第10話 暗躍する、おっさん
エネルギー中継施設。
中央エネルギープラントから直結の、中継基地である。
莫大なエネルギーを受け取り、ご家庭に、工場に、街灯に最適な出力に調整し、安定して供給するための施設である。
もし、この施設に何かあれば、文明の輝きは消え去るのだ。そのために、この施設で働く人々は誇りと責任感を十分に備えてほしいものである。
残念ながら、実際は少し違う。完成された技術であるために、重要施設に携わるという誇りはあっても、責任感は
完成された、安定した技術を維持するだけでいいのだからと、気楽なのだ。
その一人、おっさんが叫んでいた。
「遅い、いったい今まで何をしてきたのだ。結局、保安局頼みかっ!」
お怒りだった。
体格のよさはかつての、という但し書きが付く、
黒髪には白いものが半々に混じっている。人生も折り返しを過ぎた四十八歳と言うおっさんであった。
名前をルイックと言うおっさんは、怒鳴っていた。
「事は秘密裏に済ませてこそ、うまく運ぶというものだ。だからこそお前たちを使ってやったというのに、なんだ、この様はっ!」
とっても、お怒りだった。
地位は低くない、この中継施設の管理部門の末席にかじりついている。
だが、それだけだった。
次を担う若者が現れても、将来を期待して目を細めるという人物ではなかった。自分の地位を狙う敵であるとしか映らなくなっていたのだ。
それなりの地位に座していても、それなりで終わってしまう予感が、怒りを強めていた。
「ルイック第四管理補佐、落ち着いてください」
「そうです、そもそも圧倒的に人数が足りないのですから、もう保安局に任せましょう」
「保安局へは、諜報員殿に手を回してもらって――」
「だまれっ、おかげで保安局も知ったのだぞっ!」
おっさんは、おびえながら報告をする若者達に、怒声で返した。
強迫観念が、怒りに拍車をかける。自分の程度は、実は一番分かっている。これ以上の地位の向上は望めず、むしろ、今の地位すら危うい。
ここで、発想の転換が行われた。
のし上がれないなら、上に座る相手を追い落とせばいいと。この施設に何かあれば、都市機能はマヒする大事態に発展。それを解決すれば、自分は英雄になれるのだ。
何より、自分が成功しても、失敗しても、事故の責任は、目障りな男に向かうのだ。そこは、自分が本来いるべき地位であると、ルイックと言うおっさんは思い込むようになっていた。
末期である。
「
ルイックの
ともすれば孫娘の年齢の少女に、である。
それは、
メイゼ博士の現在の地位は、ルイックには雲の上の地位である。だが、メイゼ博士にとっては中央から追い出され、用意された窓際の席に過ぎない。
その博士が、子供の遊び場の代わりに幹部専用の一室を使い、幹部研修に参加させ、そして、その幼い唇から発せられた意見は、自分の理解を超えていた。
現行のシステムの効率化の素案だった。
現在のシステムには存在しない装置を開発、つなげればよいといったのだ。
しょせんは子供の浅知恵。そう思ったのは自分だけではないだろうが、その素案は、検討の余地があると、上級幹部がうなったほどなのだ。
身の程と言うものを、思い知らされた出来事だった。
「あの小娘………現場の苦労も知らぬくせにぃ!」
思い出し、怒りに顔が赤くなる。
そんな姿を、作業着姿やスーツ姿の男達は、おろおろしながら見守っていた。最近下ろしたばかりに見える。変装のためのもの。
素人なのだ。本来の業務とまったく無関係のため、ぼろぼろと失敗続きで、大慌てなのだ。
「まぁ、まぁ、落ち着いてください、ルイック殿。上に立つあなたがその調子では困りますなぁ」
横槍が入った。
とてもにこやかな、にこやか過ぎる笑顔を浮かべた男がいた。
まるで、仮面のようだ。
年齢は四十過ぎの、中肉中背の、帽子をかぶった男だった。室内にいるのだ、帽子ぐらい取ってもよいと思うのだが、誰も注意できない。
威圧されているわけではないのに、誰も異議を口に出来ない、不思議な男。今回の計画を持ちかけた、謎の人物であった。
そして、おっさんが強気でいられる根拠であった。
「しかし、クルード殿、今回の事態は
