第14話 雷の女王のお部屋


 リーシアが、廊下を歩く。

 ギシ、ギシッ………と、不安な足音をきしませる廊下だ。子供のリーシアが歩いてさえ、いつ抜けるか分からない、つぎはぎの修理も、限界が近そうだ。

 ここは怖い人の集まる場所、違法建築の見本市、『旧時代の町』である。

 もう、慣れたと、リーシアは思った。そして、そういうものだと認識されれば、それは『いつも』――と言う分類に変わる。

 だが、明滅する天井は、それでも不安にさせる。理屈ではなく、夢の未来が、突然に失われるのだと、警告されたようだ。そして今の文明が崩壊し、身を寄せ合って生きる日々に逆戻りだ。

 自分達が失敗した、その先に待つ姿だ。


「あぁ、リーシア、お前も女王の部屋に呼ばれたか」


 声をかけられ、リーシアは振り返る。声変わり前の少年のようだが、すでに青年の彼は、美人さんだった。

 銀色のロングヘアーが、どういうわけか風になびいている。リーシアの水色ヘアーがあおられていないのに、銀色ヘアーだけが、風にあおられているのだ。

 妙なこともあるものだ。まるで、魔法のようだと、リーシアは気に留めないことにした。

 だが、絵になる。

 天使が降臨した。そのような印象を受けて間違いない、女性としては背が高い部類の、170センチを超えた彼は、この先に向かうことの出来る一人。

『牙と爪』の、幹部のお一人だった。


「アガットおね兄さんも聞いてるでしょ。もう来週だもん、今日は参加するの?」

「オレは『牙』だからな、細かな話は分からん。バカを殴りつける、それでいいって、いつも言ってるんだがな………四天王として呼ばれちゃ、仕方ない」


 やや乱暴な物言いは、いたずらっ子の印象を受ける。ここの子供たちが『おね兄さん』と呼ぶ、きれいな人。

 大人にあこがれる女の子の、なれたらいいな。自分もこうなりたいと、その憧れも、かすむ美しさが、目の前の青年だった。

 雪のように白い肌に、氷のような輝きの銀の髪の毛は腰まで長く、その氷の結晶のような、宝石のような青い輝きの瞳。

 御伽噺の絵本で見た、『天使』と言う言葉を思い出したほどだ。

 それであるのに、あのマッチョのダガルトを上回る怪力の持ち主でもあるというから、驚きだ。魔法の作用だと、教えられても、リーシアの驚きは収まらなかった。

 女性と間違えられるほどの細身であって、あのダガルトを上回るのだから。かつてはこの町の支配者の座にいた、『牙』のリーダー様である。


「町を混乱させるだけでは終わらない、バカのバカ騒ぎ。オレたちで止めようぜ」


 どこかのマッチョなお姉さんと、同じセリフだった。

 だが、こちらは凶悪な笑みではない、気負ったものは何もない、小さな女の子を安心させるための笑顔だ。

 自然な動作で、アガットは、リーシアの頭をそっとなでた。


「うん」


 リーシアは、目を細めてなでられるままになる。

 メイリオが相手ならば、即座にお怒りの子猫様モードになるだろう。やはり日ごろの行い、仕草、特に容姿はとっても大切だった。


「それじゃぁ、行こうか、我らが雷の女王、ライネリアのお部屋に」

「うん、作戦会議、作戦会議」


 自然に手をつないで、通路を歩く。

 緊張が、まったくないわけではない。リーシアは物怖じをしない子供であっても、身分がある人物との体面には、少なからず緊張をするものだ。

 女王という名前は、仲間内からの愛称である。古い因習を全て捨て去った、夢が実現したドートム暦の今は、存在しない称号なのだ。

 ただし、この場所『旧時代の町』を仕切る組織『牙と爪』のリーダーであるという意味では、正に女王である。ただの個室であっても、『女王の部屋』なのだ。

 幹部仲間というか、昔馴染みの友人という関係のアガットには、緊張の必要もないようだ。軽くノックをしつつ、許可なく扉を開けた。


「おぉ~い、ライネ、入るぞ」


 そこは、女王の部屋というには、哀れな部屋だった。

 壁紙がはがれ、窓はひび割れ、修繕のあとがあちこちにある。二人がけのゆったりソファーも、バネが一部飛び出たままであった。ここが見捨てられた町だという姿が、そのままのお部屋だった。権力者の住まいなら、改築などで、立派に出来そうなものだが、どこにでもあるお部屋だったのだ。

