第33話 騒ぎの、翌朝


 騒ぎの翌朝、ラジオから臨時ニュースが流れていた。


『――昨夜の一時的な停電について、中継施設から発表がありました。点検作業中、人為的ミスにより、一部供給に影響が発生。幸いにして大きな混乱は無く、市民には安心して、普段どおりの生活を心がけるようにと――』


 事故を起こしておいて、安心だとは何事か。

 だが、収拾できない事故よりは、ましである。システムが正常に働いたからこそ、事故が起こっても小さな驚きで終わったのだ。

 今は、理想の時代なのだから、不安に思う必要すらないのだ。多くはそう考え、日々を送っていた。

 今は、夢が実現された、理想の社会なのだ。何か事件が起こっても、すぐに元通りになる。今回もそうであった。そして、これからもそうである。

 夢を疑う者など、いなかった。


『――次のニュースです。かのメイゼ博士がアルコール中毒により、判断力の低下が問題視されていたということが、正式に発表されました』


 このニュースの中で、これが一番の驚きであろう。現在生活の基礎を作ったといっても過言ではない。それほどの栄誉を持つ人物が、どれほどいるというのか。

 それが、メイゼ博士である。そのメイゼ博士が、判断力を失っていた。それは、絶対的な存在が、壊れてしまったという衝撃を与える。

 しかも、アルコール中毒と言う、あまりにも聞きなれた、愚かなる行いによってである。だからこそ、アルコールは悪だと騒ぐ連中が、また騒ぎそうだ。

 そんな気分で耳を傾けていると、同情に値する続報が聞こえてきた。


『昨年、博士は奥様を亡くされており、そのショックが原因と思われるとの事です。ドートム政府は、個人的には同情すべき境遇でありながら、博士の無責任を批判。同時に、過去の功績から処分すべき人物を放置していた責任を痛感するとの談話を発表。今後の人事に関しては、改めて発表するとしながら、喫緊の混乱を避けるため、中央研究所から、臨時の施設顧問を派遣するとの事です――』


 事件は、終わった。

 事件と言うほどのものだろうか、ニュースを聞いていた多くはそう思った。

 そう思わない者たちの方が、少なかった。



 *    *    *    *    *    *



 混乱は、一部に終わった。

 一番混乱したのは、小さな事故にありがちの、発生現場であった。そして、事態を収集すべき地位にいる方々と、関係者ご一同である。

 そのお一人は、叫んでいた。

 ルイックと言うおっさんだった。


「違う、誤解、誤解なんだ。私は、そそのかされただけなんだ」


 犯罪者の常套句に、新人捜査官は、笑いを抑えきれなかった。

 若干二十二歳の新人捜査官の彼女は、やった~――と、内心では、天にこぶしを掲げていた。保安局長命令により、中継施設へと部隊が派遣されたのは、早朝と深夜の間と言う時間帯であった。すると、思った以上に混乱していたという結果がもたらされた。

 それはオブラートに包んだ言葉であり、はっきりと、大事件だった。そして、平和で理想的なドートム社会と言う夢では、あってはならない事件である。

 捜査官が、派遣された。


「腕っ節だけの連中が見回って終わり………そんな局長の予想より悪かったのか、局長が早く部隊を送ったから、この程度で済んだのか………いやぁ、生きた年齢にふさわしい判断力って言うか、直感?………ほんと、すごいわ~………私もだけど」


 手の中に、証拠があった。

 何かないかと探っていると、証拠らしき書類があり、犯人まで捕まえることが出来たわけだ。これは明らかに偶然ではあるが、手柄は、手柄だった。


「直感って、本当にあるのかもね………長年の経験も大事で、経験は、ちょっとした違和感から、なにかを導き出す………ってことかしら」


“何か”を探して、証拠がそろっていた。

 何だこれはと調べると、証拠だった。大変だ、この部屋の主を探さねばならないと思ったところ、おっさんが、ノタノタと現れた。

 事件の首謀者が、現れたのだ。

 これで昇進は確実、笑いが止まらなかった。


「ルイック元・施設管理補佐。四十八歳、男性。本施設の管理者の補佐でありながら、今回の騒動を引き起こした中心人物」


 捜査官は、事務的な言葉でルイックに語りかける。

 これからの自分の呼び名は捜査主任であると、内心では、気の早い昇進パーティーに大騒ぎである。

 五年、十年と努力をしても、運が味方をしてくれなければ出世が難しいと言われる。むしろ、出世が遅いのは平和な証だと言われる今日この頃であった。

 若干二十二歳で捜査主任とは、スピード出世である。

 笑わないように、事実を確認するために読み上げる。


「混乱を発生させ、そして自分で事態を収拾、その功績で上を目指そうとした。出世ゲームから落ちぶれた逆恨みで、メイゼ博士の悪い噂も流していた――ってあたりですかね?」


