第16話 さぁ、土下座だ、メイリオ君
「この、駄犬っ!」
きゃいん――
メイリオは、犬であったらそう鳴いただろう印象で、びくついた。背中を丸めて、縮こまって、ひたすらお
見事なる、土下座スタイルだった。
「ったく、野放しにしていいと思ったとたん、これだ」
声を荒げたのは、赤い
雷の女王の側近として、実働部隊『爪』のリーダーとして活躍中の、怖いお姉さんである。赤い獅子との印象も当然の、赤毛のロングヘアーは波打って、黄金の瞳は野生の獣を
今すぐ
またの名を、ナイフのレイーゼ。
「まぁ、まぁ、レイーゼちゃん、その辺で」
フリルマッチョのダガルトさんが、仲裁に入った。
さすがは『牙』のナンバー2であったマッチョのお姉さんだ。赤獅子への物怖じは皆無であり、小さな女の子よろしく、ちゃん付けである。
「巡回員さんがこっちに不干渉だって、この子は知らなかったんだし、聞けば、私達から遠ざけるために無茶をしてくれたって話しだしね、その辺で許しておあげなさいな」
「はっ、『
闘志以外にも何かをなくしたようだが、メイリオにはありがたかった。人間、やはり正直が一番なのかと、希望を持つ。
「だけどメイリオちゃんも、もうちょっと後先を考えないと、だめよ」
必死に頭を縦に振るメイリオ。
わかりました、もうしません、ごめんなさいと、それはもう、見事な土下座での、目にも留まらぬ上下運動。めまいは大丈夫だろうか。
「それで、そこにお兄さん達?」
可愛らしい仕草で、二メートルオーバーのマッチョが振り向いた。
哀れにも、巡回員のお兄さん達は抱きあって震えていた。
武装はそのままでも、恐怖のど真ん中にいるのだ。ここは暴力の町であり、そこを仕切る女王が事務所である。扉の向こうから拷問道具が持ち込まれても、まったく不思議に思わない。ここはそういう場所なのだ。
やはり、バカはほっといて帰ればよかったと、嘆く二人。
本当に、哀れである。
「あらん、そんなに警戒しないで。あなたたち、ワジットおじ様のトコの子でしょ?」
巡回員の二人は、あっけに取られて、しばらく、互いに見詰め合う。
ワジットおじ様とは、誰のことだろうと、こんなマッチョが知り合いという人物に、心当たりなど………
同時に、思いついた。
そして、うなずいた。
「ワジット・ルーベラル閣下のことですよね、はい、そうです」
「そうです、そうです」
必死に、素直に、お返事をする。人間、素直が一番というのは、誰もが思うことらしい、必死だった。
「なら、ちゃんと事前連絡はしなさいって教わってるはずなんだけど………」
犯罪組織に、正義の味方である巡回員がお
だが、暗黙の了解、非公式の平和条約としてはどうなのだろう。
「まぁ、大きな組織は
巡回員の二人は、おびえた。無事に帰れるのか、さようなら、我が人生という顔で、震えていた。
その気持ちが、メイリオにはよく分かる。最初はおびえたものだ。そして、心で両手を合わせて、謝罪していた。メイリオが暴走しなければ、目の前の巡回員コンビの二人は、平和な日常を遅れたはずなのだ。
巻き込んで、スマン――と。
だが、頭の片隅で、これは好機ではないかと考え始めていた。メイリオは、保安局への信頼を、まだ捨ててはいなかった。都市が混乱に陥る、そんな事態を前に、誰かまともな人物がいるはずだ。協力することが、できないだろうと。
それは、『牙と爪』の幹部の方々も、同じであるらしかった。
「それじゃ、ワジットおじ様にお手紙を届けてもらうかしら。ちょうどお伝えしたいことがあったのよん(はーとまーく)」
巡回員のコンビは、必死にうなずく。
それくらいならお安い御用です。今すぐ参りますと、全身で訴えていた。一秒でも早くこの場から立ち去りたいのだろう。
気分を変えようと、メイリオは口を開いた。
「あ、あの~………ワジットおじ様って言ってましたけど、ダガルトさんって、保安局の偉い人とお知り合いなんですか?」
この疑問は、巡回員コンビも同じだったらしい、恐怖より、好奇心が瞳に宿った。
常識としては、犯罪者が捕まった。御用になった、世話になったということだろうが、どうにもそれだけではない気がするのだ。
「えぇ、ワジットおじ様にはお世話になったわ。私がこんなちっちゃい頃にね、ちょっとやんちゃして、叱られた事があってね?」
言いながら、二メートルオーバーのマッチョのエプロンの腰あたりを指す。このマッチョにも小さい頃があったのかと、ちょっと不思議な気分のメイリオだった。
おびえる巡回員コンビも、そう思ったに違いない、驚きのお顔だった。
「ふ、若気の至りって言うのかしら、度胸試しがしたかったのね。その相手が、当時は巡回員の大部隊を率いる隊長さんだったの。そう、ワジットおじ様のことよ。今はこの都市の保安局で一番偉い人よね」
マッチョのエプロンの、子供時代の武勇伝である。
保安局長ワジット・ルーベラルは、現場上がりのたたき上げである。その若かりし日に、マッチョのエプロンは出会っていたらしい。
やんちゃ盛りが相手にするにも、限度があるほどの御仁である。
「一発で、何メートルも吹き飛ばされたわ。そして言われたの。相手を選ぶことも出来ないなら、力を振るおうと思うなって。アレは効いたわ。殴り飛ばされたことじゃなくって、言葉が」
うっとりとしていた。
思い出に浸る少女の印象だが、二メートルオーバーのマッチョでは、ちょっと怖い。
「それから、色々あってね?『牙と爪』結成前後のアレコレも、おじ様と女王を中心に、改めて協定が結ばれて――」
とっても気になる話になったところで、幹部がいらっしゃった。
「懐かしい話だな、ダガルト」
銀のロングヘアーが、風に触れた。中性的な顔立ちに、青い瞳の青年だった。
「あらん、リーダー」
マッチョがリーダーと呼んだのは、牙時代のリーダーであるアガットだ。『牙と爪』に統合された現在も、実働部隊『牙』のリーダーである幹部様だ。
「あぁ、そこの駄犬がやらかしたが、案外いいタイミングだったかもしれないって、ライナが言うんでな」
駄犬こと、メイリオは小さく縮こまり、再び土下座スタイルで謝った。お話の邪魔をしてはならないと、声に出すことは出来ないが、それ以外の全身で、謝った。
「それに、リーシアがかわいそうでな。母親はすでに亡く、今は父親を奪われ、残されたペットの駄犬までいなくなることを思うと」
慈愛あふれるお言葉であるため、どこかおかしいとは、誰も突っ込まなかった。
「バカをやらかすやつらは、それを理解していない。だからやばいんだ。政府側にいる、話が分かるやつを巻き込むしかない」
言って、『牙』のリーダー、アガットは政府側の二人を見た。
震える二人は、全身で叫んでいた。
一体何が始まるの、怖い、助けて――という心の声が、メイリオにもしっかりと伝わるほど、抱きあって震えていた。
本当に、本当に、巻き込んだことを申し訳なく思った。
十数分後、説明を受けた政府側の反応は、予想通りだった。
「「そんな、バカな」」
「いや、だから、馬鹿なことが起こるんだって」
「だから、バカなことをとめようって言ってるんだ」
「だから、そのために力を貸せって話なんだ」
運命の歯車は、回り始めた。
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