第13話 ダガルトお姉さんの話


 カン、カン、カン………

 階段を下りる音が、みょうに響く。

 メイリオがギシギシ、みしみしという足音の木造の独身寮から引っ越して、早一週間。金属性の、吹き抜けの階段のある暮らしは、いまだに新鮮だ。

 どこから資材を持ってきているのか、改築と増築の繰り返しで、元の姿が分からない。地上三階建てのマンションである。


「メイリオちゃん、本当にリーシアちゃんに懐かれてるのね」


 メイリオの前を歩くエプロンさんが、おかしそうに笑う。

 可愛らしい笑顔だった。

 リーシアのような女の子であれば――と言う、但し書きが付く。スキンヘッドの身長二メートルオーバーのマッチョがすれば、それだけで威嚇だった。

 最初はリーシアと抱き合い、おびえたものだ。


『――あら~ん、新入りさんね?大丈夫、ダガルトお姉さんが優しく教えてあげるから(はーとまーく)』


 終わったと、メイリオは思った。大人ぶるリーシアも、この時ばかりは抱きついてくれたものだ。

 その恐怖の笑みが、今は愛嬌あいきょうに思える不思議であった。


「そうですかね~………着替えを手伝おうとするだけで、あの調子ですけど………」


 お世話をする相手は、幼児扱いというメイリオだ。わかってしまったリーシアは、お姉さんぶって、お怒りをぶつける以外に、なにが出来よう。分かってしまうマッチョなお姉さん、ダガルトさんは、苦笑いだ。

 メイリオも、分かっていないものの、笑みを返して、言い放つ。


「生意気なとこも、可愛いもんです」


 ここは『旧時代の町』

 都市が拡大する過程で生まれた、放置された区画の成れの果てである。

 本来は無人地帯のはずであるが、あるいは貧しさから逃げ、はたまた犯罪に手を染めた方々が自然と集まり、大きくなったのだ。

 輝かしい文明の、影の部分だった。


「ふふふ、ちゃんと、リーシアちゃんが心を開いてるってことじゃない?」


 マッチョなお姉さんが、あごにこぶしを置いて、クスリと笑う。こぶしと言うか、鉄拳であるが、本当に可愛らしい仕草だ。


「まぁ、本人は、自覚してないでしょうけどね」

「ははは、まぁ、小さい子のお世話は、得意なんで………なんでか、女の子には怒られてばかりですけど、彼女も、いませんけど………」


 楽しく笑いながら、ちょっと思い出し涙が、ほほを伝うメイリオ君、彼女募集中の、十七歳。いつかという、恋人と過ごす夢は、さらに遠ざかった気がする。

 平凡な市民という身分は、すでに失われたためだ。ここは俗称で、『旧時代の町』という。今の秩序が生まれる以前の、野蛮な世界と言う意味である。都市で生まれ育った子供が、あるいは、地方から働きに来た若者は、必ず警告を受けるのだ。

 近づくなと。

 そんな町の治安を守るのが、彼ら『牙と爪』なのだ。

 そして、マッチョなエプロンのダガルトお姉さんは、『牙と爪』の元となった組織の一つ『牙』のナンバー2であったという。

 それも納得の、二メートルを超える長身と、全身の筋肉は文字通りの強さを持つ。これに鉄パイプでも持たせれば、言葉通り鬼に金棒であっただろう。この『旧時代の町』で生まれ、暮らし、地位を得たマッチョのダカルトが、なぜいきなり可愛いエプロン姿の少女に化け………生まれ変わったのか。


「ふぅ………若気の至りってヤツよね」


 ダガルトお姉さんは、語ってくれた。

 かつては、『豪腕のダガルト』と呼ばれていた、輝かしい過去の物語である。

 若手の暴力組織『牙』を立ち上げ、ナンバー2と言う地位にいたという。この町においては、誰も逆らえない。それほどの地位だと、本気で思っていたのだ。

 そんな気分は、ある日、あっけなく打ち砕かれた。


「十年近く昔のことよ。一人の女の子が、ふらっとやって来たの」


 遠い目をしていた。

 メイリオも、ならって遠くを見つめる。

 何か、自分を大きく変えるきっかけを思い出す顔だった。


「無知って、悲しいわよね」


 メイリオは、自分のことだと思ったが、マッチョのお姉さん、ダカルトのことでもあったのだ。

 十年ほど前、とある金髪の少女をリーダーとする窃盗団『爪』が、流れ着いたのだ。

 笑ったという。

 物乞いや、店のものをちょろまかすという程度なら出来そうだと。それが、なぜか稼ぎがよかった。

 いいや、よすぎたのだ。

 あくどい真似をする子悪党をぶっ潰して、溜め込んだ財宝をせしめる。それが『牙』であったが、少女をリーダーとした『爪』は、違ったのだ。

 ドートム政府が、ターゲットだった。

 あくまで、とある要人が隠していた財宝を奪っただけだが、政府の要人を狙っただけで、大混乱だ。『旧時代の町』と『ドートム政府』との、まさに全面戦争にも発展する事態に、街が揺れた。