 なのに、どこかゆったりとした印象を受けた。

 それは、この部屋の住人たちが、原因だ。


「な………ななん………」

「あぁ、アガットに………リーシアちゃんも、待ってたわ」


 美人なお姉さんが、飼い猫と戯れている。

 見た目の印象では、それである。金髪の美人なお姉さんが、赤いロングヘアーのお姉さんの頭をひざの上に載せて、ナデナデしているシーンが、そこにはあった。

 リーシアちゃんは、賢いお子である。驚きの感情を、氷の仮面で覆い隠して、必死に笑うのを抑えていた。

 カワイイと。


「アガット、てめぇ、ノックくらいしやがれ」


 赤毛の子猫様が、フシャ~――と、全身の毛を逆立てるように、お怒りだった。

 顔も、赤かった。

 スタイル抜群の、波打った赤毛のロングヘアーのお姉さんが、お怒りだ。なのに、先ほどの甘えた子猫様を見た後なので、怖いと思えないリーシアちゃんだった。


「なんだよ、ノックしたぞ、ちゃんと」


 銀色のストレートロングのアガットお兄さんには、怒りの風も、いだ風だ。先ほどは、不自然に髪の毛がふわりと舞い上がったのに、不思議である。

 リーシアちゃんは、大人たちのいつもの喧騒を前に、なにもわからないお子様を演じた。

 本当に、賢いお子である。

 ソファーにゆったりと腰掛ける金髪の女性も、気にしない。リーシアちゃんを、おいでおいでと、手招きしていた。この部屋の主の、女王ライネリアでいらっしゃった。

 わずか九歳にして収容施設を脱走、窃盗団を立ち上げた女性だとは思えない、穏やかな笑みであった。

 にらみ合うお姉さん達を放置し、リーシアちゃんは、女王の座るソファーへと向かう。

 トテトテと、お子様のリーシアちゃんは、入り口でにらみ合う大人の足元を潜り抜け、女王の隣に、ちょこんと座った。


「レイーゼは、ああなると長いから」

「はぁ~い」


 女王ライネリアのお言葉に、リーシアは素直に従った。

 波打った赤毛の美人さんは、いまだに入り口で、お怒りの子猫様モードだ。

 すぐにも怒鳴られそうで怖い印象は、未だ残っている。それなのに、女王のそばにいるときには甘える子猫のお姿なのだ。

 リーシアは大人たちと多く時間を過ごしてきたが、この『牙と爪』と合流してからの、とっても個性的な皆様との時間は、驚きの連続であった。

 我らが女王、ライネリア。

 仲間内ではライネと、気安く呼ぶことが許されている。外の人間には、ライネリアという名前すら伝わっていない。『牙と爪』と係わり合いになるのが恐ろしい、そんな噂が、守っているのだろう。

 実は魔法使いと言うことも、隠れ住む理由としては、大きい。


「あの子、すぐ噛み付くからねぇ~、リーシアも気をつけてね?」

「うん」


 のんびりとした物言いからは、とても想像できない。このお姉さんが、雷の女王と呼ばれている魔法使いだなどと。

 入り口で、ふしゃ~――と、お怒りの子猫モードのお姉さんは、ナイフのレイーゼ。波打った赤毛は獅子ししの印象のある、怖いお姉さんだ。

 収容施設で知り合ったのだという、『爪』を結成する前からの側近である。

 なお、ナイフのレイーゼは二十二歳の大人の女性だ。

 そして、女王ライナは十九歳ということで、三年ほどお姉さんということなのだが………姉に甘える妹のような関係が出来上がったのは、なぜだろう。

 というより、子猫のように甘えん坊という関係である。


「よう、またせた」

「………ライナ、おまたせ」


 にらみ合いが、終わったようだ。と、言うよりも、アガットがこちらを指差したため、女王の手前であるため、お怒りを納めたというのが正しい。

 女王ライナ、ナイフのレイーゼ、『牙』のアガットと、エプロンドレスのダガルトお姉さんを除く、四天王が揃い踏みだ。ダガルトは今回の作戦には参加しない。か弱い女の子だから、戦わないという自称を、誰が信じるだろう。


「さぁ、私達の街を守るため、世界を救う作戦会議、始めましょうか」


 女王ライナは、にっこりと微笑んだ。


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