 青いロングストレートの髪の毛をなびかせ、クールビューティーを気取っていた。

 やや私見が含まれるものの、ほぼ事実でろう。確かに、犯罪者の言い分は、一切聞いてはいない。私見と推測から導き出されただけの、先走りの結論である。

 当然である。犯罪者の言い分を鵜呑うのみにすることは出来ない。正しいと証明するための裏づけ、捜査、調査、精査は年単位である。

 短くとも。

 その調査班の班長が、捜査主任となった自分の最初の役割なのだ。そう、班長と呼ばれるのだと、内心で大笑いをしながら、続けて説明をした。


「中継施設においての事件は、政府批判につながる。よかったですね、あなたの計画通りに、メイゼ博士が責任を負わされましたよ」


 彼女は、ルイックを見下していた。

 英雄をおとしめた愚か者への、怒りだった。正式な通知など、畑違いの自分が知るわけもない。しかし、朝のニュースから流れている発表は、決定なのだ。

 もう、メイゼ博士は終わったのだ。

 それも、目の前の小物が原因である。メイゼ博士は、目の前で自己弁護を吐き続ける小物と違って、真に功績のある、英雄と呼ばれていい人物である。現在のエネルギー供給システムの構築に尽力した、中心人物なのだ。

 確かに、最近の新型炉心への態度は傲慢ごうまんだった。彼の名前をかんした反対グループの存在も、実は裏で糸を引いていたのかと、勘ぐる動きもあった。

 だが、本当にそうだろうか。

 しかし、上は排除を決断した。博士の最近の発言が、新型炉心への反発が、よほどお気に召さないらしい。三十年前は若き天才ともてはやされても、時代が変わったのだ。

 窓辺から外を見つめて、寂しそうにつぶやいた。


「古きは去り、新しきが始まる………か」


 それは、世代交代だった。

 メイゼ博士は、新型炉心の反対においては、具体的根拠を発表していない。ただ、感情的に批判していたという噂もある。そして、重度のアルコール中毒との発表。

 陰謀の可能性もあるが、だれもメイゼ博士を守ろうとせずに、切り捨てた。すでにその程度の人物に成り下がったということだ。

 報告をもみ消すことも、珍しくないのだから。

 あぶない、あぶない――と首を振りながら、自らの頭をよぎった、危険すぎる思考を隅へと追い払う。

 上に逆らう?

 馬鹿なことを――という、儀式だった。


「ルーベラル閣下も、ばかげた報告は許さない堅物かたぶつだし………チラッと見たの話なんか、笑われたら幸い。下手すら出世どころじゃないんだから、危ない危ない………魔法みたいに、お姉さんがのを見た――だなんて………ねぇ」


 言いながら、自分もこうして報告書をもみ消す一人だと気づく。

 ここへ来る途中に、まるで魔法のように空を飛んでいく金髪のお姉さんの姿をめにしたのだ。一瞬であるが、朝日に照らされて、あるいはまだ寝ぼけていた可能性もあるが………なんだか、自信がなくなってきた。

 もみ消す内容が、私利私欲に基づいた場合は、どうなるのだろう。傲慢と自信が病理に届いたのであれば、世代交代が必要となるのだ。ルーベラルと言うかつての英雄も、今は老人と言う年代に足を踏み入れている。

 後に続く者がいるのだ、若く、優秀な人材が………

 青いロングストレートの髪の毛を、すっとおさえながら、野心をつぶやく。


「私も、ルーベラル閣下の後釜を考えてもいいのかもね」


 分不相応に野心を抱く。その末路が、目の前のおっさんであるのだが、自分は違うと考えるものらしい。

 少なくとも、この段階では考えがよぎった、その程度であった。


 なお、おっさんの部下達はどうなったかと言うと、仲良く牢屋であった。

 おっさんの命令で行動したとはいえ、犯罪の協力者である。自室で泥酔していたところを捕縛されたという。

 今は冷たい牢獄で、二日酔いと、自分たちの愚かさに頭を抱えていることだろう。

 今回の首謀者、実行者、協力者はこうして捕縛された。


 少なくとも、事件は終わった………と。


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