、出来る男なのだ。お世話をすると決めれば、とことんがんばろうと、まっすぐな十七歳男子であった。

 迷いなく脱衣所の扉をあけると、そのまま浴槽の扉に向かう。お着替えを用意しましたと、ワガママなお姫様に声をかけるためだ。

 ガラガララ――と、扉を開ける。


「お~い、着替え………」


 湯を、かけられた。

 子供とはいえ、女子の入浴中、浴室の扉を開けたためである。

 湯沸かし器殿は、今日もよく働いてくれたようで、よい湯加減だった。顔を出しただけのため、着替えのシャツは無事であった。


「………置いとくから………」


 さすがのメイリオも、これ以上ご機嫌を損ねては大変と判断したらしい。小声で続きを告げると、とっとと退散した。

 バスタオルの上に着替えようのシャツを残して………と、脱ぎ散らかされた少女の衣服に、メイリオの目が行く。まずは、ポケットの中身の確認だ。学生証を水浸しにした失敗は、繰り返さないのだ。

 ハンカチやその他を取り出し、お洗濯の準備である。


「えっと………ポケットの中身は………これは?」


 リーシアのワンピースのポケットは、かなり頑丈と言うか、文庫本程度なら、すっぽりと入れることが出来そうだ。文庫本の変わりに、黒い金属の塊が出てきたのだ。

 まぁ、後で話を聞けばいいと、メイリオは買い物袋の紙袋に、そっと入れた。

 その他も、ポケットの中身をしっかりと取り出してから、薄く洗剤を溶かしたたらいに漬け込む。汚れがひどいときは、これに限ると、鼻歌交じりだ。


 十分と、すこし後――


「むぅうう~………」


 真っ赤にで上がった女の子が、膨れていた。

 服はどこだと、睨んでいた。

 湯気が出ているのは、お怒りのためではなく、しっかりと温まったからであろう。ちゃんとお風呂に入れて、えらいとほめてあげたい気持ちのメイリオ。

 メイリオのシャツは、ぶかぶかのワンピースのようで可愛かった。

 だが、メイリオの中の本能が告げていた。

 土下座をせよと。

 女の子様がお怒りだ、土下座をせよと。

 お怒りが収まるまで、逆らうなと。

 早くせよと。

 メイリオくん十七歳は、小さな女の子様の前で、とにもかくにも土下座をした。

 唯一、お怒り女子への正しい対応だった。その後、どうしてか土下座スタイルの背中に、ちょこんと小さなお尻が乗っていた。

 下僕に対する、主の正しい対応であった。

 まるで、これからの二人の関係を占うかのようであった。


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