第8話 リーシアの告白2
リーシア・メイゼ
天才科学者、リョーグ・メイゼ博士の一人娘だ。
年齢は十歳と、普通ならば学校へ通っている年頃だが、博士の希望により、研究施設で過ごしていた。周りの気持ちは置いて、リーシアにとっては遊び場であった。
そんな日々は、
いつものように、父親の
足音がした。
博士のプライベート空間ではありえない足音に、リーシアはとっさに隠れた。ついでに、制御版をポケットに突っ込んでいた。
うるさい足音は、何かを探していた。机をひっくり返す勢いで、それでも見つかるはずがない、リーシアがポケットに突っ込んで、隠れているのだから。
だが、一人だけ、その存在に気付く人物がいた。
父親である、メイゼ博士だった。
そして、叫んだ。リーシアの隠れている場所とは反対の方向に向けて、叫んだのだ。
後は、頼む――と
リーシアは、父親の作った貴重な時間を使って、逃げ出した。
しかし、誰を頼ればいいのかと、リーシアは途方にくれた。父親と共にいた大人たちの会話で、保安局も当てに出来ないと感じた。政府の、上のほうが関わっている。この状況でリーシアの味方になる人物など、二つしかない。
バカか、英雄だ。
ドートム政府が隠す色々も、父親の書斎で眼にしていたリーシアだが、どのように接触すればいいのかと………
すぐに、リーシアの肉体が音を上げた。
おなかが減ったと、疲れたと叫んでいた。まだ十歳の少女である。訓練を受けた戦闘員でさえ、数日の逃避行は疲労困憊なのだ。
休む場所さがしが、優先目標に変わった。
そうして見つけた場所は、リーシアの予想を超えた、居心地の良さだった。
必要以上の干渉と、かなり不機嫌にされる扱いを除けば………
* * * * * *
「私、女の子なのっ」
リーシアちゃんは、大声にならないように怒りを声にする。
食事は終わった。次はお洗濯だ。
それはいい。それはいいのだが、自分は女の子なのだと、先日、物理的言語で訴えたはずである。記憶できないはずはないのだ。
「え………でもさぁ、リーシアちゃんがここにいるってバレたら危ないから、リーシアちゃんのお洋服は室内に干すくらいしか………ね?」
男、メイリオは見上げた。
少女、リーシアも見上げた。
今日はよい天気だ、室内であっても太陽の暖かさが伝わり、風がそよぐ。
クマさんパンツが、泳いでいた。
その他、ひらひらと、小さな衣服も並んで風に揺られていた。
お世話の達人メイリオは、女の子に汚れた服は着せられないと、お洗濯をしてくれたのだ。
いや、ありがたいことではあると、リーシアも認めている。自分の衣服を洗ってくれた気遣いは、本当にありがたい。事前にポケットの中身を袋に入れてくれた気遣いは、本当にありがたかった。
だが、そこまでだった。
室内に干す必要性は理解しても、限度があった。
食卓の上に、干されていた。
陽の光が入る場所だと、風通しがよい場所だと説明された。独身寮を作った建築家の配慮だろう、風通しと日当たりのよい食事スペースだという。
問題は、パンツだ。
乾くまで――と言う但し書きが付いていても、自らのパンツを真上に食事をしろと言うことである。しかも、ずっと年上の男と共に………
リーシアちゃんは思った。
こいつ、絶対に彼女が出来ないと。
幼くとも、リーシアの性別は女である。その女の感が告げたのだ。そんなリーシアちゃんのお怒りもどこ吹く風、お世話の達人メイリオは、パンツを見上げながら、ぶつぶつとつぶやいた。
「優先すべきは、パンツだな………あぁ、
何の話だと、リーシアちゃんは、パンツを見上げるメイリオをにらつけた。
気付かないメイリオは、ちょっと失礼といわんばかりに、本当に自然な動作でリーシアのパンツを手にした。
そして、見つめる。
リーシアちゃんは、大慌てだ。本当に、お前は何をしているのだと、叫びたかった。
だが、叫べるわけは無かった。逃亡の身の上であるのだ。そうして、必死に自らの怒りを抑えているリーシアちゃんを放置して、メイリオは採寸のためのメジャーを手にしていた。
リーシアは、うなだれる。
こいつ、本当に何をしているのだと。
「はっ、はっ、は~、このメイリオお兄ちゃんに任せなさい、家事全部、独身男子に抜かりはない………はぁ、彼女、ほしい………」
自慢げに語りながら、ダメージを受けたらしい。お世話の達人メイリオは、愚痴をこぼし始めた。
それでも、小器用に清潔な布を取り、切り取り、縫い始める。何を作ろうとしているのかは、明らかである。すでに外見だけは、パンツとわかる形を生み出していた、見事な裁縫テクニックである。
そんなメイリオの様子を見ながら、リーシアはがっくりと床に手を着いて、うなだれた。
こいつ、だめだと。
デリカシーの無さが、まったく自覚できていないと。
そして、こんな男の世話になるしかないのだ。リーシアちゃんは、これからの自分の日々を思って、うなだれた。 こんな男の世話になるしかないのだ。 これからのリーシアの日常になるのだ。 女の子のプライドがいつまで持つだろうかと、絶望していた。
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