「十年ほど前の、あの、あれだけの騒ぎであっても、人々の興味を引いたのは、半年に満たなかった。だからこそ、社会の根幹に携わる者ほど、落ち着き、将来を見渡さねばならない。そうではありませんか、ルイック殿」
おっさんは、怒りを納めた。
確かに………と、納得した様子だった。余裕が出てきたようだ。
部下達は、ほっとしながらも、ぞっとした。
人々がどのように思おうとも、結局この作り笑いを浮かべた悪魔の手の上なのだ。更に恐ろしいことは、この悪魔もまた、操り人形に過ぎないと言う事実である。
謎の諜報員、クルード。
本名の保障はない、ドートム政府の“裏の仕事”を担う人物なのだ。
そう、しょせんは、末端にすぎない。この悪魔を裏で操っている存在こそ、本当の悪魔なのだ。恐ろしくて、その恐ろしい秘密に近づいた側と言う優越感も、恐怖に上書きされた。
もはや、後戻りできない。
無邪気に、これから楽な出世街道だと祝杯を上げた自分を、殴りたかった。
「では、部下さん達の報告を聞きましょうか」
不気味な男、クルードは、にこやかに命じた。
おっさん事ルイックの部下達は、背筋を正した。
「周囲の人物、及び保安局に確認を取りましたが、それらしき少女を見た者はいない――と、思われます」
思われます――それは、報告に許されない、不確実な言葉だった。だが、不確定と報告するしかない。相手が、少女を隠している可能性があるからだ。
わずかな会話で、相手の嘘を見破る。そんな技術など、素人であるおっさんの部下たちには、あるわけがなかった。
「同時に、博士の様子がおかしかったと、さりげなく伝えて起きました」
「あの馬鹿なデモが
少し、特別な立場にいるという優越感が垣間見えた。
苦々しく、おっさんルイックは報告を聞いた。
一方、入れ知恵をした男クルードは満足げだった。
「結構です。今の時点では、それでかまいませんよ」
「はっ、しかし――」
「あくまで、今の時点では、ですよ」
謎の諜報員クルードは、やさしく部下さんの言葉をさえぎり、続ける。
リーシアに騒がれれば、噂として尾を引く。
リーシアを捜索する、第一目的である。今回の小道具である制御装置などは、いくらでも作り直せるのだから。真相を知るリーシアに騒がれるのが、面倒なだけだ。そのために、色々と手を回すという手間がかかった。その上、身柄は押さえることが出来るとしても、こちらが強引な手段をとったという事実が残る。
だが、噂が力を失うための道はある。
メイゼ博士の権威の
「父親の過ちを認めたくない子供が
やさしげな、一切信用してはならない笑みだった。
“何なり”とは、何をするのか。
父親と同じく幽閉するのか、まさか、命を奪うのか。
悪事を働いている自覚はあり、後戻りが出来ないと覚悟もあったが、子供の命を奪うことに抵抗を覚える程度には、部下達には良心が残っていた。
「そういうことだ。だが、保安局の手の中で騒がれるより、こちらが捉えたほうが工作も容易であるとは、理解しているな」
一方のおっさんルイックは少し冷静になり、改めて部下たちに捜索を命じる。
意義を伝えた。
明確に、伝えた。
これで大丈夫だと、ようやくルイックは椅子に座った。
「メイゼ博士の処遇は、引責辞任。アルコール依存症で判断力の低下が見られ、その結果の事故となるわけだ。そのための処置はクルード殿が進めている」
「そうです。ならば問題は、娘のほうですな」
「そうだ、こちらで捕まえればよし、保安局が捕まえれば、あなた達に骨折りをいただく。それでよろしいな、クルード殿」
「その通りですよ、ルイック殿。そして混乱した供給網の建て直しはあなたの功績。同時に、新型炉心への世論の形勢。世界は予定通りに未来へと進み続ける。よいことですな~」
笑みを浮かべたまま、計画の確認をした。
そして、謎の諜報員クルードは、最後に言葉を続けた。
とても、恐ろしい言葉を。
「そう、よいことなのです。正しい道に修正をするだけなのですから。今の社会は、そのようにして構築されたのですからな」
計画は進んだ。
ドートム政府の
今はとりあえず、おっさんの欲求のために。
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