第16話 さぁ、土下座だ、メイリオ君


「この、駄犬っ!」


 きゃいん――

 メイリオは、犬であったらそう鳴いただろう印象で、びくついた。背中を丸めて、縮こまって、ひたすらおびの姿だった。

 見事なる、土下座スタイルだった。


「ったく、野放しにしていいと思ったとたん、これだ」


 声を荒げたのは、赤いたてがみの獅子という印象の美女だった。

 雷の女王の側近として、実働部隊『爪』のリーダーとして活躍中の、怖いお姉さんである。赤い獅子との印象も当然の、赤毛のロングヘアーは波打って、黄金の瞳は野生の獣を髣髴ほうふつとさせる眼光を放っていた。

 今すぐ喉笛のどぶえを噛み千切られても不思議に思わない、スタイル抜群の二十二歳のお姉さま。

 またの名を、ナイフのレイーゼ。


「まぁ、まぁ、レイーゼちゃん、その辺で」


 フリルマッチョのダガルトさんが、仲裁に入った。

 さすがは『牙』のナンバー2であったマッチョのお姉さんだ。赤獅子への物怖じは皆無であり、小さな女の子よろしく、ちゃん付けである。


「巡回員さんがこっちに不干渉だって、この子は知らなかったんだし、聞けば、私達から遠ざけるために無茶をしてくれたって話しだしね、その辺で許しておあげなさいな」

「はっ、『豪腕ごうわんのダガルト』が、ライナに負けてから、すっかり闘志をなくしやがって」


 闘志以外にも何かをなくしたようだが、メイリオにはありがたかった。人間、やはり正直が一番なのかと、希望を持つ。


「だけどメイリオちゃんも、もうちょっと後先を考えないと、だめよ」


 必死に頭を縦に振るメイリオ。

 わかりました、もうしません、ごめんなさいと、それはもう、見事な土下座での、目にも留まらぬ上下運動。めまいは大丈夫だろうか。


「それで、そこにお兄さん達?」


 可愛らしい仕草で、二メートルオーバーのマッチョが振り向いた。

 哀れにも、巡回員のお兄さん達は抱きあって震えていた。

 武装はそのままでも、恐怖のど真ん中にいるのだ。ここは暴力の町であり、そこを仕切る女王が事務所である。扉の向こうから拷問道具が持ち込まれても、まったく不思議に思わない。ここはそういう場所なのだ。

 やはり、バカはほっといて帰ればよかったと、嘆く二人。

 本当に、哀れである。


「あらん、そんなに警戒しないで。あなたたち、ワジットおじ様のトコの子でしょ?」


 巡回員の二人は、あっけに取られて、しばらく、互いに見詰め合う。

 ワジットおじ様とは、誰のことだろうと、こんなマッチョが知り合いという人物に、心当たりなど………

 同時に、思いついた。

 そして、うなずいた。


「ワジット・ルーベラル閣下のことですよね、はい、そうです」

「そうです、そうです」


 必死に、素直に、お返事をする。人間、素直が一番というのは、誰もが思うことらしい、必死だった。


「なら、ちゃんと事前連絡はしなさいって教わってるはずなんだけど………」


 唖然あぜんとする。

 犯罪組織に、正義の味方である巡回員がおうかがいを立ててどうする。表向きの常識としては、そうだった。

 だが、暗黙の了解、非公式の平和条約としてはどうなのだろう。


「まぁ、大きな組織は頻繁ひんぱんに人が入れ替わるし、こっちだって、駄犬ちゃんがはしゃいじゃったからね、ふふふ」


 巡回員の二人は、おびえた。無事に帰れるのか、さようなら、我が人生という顔で、震えていた。

 その気持ちが、メイリオにはよく分かる。最初はおびえたものだ。そして、心で両手を合わせて、謝罪していた。メイリオが暴走しなければ、目の前の巡回員コンビの二人は、平和な日常を遅れたはずなのだ。

 巻き込んで、スマン――と。

 だが、頭の片隅で、これは好機ではないかと考え始めていた。メイリオは、保安局への信頼を、まだ捨ててはいなかった。都市が混乱に陥る、そんな事態を前に、誰かまともな人物がいるはずだ。協力することが、できないだろうと。

