第34話 翌朝の、語らい


 太陽が昇り、黄金の髪の毛が、燃えるように輝く。

 我らが雷の女王、ライネであった。

 ライネは一人ではない、炎のように燃える、赤い獅子レイーゼが、ライネを守るように抱きしめている。

 二人は事態の収拾を見守るため、施設を見下ろせる山の上にいた。それでも誰かが来るかもしれないと、樹木の上で、一休み。

 ライネの瞳が、静かに開かれた。


「リーシア、お父さんと会えなかった………って」


 つぶやいた。

 眠っていたように見えて、違ったようだ。遠くからの声に、耳を済ませていたのだ。


「アガットからの報告?」


 赤毛の美女、レイーゼがたずねる。


「博士は、どこかに連れ去られていたみたい。本当の黒幕の所………かしら」


 ライネは、魔法を使う。

 そして、アガットも、微量ながら力を持つ。そのため、この都市周辺と言う狭い範囲であるが、心の声を伝え合うことが出来るのだ。

 それは、二人だけの世界のようだと、レイーゼは、小さく嫉妬する。

 ライネは、静かに口を開いた。


「せめて、リーシアへのご褒美ほうびに、何か出来ればね」


 レイーゼは、無言でライネを抱きしめた。

 心を共有するという合図だ。親愛と友愛、乙女心が少し混じった抱擁。絶対の信頼を預ける獅子からの抱擁を、女王は静かに受け入れる。

 悔しい気持ちも、優しい気持ちも、全ては共にあるのだから。

 なのだが、続く言葉で、赤い獅子レイーゼの乙女な気分が、台無しになる。


「駄犬が、新しくクマさんパンツ作ったって」


 しっとりとした時間を返せ――と、乙女モードのレイーゼお姉さんは、駄犬を憎んだ。だが、憎みきれなかった。現在のところ、リーシアに最も近しい駄犬であるのだ。

 気分を入れ替えようと、レイーゼは本題に戻した。


「リーシアの父親は、手の届かないところ………でも、生きてるんだよな」

「えぇ、きっと、役立てようってことなんでしょう」


 本人がいない場所だからこそ、哀れむ。

 わずか十歳にして、大きな働きをしたのだ。リーシアの働きのおかげで、今日も日々を生きることが出来るのだ。この大きな功績を、人々が知ることはないだろう。

 しかし、得られた結果には、不満であった。

 父娘の再開が、叶わなかったからだ。自分達には叶わない願い、だからこそ、届くならと思っていたのだから。


「黒幕は陰に隠れて見えない。今回の事件、本当に解決したのかな」


 女王はすでに、これから起こることに意識を向けていた。

 騒ぎは、結局は一時の停電で終わった。

 起こったはずの大惨事に比べれば、事件の名に値しないほど、小さな騒ぎであった。もしも、成功されていれば、どうなっていたか。

 その可能性を指摘した博士を、ドートム政府は無視したのだ。

 夢を見つめ、現実を拒絶したのだろうか、だから、危険に気づかない。いや、もしかしたら、分かっているからこそ、博士はどこかへ連れて行かれたのかもしれない。


「戻ろうか、私たちの居場所に」

「うん、ライネ」


 朝焼けに、小さな流れ星が隠れて、消えた。



 *    *    *    *    *    *



「――ご報告いたします。………はい、私でございます、長官閣下」


 明るい、人懐っこい声だった。

 受話器を片手に、見えない相手に会釈えしゃくまでして、正に宮使みやづかいの最中であった。

 笑顔の仮面を張り付かせた諜報員ちょうほういん、クルードだった。


「――あの小物、どうやら失敗したようで………はっ、問題ありません。こちらの痕跡こんせきは残らぬように………えぇ、博士はすでにそちらへ………あぁ、そうですな、メイゼ博士の娘は、捨てるには惜しい素材でしたな。こちらで確保していればと………はい、はい、左様で」


 黒塗りの専用車両で、笑顔で話していた。

 ここは各地を網の目のようにつなぐ、生命線であり、技術の証。笑顔の男クルードは、その専用車両に、一人で乗車していた。

 朝一番の乗車数は少ないが、専用車両はもっと少なく、彼一人であった。


「――残念です。評議会の愚か者どもに、己の分をわきまえさせる、いい機会でありましたのに………えぇ、増え過ぎた人口を調整するためにも、ですな。そして――」


 この会話は、外からは聞こえない。窓ガラスを一枚はさんで、向こうとこちらである。

 だが、クルードの姿からはとても想像できない、恐ろしい会話がなされていた。

 ドートム政府。

 滅びた世界を支配する唯一にして、絶対の正義の体現者であり、行使者。その最高意思決定機関は、最高評議会と言う。

 彼らはそのために働く諜報員なのだが………


「――はい、もちろんでございます。派閥争いに明け暮れる評議会などは………えぇ、確かに………はい?魔法使いですか………あぁ、その噂は私も知っていますが………えぇ、目にしない限りはねぇ………しかし、魔法使いなど、とっくにでしょうに………ははははは、馬鹿な噂話ですな」


 魔法使いの存在を、知っている口ぶりであった。

 ただ、のだと、判断していた。ただの噂話であると、いつもの笑顔で、一切裏がありませんと言う笑顔で。

 下っ端が、上のご機嫌をとっているように見えて仕方がない。受話器越しに、時折お辞儀をはさんで、手をふっていた。


「はい………はい………では、失礼いたします」


 丁寧に、男クルードは、通信機を置いた。

 通信機の間に指を挟んで、そっと押さえる気遣いまでしている。相手方に、通信機を置いた際の、ガシャンと言う音を届けない、とても細やかな気遣いだ。

 その低い物腰に、絶えない笑顔に、常に穏やかな口調。

 正に、哀愁あいしゅうが漂う中間管理職の姿であった。

 いいや、彼の地位は、それに近いものかもしれない。


「やれやれ………夢ばかり見ているのは――はぁ、世界を守るお仕事って、本当に大変ですよ」


 気難しい上司との通話がようやく終わった。そんな中間管理職様の笑顔があった。

 言いながら、イスに座った。

 誰に言っているのだろうか、それでも、人が聞けば「たいへんなんですね~」――と言う相槌あいづちを打って、会話の出だしに使えそうな、柔らかな愚痴だった。

 その真の意味を知る人物は、もちろんここにはいない。

 政府専用車両に、今は一人で座している男、クルード。ドートム政府を影で支える諜報員の彼は、帽子を目深にかぶって、静かに寝息を立て始めた。

 垣間見えるのは、あの、仮面の笑顔であった。





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