第9話 さらば、我が人生


 メイリオは、楽しいヤツだ。

 調子に乗りやすいという欠点にもなるが、人を楽しませて、その笑顔を報酬とする、楽しいヤツなのだ。

 今は、パニックになっていた。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、リーシアちゃん………『牙と爪』に助けを求めるって、本気?コワイ人たちなんだよ」


 メイリオは、いかけのパンツを落としそうになった。

 リーシアちゃんの告白の続きが、原因だ。


「だって、この都市で一番強いのは、『牙と爪』だもん、極秘資料で読んだもん」


 紙袋をだきしめながら、リーシアちゃんは、さらっと言った。

 メイリオが恐る恐るリーシアの顔を見つめると、深い緑色の瞳は、真剣だった。暖かなそよ風が、頭上の洗濯物を乾かし、リーシアの水色ヘアーも揺れている。

 メイリオの心には、暴風雨が吹いていた。

 次の言葉で、嵐となった。


「あと、リーダーは魔法使いかもしれないって………お兄ちゃんも?」


 魔法の力の存在を、なぜ、リーシアが知っているのか。子供向けの物語を真に受けた、そのような可愛らしい思い込みであるはずもない。天才少女と言う言葉を、リーシアを見て理解したメイリオなのだ。そのリーシアの前で、メイリオは力を使っていたのだ。

 無意識であるため、なぜ、バレたのかと、大慌てだ。


「えっと………ははは、リーシアちゃん、魔法なんて、なんで――」


 リーシアちゃんは、メイリオを指差した。

 お行儀が悪いと、お兄さんぶろうとしたメイリオは、ようやく気付く。目の前を、ほぼ縫い終わったパンツが、飛んでいることを。

 リーシアちゃんの瞳は、まっすぐだった。

 どうしようと、焦るメイリオ。今までも、このようなピンチは、手品でごまかしてきた。見つかれば、収容所に入れられる。それは、物心ついた頃には認識していたメイリオである。故に、手品であると、ピエロを演じた日々。

 メイリオが混乱するのは仕方ない。

 さらに――


「ちょ、ちょっと待とうか、リーシアちゃん。いや、その前に、助けを求めるって、は、はは………犯罪者の皆さんたちだよ。その、すっごく怖いんだよ?」


 メイリオは、リーシアちゃんに向かって、落ち着くようにお願いする。まずは、お前が落ち着けというリーシアの瞳など、届きはしない。

 目の前では、お子様パンツが浮かんでいる。

 メイリオは、とりあえずも自らの考えを伝えた。


「オレ………旅に出るんだって思ってた。博士がいた中央研究局とか、最高評議会の誰かを頼って………それなのに、いきなり『牙と爪』さんに助けを求めるって、ちょっと………」


 メイリオは話しながらも、リーシアの決断の理由を理解していた。

 時間がないのだと。


「私を探しているのは、計画を知っちゃったからだと思う。だって、この制御盤は簡単に作れるもん。でも、使う機会なんて定期点検くらいだから、まだ使えない。そうでないと、とっくに大災害だよ?」


 子供っぽい言い方ではあっても、リーシアの言葉は、深刻だ。大災害が発生するまでのカウントダウンが、すでに始まっているのだ。中央研究施設までの長旅は、長旅と表現するほどの時間を必要とする。無事に到着できたとしても、説得に成功するまでの時間、人が動くまでの時間を考えると、絶望的だ。

 そのため、リーシアはこの都市において、協力者を探すしかなかったのだ。

 ならばと、メイリオは立ち上がる。


「はっ、はっはぁ~………まだまだお子様だな、リーシアちゃん。このオレが何者か、忘れたのか?」


 演劇の主人公でも真似ているのだろうか。偉そうに腰にこぶしを当てるメイリオ。癖のあるブラウンヘアーの周囲では、お子様パンツが泳いでいる。もはや、魔法と言う力を、隠すつもりはないらしい。


「このオレは、ただの整備員だ。いいか、下っ端の下っ端の、見習いを終えたばかりの三級整備員なんだ。そのことを忘れてもらっちゃぁ~、困るぜ」


 きりっ――としたメイリオの灰色の瞳が、リーシアちゃんを見つめる。

 期待していなかったリーシアだが、ダメだ、こいつ――と言う瞳で、見つめ返す。

 偉い人にご縁などあるはずもなく、もちろん、犯罪組織の方々との接点もないのだ。オレを頼っても、無駄だという宣言なのだが………


「そう?お兄ちゃんも、立派な犯罪者だよ?」


 リーシアに言われて、『オレが?』――と、自分を指差すメイリオ。

 すぐに、自覚した。

 リーシアをかくまった。その時点で、すでに運命を選択していたのだ。政府に追われる身であるリーシアを、助けた。それはすなわち、政府への反逆である。

 いや、それ以上にメイリオの心を震わす単語があった。

 お兄ちゃん――

 この言葉に、メイリオの中の男が飛び上がる。ここで立ち上がらねば、男ではないと、叫びだす。

 そして、思い出してしまった。


「そういえば、朝の二人組みも、捜査員って名乗らなかった。腕章も、バッジも………」


 思い返せば、自分はなんとお間抜けだったのかと、嫌な汗がだらだら流れる。見ず知らずの男達がいきなり尋ねてきたにもかかわらず、メイリオは扉を開け、ただ質問を受けて、ご帰還するのを眺めるだけだったのだ。

 メイリオは今、ようやく気づいた。

 ところが、リーシアちゃんはそんなメイリオをバカにするでもなく、拍手をしていた。

 音を立てないように、手を可愛くぱちぱちと、拍手をしていた。


「おバカさんたちに教えてあげたい。お兄ちゃんみたいに、ちゃんと考えられる大人もいるって」


 大人をバカにした、ほめ言葉だった。

 だが、本心だろう。リーシアから聞かされた話を思い返し、メイリオは軽く、ため息をついた。


「バカか、英雄………か~」


 覚悟が決まったという、自分への納得のため息だった。

 まっすぐとリーシアを見つめる。まだ可愛らしいとしか表現できないが、将来は美人になるだろう、小さな女の子だ。そんなリーシアが、メイリオだけでなく、すべての運命を変える立場に立たされて、まっすぐと自分を見つめているのだ。

 どれほどの勇気が必要なのかと、わずか十歳の女の子が、とても大きく見えた。誰も頼れずに、それでも、父親から託された願いを抱いて、逃げ続けたのだから。

 そして、メイリオも選択をした。


「あぁ~あ、大変だぁ」


 メイリオは立ち上がると、裁縫箱を棚に戻した。その瞬間までは、この世界の一員であった。その記念に、なにかとっておきたかった。魔法と言う力さえ隠していれば、普通の日々を遅れるはずだった。

 もう、戻れない。リーシアの手伝いをしなければ、どのみちと、知ったのだから。


「さらば、我が人生………ってか?男なら、一度は言ってみたいセリフだよな」


 明るい調子で、メイリオは言った。

 暗く、悩むなど自分らしくないと、おどけた。メイリオは、人から好かれやすい性質である。相手を楽しませ、自分も楽しむ男が、メイリオなのだ。

 そのメイリオが嫌うものは、他人をおとしめて、自分だけが得をしようとする連中である。今回、自分たちが相手にせねばならない連中である。


「いや、その前に一つ」


 メイリオは、リーシアに向かい合った。

 リーシアは、何か思いついたのかと、期待が混じった瞳で見つめかえした。


「パンツのがら、クマさんでいいかな」


 テーブルクロスが飛んできた。

 女の子への気遣きづかいのつもりで、デリカシーに欠けるあたりは、さすがはメイリオであった。

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