第19話 あらまぁ、そうなの(下)


 十代半ばの細い背中に反して、あふれるほど大きな胸元の少女、メルダ。

 薄幸はっこうの美少女と言う称号しょうごうが似合う少女は、その印象を利用した、おとり担当であった。男の善意と言う皮をかぶった下心を利用した、実に恐ろしい女の子である。

 女は、悪魔であると言う言葉の、小さな一例である。

 やはり一筋縄ではこの世界、生きていけないらしい。薄幸はっこうの美少女、メルダは消え入りそうな声で、告白した。


「駄犬さん………洗濯場で、女の子の下着も洗ってて、ダガルト姉さんとおんなじで、女の人に興味がないんだって安心してたのに、私の胸を見て、いきなり………」


 悲しげに、胸元に手を置くメルダ。これだけで、豊満な胸がれるのだ。よこしまな心をりっしたつもりでも、思わず注目してしまうほどに、ゆれるのだ。

 印象は、男に言い寄られ、何も出来ないか弱い少女である。だが、言い寄った男メイリオが真相を暴露した。


「はっ、はっ、は~、メルダちゃん、背伸びしたい年頃なのはわかるが、詰め物をしてなんになる、きみには、きみのよさがある。その胸にあるのはむなさだ、虚乳きょにゅう少女になっては――」


 たまらず、リーシアはハンカチを投げた。それ以上、言わないであげて――と言う、物理的な説得であった。

 柔らかな布地であっても、ナイスコントロールは、それほどの回数を、メイリオへ向けて投げ続けた成果であろう。ただのハンカチが、何メートルも飛び続ける不思議には、だれも驚かない。

 もちろん、メイリオは止まらない。ハンカチを頭の上でパタパタと操って、両手を穏やかに広げて立ち上がる。かつては、手品としてごまかしていた魔法の力も、ここではお披露目も自由であり、ピエロの役割は、むしろほこりだった。

 パタパタと、ハンカチがメイリオの頭上で、回るように飛んでいた。そして、メイリオは優しく、暖かな瞳で虚乳きょにゅう少女メルダを見つめた。

 昨年、メイリオを振っ相手は、もっと目立たないように、ささやかな盛り付けをしていたと。それすら見抜いたのだと、自慢していた。

 女性に対して、言ってはならない事の一つであるのに、自慢していた。


「もうっ、駄犬は、本当にデリカシーがないんだから………」


 飼い主リーシアは立ち上がったまま、顔を真っ赤にして肩を怒らせていた。怒りをあらわにできない虚乳少女ダリアの代わりに、怒っているのだろう。

 一方の子供達はわいわいがやがや、おしゃべりを始めた。


「駄犬~、『虚乳きょにゅう』ってなぁに」

「あぁ、おっぱいが、ニセモノってことなんだよ~」


 お子様達の質問に、メイリオお兄さんは優しく答えてあげた。傍目には、やさしいお兄さんの笑みであるのだが、女性人の瞳は、ちょっと残念だった。

 メイリオは、気にしない。

 お子様達も、気にしない、イタズラの対象を見つけたように、ダリアに群がった。


「ダリアちゃん、おっぱい、ないの?」

「あぁ、ほんとだ」

「なんだ、成長期が来たって、そういうことか」

「最近、お風呂の時間をずらしたと思ったら~」


 両隣から、いたずらっ子たちが、胸元をわしづかみにしていた。同年代女子もいるが、もちろんちびっ子さんたちは、男女問わずだ。幼ければ、男の子が触れてきても耐えねばならない。あとで何が起ころうとも、誰も責任はもてないが………


「あはははは、みんなぁ~、女の子のおっぱいは触るものじゃないのよぉ~」

「だって、おっぱいじゃないんでしょ?」

「うん、うん、見た目にだまされちゃった、ダリアちゃん、がんばったんだね?」

「「「虚乳だ、虚乳だぁ~」」」


 か弱い少女の印象は、どこへ言ったのか、ダリアちゃん十四歳は、静かな怒りのオーラを背負って笑っていた。ふふふふ――と、静かな怒りを秘めて、笑っていた。

 気付かないお子様達は、本物はどうだと、みんなのママであるフラーズに抱っこされたときの感想を口にする。わいわい、がやがや、にぎやかだ。

 そこに、みんなのママが号令を出した。


「さぁ、さぁ、みんな。今は晩御飯の時間ですよ、冷めないうちに召し上がれ」


 メイリオを含めて、元気なお返事が返った。

 ふられたばかりというのに、本気ではなかったのだろうか、不思議である。そこへ、フリルのついたエプロンのマッチョのお姉さんが、顔を寄せる。


「ところで、お姉さんには、いつ、言い寄ってくれるのかしら?待ってるわよん(はーとまーく)」


 だらだらと、汗をかくメイリオだった。いや、それはちょっと………と、迫力満点の笑顔から距離をとろうとしていると、みんなのママのフラーズが女王ライネの下へとスープを運ぶところであった。行儀よく座っているお皿に、そうだ、お手伝いをしなくてはと、メイリオは逃げに入る。


「ほら、お手伝いしなきゃなので、でぇあっ」


 それでは――と、言いたかったに違いない。よっぽど接近する笑顔に迫力があったのだろう、メイリオは、ダッシュでスープのもとへと向かう。

 座る子供達の前には、皿が並んでいる。順にスープをそそぐのがメイリオの役割なのだ。

 女王の席が最前列であるため、メイリオは耳にした。


「今夜は、お出かけなのね」

「うん、大丈夫、だって私は――」


 メイリオは、耳にしつつも、聞こえなかったという演技をした。頭の片隅で、昼間の光景が再生される。保安局の偉い人へ、手紙を届けていたのだと………



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