第21話 魔法の力と、ピエロの理由


「お、おお………オレが、襲撃チームに?」


 メイリオは、固まった。

 しっかりとスープをかき混ぜ続けるあたりは、さすがはお世話の達人だ。いいや、メイリオであれば、手をふれる必要なく、スープをかき回すことが出来るのだ。ここ『牙と爪』での生活では、魔法を隠さなくてよくなったメイリオなのだ。

 調子に乗って、大サービスが日常なのだ。

 ヤバイ事態も、日常だった。


「本当なら、場馴ばなれしてないヤツを混ぜるのは、反対だけどよ………お前、整備員だろ?」

「こっちに来る人は限られるから、本当に、助かってるのよ?」


 こわ~いお姉さんのレイーゼ様と、マッチョなお姉さんのダガルトさんの二人が、メイリオのいる調理場を訪ねていた。

 そして、作戦に加われと、命じられたのだ。


「あのぉ~………オレって、戦力になると、思います?」


 波打った赤毛のロングヘアーが、ぶんぶん――と、横に流れる。

 健康的なスキンヘッドが、可愛らしく、小首をかしげる。


 無理、無理――と。


 だが、命令なのだ。

 数日後、『牙と爪』は、エネルギー中継施設を襲撃する。城塞都市のような構造だといわれるが、その通りである。本当に城塞があって、五つのタワーがそびえ立っているのだ。

 古代の、城塞都市が復活したと言われても納得で、もちろん、侵入は困難だ。

 破壊活動もまた、困難である。下手に破壊すれば、今回の黒幕の思惑に関わらず、大惨事なのだ。

 内部事情を知る人間は、一人でも必要なのだ。

 それに………


「認めたくないが、ほんっ――とうに、認めたくないが………お前も、力を持ってるんだ。ライネと同じ、魔法の力をよ………」

「そうね、陽動作戦には、とっても必要ね………」


 不安だが、騒ぎを起こすための人員は、いくらでも欲しいらしい。猫の手を借りたいというが、駄犬の手品が、必要らしい。

 魔法の力の持ち主は、少ないのだ。


「で、でもオレって………中継施設の城門すら、くぐったことないんですよ。ほら、あそこってエリートの皆様が陣取ってて………まぁ、重要設備なんで、当然なんですけど」


 あわてながら、口にしながらも、メイリオは理解する。

 だからこそ、参加を望まれているのだと。

 レイーゼの姉さんが言ったように、素人の参加は危険である。素人と言うメイリオにとっても、参加するチームの全員にとっても………

 だが、魔法の力があるのだ。

 普通は、魔法と言う力を知らない。だからこそ、メイリオの魔法の力で、孤高のピエロの手品の本領発揮で、施設を混乱へと陥れるのだ。


「そうか、安全に混乱させるには、魔法の力………オレか」


 学生時代には手品だと、ピエロを演じたメイリオである。物体を浮かべて、操る力はそれなりにあるつもりで、それは、遠隔操作が可能と言うことだ。

 施設で、突然明りが消える。誰もスイッチを押していないにもかかわらず、そんな芸当ができるのは、メイリオなのだ。

 今こそ、戦うときだ――と、心の中のメイリオは、マントを翻して、こぶしを掲げていた。数年前の、14歳の自分が、『メイリオルジェ大公爵閣下』と名乗っていた自分が、燃え上がっているのだ。

 では、今のメイリオは、どのような判断をするのだろうか。


「やりましょう」


 お調子者のピエロは、腕を組んで格好をつけた。

 前掛けと言うエプロンが、風もないのにふわふわと浮かび上がる、まるで、マントを翻しているようだ。もしここで、きらり――と、歯が光っていれば、レイーゼお姉様のパンチが炸裂さくれつしたに違いない。


 調子に、乗るな――と。


 すでに、あきれて頭を抱えていらっしゃる。調子に乗ったついでに、改めて告白をされては、かなわない。


「まぁ、やる気があるのは、助かるぜ………ほんと、しり込みした挙句の失敗って言うのは、パニックしか呼ばないからな………」

「調子に乗りやすいって言うのも、困っちゃうけど………駄犬ちゃんだし、いいのかしら?」


 気付けば、野菜の皆様が行軍していた。

 メイリオの手品の、本領発揮と言うべきか、これから刻むべき根菜の方々が、リズム正しく隊列を組んで、まな板の上を行軍していた。

 共に、戦おう――と

 一時間後には、皆様の夕食のスープとして運命は終わるのだが、なぜか、頼もしく見えてしまうのだ。

 正に、ピエロの生み出すマジック空間である。

 メイリオは、ポーズを決めたまま、うれしそうに語った。


「魔法の力は、知られちゃいけない。収容施設に入れられたくなければ、死ぬまで隠し続けろ………誰かに教えられて………そうして生まれたピエロですが、ついに、出番のようですね」


 盛り上がっていく、孤高のピエロ。

 手品だよ――

 魔法がばれそうになると、メイリオはいつもそう言って、ごまかしてきた。即興のパフォーマーは孤高のピエロとして、学生時代はそれなりに楽しませた存在だった。

 もちろん、種明かしもポケットに潜ませていた。おかげで、誰もがお調子者だと、メイリオを笑い、楽しんでいたのだ。

 真実は、そうして守られてきた。

 魔法の力と言う、誰にも見せてはいけない、真実が………


「今こそ、オレの真の力を見せるとき、さぁ、行くぜっ」


 そして、包丁が踊って、根菜の皆様がぶつ切りになっていく。ちょっと、便利に見えて悔しいお姉さん達。

 それは、メイリオがずっと隠してきた秘密であり、故に、孤高のピエロだった。ここでは、ちょっと調子に乗っているメイリオであるが、十七歳の少年なのだ。今まで、隠してきた力は、ここ『牙と爪』の拠点では、自慢していいのだ。

 だから、自慢していた。

 そして、つぶやいた。


「それに、リーシアが戦いに行くって場所に、兄であるオレも行かなきゃ………ってね」


 お調子者の駄犬の、本音であった。

 リーシアにだけ、危険な目にあわせるわけには行かないという気持ちなのだ。空腹を訴える子供に、なにも出来なければ男ではないと、お世話を始めたメイリオである。今は、共に暮らすようになった、可愛らしい妹が危険な場所に行くのだ。何も出来ないと、日々の雑務に追われていたが、違ったのだ。

 戦えるのだ。

 いつのまにか、包丁の二刀流になっていたメイリオは、そのまま料理へと戻った。

 照れ隠しなのか、マイペースであるのか、見つめるお姉さん達には分からない。ナイフのレイーゼの姉さんは、わけわかんねぇ――と、頭をかいている。

 エプロンのダガルトお姉さんは、いつものことだろう、動じていない。それがメイリオの答えであるのだと、納得をする事にした。


「まぁ………やる気があるなら………なぁ」

「ふふふ、駄犬ちゃんですもの」


 調理場では、魔法の力を使った料理ショーが、孤独に開催されていた。



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