 全面戦争とは、あくまでも例えである。ドートム暦が始まって以降、戦争は発生していない。

 戦争と言う状況が、発生できないというほうが正しい。全てはドートム政府の支配下にあるために、犯罪者による暴動が起こり、鎮圧されるだけなのだ。

 目障りだと、当時勢力を拡大しつつあった彼ら『牙』が立ちふさがった。

 少し脅せば言うことを聞く。結局、ものを言うのは“力”なのだと、『豪腕のダガルト』が、マッスル全開で威圧したのだ。

 そう、ものを言うのは“力”なのだ。


「もう分かったでしょ、私達は、たった一人の女の子に敗北したの」


 ダガルトお姉さんは、おかしそうに笑いながら、振り向いた。

 その“力”は、当時九歳の金髪の女の子が、上だったのだ。

『雷の女王』と、人々は呼ぶ。

 十年を経て、美女と呼ばれるに至った『爪』のリーダーの、今の呼び名である。

 輝かんばかりの黄金のロングヘアーに、同じく黄金の瞳を持つ彼女は、雷の化身といえるかもしれない。メイリオも、まずはその美しさに、土下座をしたのだ。

 だが、違うのだ。

 マッチョに男を捨てさせるほど、お強いのだ。

“力”がものを言う世界を、見事に“力”でひれ伏させるほどに、お強いのだ。


「女王の強さは、本当に桁違けたちがい。世界の真実を思い知ったわ」


 うっとりと、腕を組んでひざを折るダガルト。

 まるで、乙女のようだ。

 二メートルオーバーのふりふりエプロンをしたマッチョが、祈りをささげる乙女のようだ。


「私は、女王が貴族の血を引く方だと聞いて、すぐに納得したわ。その力だけではない、心の強さは正に、支配者であるべきお方なの。ご両親もそうだったそうよ」


 声のトーンが落ち、悲しそうに、メイリオを振り返る。


「でも、それがドートム政府には邪魔だったのね。ドートム政府が支配する今でさえ、ずっと人々とのきずなが強い、貴族の末裔なんて………」


 両手で顔をおおい、悲しみを表した。ふざけているわけではないらしい、常に可愛らしいしぐさを意識するのが、ダガルトお姉さんなのだ。

 二メートルオーバーのマッチョであるだけで、心が乙女と言う自称は、本気なのだろう。激しすぎる違和感にも、メイリオもリーシアも、徐々になれて行くはずだ。

 仲間なのだから。

 それに、話はしっかりと聞くべきなのだ。メイリオは、世界の姿が崩れる感覚を、またも味わっていた。


「私も聞いた話だけど………あと、この話は、女王の前でしちゃだめよ。つらい過去なんですから」


 メイリオは、強くうなずいた。

 触れてほしくないと出来事には、触れてはならないのだ。それがこちらにとっては些細な事でも、あるいは、どうしても知りたい事でもだ。

 それが仲間と言うものである。

 メイリオの姿から気持ちを感じ取ったのか、ダカルトお姉さんは続けた。


「だけど、女王はくじけたりしなかった。そう、少女強盗団『爪』の、誕生よっ」


 目が、輝いていた。

 希望が始まったという表情だった。

 一言で片付けられたが、そういうことだろう。地方都市の議員だった女王のご家族は、誰かの思惑で、地位を奪われた。

 元々、ドートム政府は、無数の勢力の集合体であり、名目上は統合されていても、派閥という形で、古い勢力も生き残った。

 貴族の血筋は、とある勢力にとっては、許せない悪だったらしい。政争の果てに、家族がばらばらに収容施設へ送られ………

 そして、脱獄し、不満を持つ人々を集めて『爪』を生み出したのだ。

 流れ着いたこの町で『牙』と出会い、今の組織『牙と爪』が誕生した。合流前の組織規模としても、治安維持をメインにする事からも、『牙』の名前が先にある。ただ、『牙』と『爪』の、どちらが上だとか、そういった意識は持っていないようだ。

 女王が、頂点にいるおかげだ。

 メイリオも、ご挨拶ということで、近くで見ることが許された、その美貌を思い出す。あの、射抜かれるような黄金の瞳に、いまも身震いする。

 ほれた。

 従いたい。

 こんな気持ちは初めてだったメイリオは、感情に任せて、恐れ知らずに突撃をかましたのだ。

 お返しに、電撃を食らった。

 自分以外にも、魔法を使う人物がいると、身をもって知ったメイリオだった。


「じゃ、じゃぁ、女王がオレたちの話を聞いてくれたのも、リーシアにあんなに協力的なのも、ひょっとして………」


「えぇ、ご自分の時には叶わなかった、ご家族との再会………リーシアちゃんに、同じ思いはしてほしくないってお考えかもしれないわ。もちろん――」


 印象が、がらりと変わった。

 ぎっちりと筋肉が盛り上がり、凶悪な笑みを浮かべて、振り向いた。


「バカどものバカを止めるほうが、優先だろうけどね」


 お声も、元に戻っていた。

 普段は少女を演じる、マッチョエプロンのダカルトさん三十三歳であるが、『牙』のナンバー2は、現役なのだと感じた。

 ところで、そんな『牙』をまとめていたナンバー1はどんなバケモノなのだろうと、メイリオはちょっと興味を引かれた。

 過去の詮索せんさくは厳禁と誓ったばかりなのに、こればかりは仕方がない。


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