 それは、『牙と爪』の幹部の方々も、同じであるらしかった。


「それじゃ、ワジットおじ様にお手紙を届けてもらうかしら。ちょうどお伝えしたいことがあったのよん(はーとまーく)」


 巡回員のコンビは、必死にうなずく。

 それくらいならお安い御用です。今すぐ参りますと、全身で訴えていた。一秒でも早くこの場から立ち去りたいのだろう。

 気分を変えようと、メイリオは口を開いた。


「あ、あの~………ワジットおじ様って言ってましたけど、ダガルトさんって、保安局の偉い人とお知り合いなんですか?」


 この疑問は、巡回員コンビも同じだったらしい、恐怖より、好奇心が瞳に宿った。

 常識としては、犯罪者が捕まった。御用になった、世話になったということだろうが、どうにもそれだけではない気がするのだ。


「えぇ、ワジットおじ様にはお世話になったわ。私がこんなちっちゃい頃にね、ちょっとやんちゃして、叱られた事があってね?」


 言いながら、二メートルオーバーのマッチョのエプロンの腰あたりを指す。このマッチョにも小さい頃があったのかと、ちょっと不思議な気分のメイリオだった。

 おびえる巡回員コンビも、そう思ったに違いない、驚きのお顔だった。


「ふ、若気の至りって言うのかしら、度胸試しがしたかったのね。その相手が、当時は巡回員の大部隊を率いる隊長さんだったの。そう、ワジットおじ様のことよ。今はこの都市の保安局で一番偉い人よね」


 マッチョのエプロンの、子供時代の武勇伝である。

 保安局長ワジット・ルーベラルは、現場上がりのたたき上げである。その若かりし日に、マッチョのエプロンは出会っていたらしい。

 やんちゃ盛りが相手にするにも、限度があるほどの御仁である。


「一発で、何メートルも吹き飛ばされたわ。そして言われたの。相手を選ぶことも出来ないなら、力を振るおうと思うなって。アレは効いたわ。殴り飛ばされたことじゃなくって、言葉が」


 うっとりとしていた。

 思い出に浸る少女の印象だが、二メートルオーバーのマッチョでは、ちょっと怖い。


「それから、色々あってね?『牙と爪』結成前後のアレコレも、おじ様と女王を中心に、改めて協定が結ばれて――」


 とっても気になる話になったところで、幹部がいらっしゃった。


「懐かしい話だな、ダガルト」


 銀のロングヘアーが、風に触れた。中性的な顔立ちに、青い瞳の青年だった。


「あらん、リーダー」


 マッチョがリーダーと呼んだのは、牙時代のリーダーであるアガットだ。『牙と爪』に統合された現在も、実働部隊『牙』のリーダーである幹部様だ。


「あぁ、そこの駄犬がやらかしたが、案外いいタイミングだったかもしれないって、ライナが言うんでな」


 駄犬こと、メイリオは小さく縮こまり、再び土下座スタイルで謝った。お話の邪魔をしてはならないと、声に出すことは出来ないが、それ以外の全身で、謝った。


「それに、リーシアがかわいそうでな。母親はすでに亡く、今は父親を奪われ、残されたペットの駄犬までいなくなることを思うと」


 慈愛あふれるお言葉であるため、どこかおかしいとは、誰も突っ込まなかった。


「バカをやらかすやつらは、それを理解していない。だからやばいんだ。政府側にいる、話が分かるやつを巻き込むしかない」


 言って、『牙』のリーダー、アガットは政府側の二人を見た。

 震える二人は、全身で叫んでいた。

 一体何が始まるの、怖い、助けて――という心の声が、メイリオにもしっかりと伝わるほど、抱きあって震えていた。

 本当に、本当に、巻き込んだことを申し訳なく思った。


 十数分後、説明を受けた政府側の反応は、予想通りだった。


「「そんな、バカな」」

「いや、だから、馬鹿なことが起こるんだって」

「だから、バカなことをとめようって言ってるんだ」

「だから、そのために力を貸せって話なんだ」


 運命の歯車は、回り始めた。


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