第15話 不幸の神様、メイリオ


 まだ少年の面影を強く残す十八歳の青年は、『旧時代の町』を前に、立ち止まる。

 はっきりと境界線があるわけでないが、修繕の頻度というか、古い町並みが残されたままということで、わかるのだ。

 腰には警棒を備え、頭にはヘルメット。腹部、肩、ひざなどの要所のみを保護する簡易防護鎧を身に着けた、よくいる巡回員の姿だった。

 名前をギルターク。

 訓練を終え、配属されたばかりの新人君だ。


「ギルターク、そんなに気負うなよ。そうでないと、途中でぶっ倒れるぜ?」


 思いやりの言葉をかけたのは、六年ほど年長の、同じく巡回員のバッカス。新人のギルタークの先輩であり、指導役であり、そして、相棒でもある。


「バッカス先輩、はい………わかっては、いるんですけど」


 ギルタークは、硬い表情で答える。

 向かう先が向かう先なのだ。言葉では理解できても、態度で表すことは出来なかった。


「まぁ、『旧時代の町』に向かおうって言うんだ。そうなるよな」


 バッカスと呼ばれた、今年二十四歳のベテラン隊員も、かつて通った道である。

 これは、通過儀礼である。

 そうでなければ、わざわざ『旧時代の町』などへ向かおうとは思わない。しかし、保安局に所属する者として、何かあれば、足を踏み入る覚悟も必要である。そのために、一度はこの『旧時代の町』の巡回任務につくのだ。

 ただし、暗黙のルールがある。


「ルールはわかってるな、新入り」

「はい、先輩。暴力事件を目撃しても、一切の手出しは無用。暴力の町には、暴力の町なりのルールがある――ですね」

「そのとおりだ。いいか、ギルターク。俺たちよそ者は、ただ飲まれることなく、観察すればいいんだ」

「はい、バッカス先輩」


 研修終了、正式配属の初日である。家柄と成績と、本人の人格がそろってようやく手に入れた、夢の第一歩が、始まった。

 だが、予想もしていなかった。その夢を見ていられたのは、この日が、最後だということを………

 メイリオという、不幸の神様と出会ったことが、原因である。



 *    *    *    *    *    *



「供給量チェック………ひび割れてても、メーターは動いてるから、これでOKと」


 メイリオは、慣れた手つきでチェックすると、あまった配線を壁の奥に押し込む。

 重要な下っ端の日々。数がとても多いために下っ端とよがれる仕事は、どれひとつとして、おろそかにしてはならないのだ。


「よっしゃ、これでしばらくは持つでしょう。でも、拷問椅子とか、大量にエネルギーを食う機械は動かさないようにして下さいね~」


 報告のために振り返ると、頑固親父と言う風貌ふうぼうのご老人が、つばを飛ばす勢いで怒鳴ってきた。


「んな高価なもん、わざわざ拷問に使わんわ。ったく、最近の若いもんは、脅しとはな、最小限の犠牲で、最大の利益を得るための手段であって、そのために――」


 その背後には、配線がつながった、さび付いた椅子があった。

 何に使われる椅子だろうか。平穏な世界の住人は、知らないほうがいい気分で、いっぱいだ。

 だが………


「もう、おじいちゃんったら………ごめんなさいね、うちはただの散髪屋なのに」

「レーリア、床屋とこやといいなさい………いいかい、よくお聞き。刃物を扱うということは、昔から語られるように大変恐ろしく、そして度胸のいる仕事であ――」

「はいはい、いいから、今日のお薬はもう飲んだ」


 メイリオは、話を続ける老人と、お世話をする孫娘の物騒な会話を背に、部屋を後にした。

 この床屋とこやさん家族の住まう建物も、とても年季が入っている。三階建てのレンガの外壁は、色とりどりの塗装がなされていた。

 メイリオが住まっていた独身寮も大概たいがいだと思っていたが、本当に、遠いところへ来たのだと、さっそく懐かしく感じていた。

 だが、いくら懐かしくても、目にしたくない相手というものも、いるものだ。巡回員さんが、なぜかいた。


「まずい、まずい、まずい、まずい………」


 メイリオの心臓は、今までにないほど早鐘を打っていた。

 ここは暴力と騒乱の『旧時代の町』だというのに、これほどの危機感を、なぜか持ったことはなかった。



「ま、まさか、リーシアを探しに………なら、オレの顔も手配書に載ってる」


 こっそり建物の影から見守ると、二人組みは、周囲を見回しているように見えた。

 遠くてよく見えないものの、何か手に持っている。それは、折りたたんだ紙のようなものだった。

 すなわち、手配書だ。

 メイリオは、慌てるあまりに、勝手にそう結論付けた。このまま隠れていれば、気付かれない可能性もあるが………


「さって~、どうするんだ、メイリオさん?」


 メイリオは、自分に問いかける。

 つつ――と、嫌な汗がほほを伝うが、ぬぐう余裕はない。決断の時だと、もう一人の自分が、マントを翻している。

 目に浮かぶのは、可愛らしくも生意気な、リーシアの照れた笑顔だ。

 お世話をしようとするたびに、赤くなって照れる、可愛い妹のようなご主人様だ。甘えているだけだと、メイリオは思っている。

 父親と離れてしまっても、町の平和を守るために戦う決意をした、すごい女の子なのだ。自分が十歳のときに、あれほどの勇気を抱くことが出来ただろうか。メイリオは思い出すと、リーシアのすごさがわかる。ただ、楽しければいいという、困った悪ガキが、リーシアに何をしてやれるだろう。

