第11話 完成、クマさんパンツ


 物事は、混乱から秩序へと移行する。

 世界滅亡後の生存をかけた戦いは、そうして、ドートム政府の支配する今の時代へと移り変わった。ばらばらだった全ては、そうしてひとつの秩序へと、帰結された。それまで、存在しなかった秩序は、そうして生み出されたと、ドートム暦を生きる誰もが、学んでいる。

 そう、パンツがなければ、パンツをえばいいのだ


「できたぞ~」


 お世話の達人メイリオは、立ち上がった。

 そして、見事なるクマさんパンツを、メイリオは高々とかかげた。

 リーシアちゃんは、愛らしい深い緑色の瞳を、とってもいやそうに細めていた。


「………それを、はけと?」


 クマさんパンツは、どう見てもクマさんパンツと言うべきパンツだった。

 幼児が身につけるぶかぶかパンツであるが、材料が少なければ、文句を言うべきではない。育児の達人メイリオが手縫いの、クマさんのアップリケが、堂々と笑みを浮かべていた。

 いま、贈呈式がごとく、リーシアちゃん十歳に、手渡された。

 クマさんが、にっこりと微笑んでいた。

 しばしクマさんと見詰め合ってから、リーシアは、天井を見上げた。本家クマさんパンツが、可愛らしく微笑んでいた。頭上で乾燥中の、リーシアが先日まで身につけていたパンツである。

 年上男子に観察され、寸法をメジャーで測られるという屈辱を耐えたリーシアちゃんは、大いにたたえられるべきだ。

 乙女心がズタズタになる仕打ちを受けた、一品である。


「女の子は腰を冷やしちゃいけないって言うしさ、これなら腰のひもで調節できるし、安心だろ?」


 サイズはやや大きめであるが、伸縮性しんしゅくせいのない生地であれば、むしろ当然である。むしろ、独身男子の手作りとは思えない出来であった。

 目の前で自分がはいていたパンツを観察されるというはずかしめを、大人なのだ、お姉さんなのだと、自らをなだめたリーシアちゃんが受け取った、成果である。

 自分を気遣っているという、ありがたさは理解するリーシアちゃんだった。そう、いきなり押しかけ、助けを求めた不法侵入者の身分で、信じられない好待遇である。

 それは分かっている。賢い女の子、リーシアちゃんは、わかっているのだ。そう思うことで、必死に怒りを抑えていた。

 そして、分かった。

 いいや、思い知らされたと言い換えるべきである。自慢げに腕を組むお世話の達人メイリオは、デリカシーを欠片も持ち合わせていないのだと。

 メイリオにとって、自分は女子ですらなく、子供だということを。


「ところで、手直しがいるかもしれないからさ、はいたら見せて――」


 メイリオの言葉をさえぎるように、リーシアちゃんは、脱衣場へ向かった。

 見せてたまるかと、肩を怒らせて、怒っているアピールをして、お歩きになった。それはもう、女の子のプライドが許せるわけがない。一人でお着替えが出来た。それだけで自慢する年齢ではないのだ。

 もう、十歳のお姉さんなのだと、リーシアちゃんはご機嫌がとっても悪かった。


「おぅ、我が最高傑作よ、どこへ行く」


 後ろでバカが何かをなげいているが、気にしてたまるかと、リーシアちゃんは脱衣所の扉を閉める。

 即座に、身に着けた。メイリオのぶかぶかシャツだけでは、下半身がスースーしていたのは確かだったのだ。

 身につけると、確かに安心した。紐でくくっても、腰が締め付けられないよう、布で保護されている。メイリオは衣服職人ではなく、エネルギー供給網の整備員のはずだが、おかしい、職業選択を間違えたのではないだろうか。

 リーシアは、歩いた。

 ずれることもなく、すっぽりと小さなお尻を包んで、安心だ。

 ふと、後姿が小さな洗面台の鏡に映った。ひび割れて、半分ほどくすんでいても、しっかりと可愛らしいリーシアちゃんのパンツ姿が、映っている。


「いつか、絶対、見返してやる。私、女の子だもんっ」


 リーシアちゃんは、小さく誓った。

 立派なレディーに対して、失礼なことをしたと、あの鈍感な男に、思い知らせてやろうと。

 それは、お子様の決意であった。

 だが、ただの子供の意地っ張りと笑うのは、少し可愛そうだ。子供とは言っても、女の子への気遣いが、幼児扱いであるためだ。

 ガラガラガラ――と、リーシアちゃんのお怒りの元凶が、無造作に入り口を開けた。


「どうだった?ゆるめすぎたなら、もう少し――」


 リーシアちゃんは、バスタオルを引っつかみ、投げつけた。

 顔は、真っ赤だった。

 大声で、入ってくるなと叫ばないだけ、リーシアちゃんは現状を理解している大人であった。


「おやおや、お姫様はご機嫌斜めのようですな、クマさんも嘆いておりますぞ、はっ、はっはぁ~」


 頭にタオルをかぶせたまま、メイリオは舞台俳優の物まねをしていた。

 大げさに手を広げ、嘆きを演じていた。

 リーシアは思った。

 こいつ、絶対に、彼女が出来ない――と。


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