 守らなくては――と、メイリオは決意した。


「よっし………やってやるぜ」


 ただ壁に隠れていれば、わざわざ巡回員の気を引くことはなかったはずだ。加えて、巡回員たちが手にしていたのは手配書ではなく、地図であった。

 あぁ、悲しいかな勘違い。しかし、後で聞かされて分かることは、今は分からないのだ。

 メイリオは、大きく息を吸った。


「お~い、お探しの犯罪者は、こっちだぜっ」


 メイリオは、叫んだ。


「捕まえられるものなら、捕まえてみろぉ~」


 わざわざ、チンピラにお約束の捨て台詞をはいて、逃げ出した。あとで顔を覆い、のた打ち回る台詞であった。

 一方の、新人巡回員ギルターク君と、相棒で先輩のバッカスさんは困っていた。


「あれ、なんでしょう………」


 不思議顔で、メイリオを見るギルターク君十八歳。


「なんだろ、新手のパフォーマーか?」


 同じく不思議顔の、バッカスさん二十四歳。

 めったに訪れない場所でありながら、ある程度の常識と言うか、しきたりと言うものは知っているつもりだった。だが、それをぶち壊すバカがいた。

 いや、だからこそバカと言うのだが………


「追いかけないと、いけませんよね」

「捕まえてくれって、叫んでるしな………」


 しばし、顔を見合わせる巡回員コンビ。

 常識的に考えれば、犯罪者が捕まえてくれと叫ぶ時は、陽動、おとりである。

 すなわち、追ってはならない。それでも、放置することも出来ない。ここが『旧時代の町』でさえなければ、応援を呼ぶことも出来るのだが………


「まぁ、これもテストってところで、追いかけてみるか。俺たち同様、こっちに来たばかりで、まだしきたりとか、分かっていないバカって事もあるからな」

「その場合、放置のほうが良いのでは?」

「いやぁ、そういうバカなヤツって言うのは、この町にとっても要らないヤツって事なんだよ。ほら、ここに強行部隊が入ったって大事件、知ってるだろ?」

「あぁ………子供の頃に、一度」

「そう、それ。迷惑な相手がやってくる事もあるそうだ。ここならかくまってくれるって勘違いしてな。殺しに、薬に、反逆できればなんでもいいってバカもそうだな」


 ギルタークは、隠された仕組みに感心する。

 なぜ、犯罪の巣窟と呼ばれるここを解体しないのか。その疑問の答えだった。

 将来的には、このような場所もなくなればいいが、あくまで将来の話だ。

 ある程度は許容するのが支配者の度量と言うものだ。格好をつけるつもりはないが、学はあるつもりのギルタークは、素直に先輩の言葉を受け入れた。


「今日のところは、あのバカを追うぞ」

「はい」


 こうして、追いかけっこが始まった。

 街を縦横無尽に走る逃走者メイリオと、追いかける巡回員コンビの、バッカスとギルターク。手に汗握る追跡劇………には、なりようがなかった。

 メイリオはこの町に来て一週間である。町中の隅々を知るわけもなく、追っ手をまく技術もなければ、逃げ切るなどは、無理な話であった。

 一分後、メイリオはあっけなく御用となっていた。


「ったく、なんの用だ。こっちは大きな騒動がない限りは不干渉なのに」


 メイリオは、唖然とした。

 あれ、そうだったの――と、驚くお顔が言っていた。


「先輩、やっぱりこいつ、この町の仕組みを知らない、流れ者みたいですね」

「おまえと一緒の、新入りか」


 メイリオ君は、やってしまったという、後悔の念でいっぱいだった。

 いつも、やってしまってから思うのだ。止めとけばよかったと。

 後で悔いるから後悔と言うのだが、メイリオは、それを存分に味わっていた。どんな顔をして謝ればいいのやら、あるいは、見逃してもらえるだろうかと、甘い期待も寄せていた。


「まぁいい、捕縛者の氏名、職業、罪状は――」


 後悔、先に立たず。

 メイリオは、新たなる失敗を演じた。


「はい、エネルギー供給網三級整備員、メイリオ。罪状は、犯罪者をかくまったことと、逃走の手助けです」


 答えた。

 素直に、青年メイリオは職務質問に答えた。

 もう、紛れもなく立派な市民である。おまわりさんに協力するのは、市民の義務だと、幼い頃から教えられたのだ。教育は、すっごく大事であると、メイリオは、改めて思った。

 そして思った。

 言わなくてもいいことを、べらべらとしゃべってしまったと。


「いや、これには深いわけがあってですね、オレたちは都市を混乱させようって犯罪を未然に防ぐために、やむなく協力しているというか、誰が味方か分からないっていうか」


 べらべらと、メイリオは供述を始めた。

 新人巡回員ギルタークは、困った顔で見上げた。


「………先輩、こいつ、どうしましょう」

「………とりあえず、続きは署で伺うってことで、どうよ」


 その時だった。

 ここをどこだと心得こころえる――そんなセリフが飛び出してきそうだ。怖いお兄さん達が、いつの間にか巡回員コンビを取り囲んでいた。

 筆頭ひっとうは、ダガルトさんという、マッチョのエプロンドレスのお姉さんだった。


「あらん、そういうことなら、うちの事務所、貸してあげるわん(はーとまーく)」


 手のひらを合わせて、いい考えでしょうという、少女のしぐさをした。もちろん、可愛らしい笑みと、オマケのウィンクのサービスつきだ。

 哀れな巡回員お二人の運命は、こうして決まった。

 ようこそ、地獄の一丁目。次は、雷の女王の事務所、雷の女王の事務所――


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