第22話 上を見る、おっさん



 エネルギー中継施設。

 中央エネルギープラントから供給されるエネルギーを受け取り、都市全体へ安全に供給するための、重要施設である。そのために、都市の心臓と呼ばれたり、城塞都市と呼ばれたりするのだ。そして、呼ばれた通りの意味でもある。

 城塞のように、頑丈な壁で囲まれた一角では、演説が行われていた。


「本日は、兼ねて告げておいた通り、月に一度の定期点検である。人々の暮らしへの影響から、例によって我々深夜組みの役割である。それに際して諸君には――」


 拡声器を使わねばならない場所ではなく、管理タワーの前の台座での、作業員数十名を集めた場所での演説である。

 すでに陽が傾き、夕日の色が、濃くなっている。ここにいる作業員達は、深夜に作業を行う方々であった。

 夜は、眠りの時間ではないのか。それは、自然に影響されていた原始文明人に限った話だ。夜に青々とした電灯の下で作業できるのだ、ほこるべきなのだ。

 眠気眼ねむけまなこの作業員達は、そう自らに言い聞かせることで、夢の世界へ戻りたい誘惑に耐えていた。

 意味のない、長々とした訓辞を聞かされているのだから。


「――で、あるからして、整備士の一級の資格を持つ諸君はもちろん、将来一級の資格を目指す二級の君たちには、よりいっそうの努力と、そして――」


 まだ、続いていた。

 毎月のこととはいえ、毎日のことではない。そして、しくじればとても面倒な後始末が数日続いて、面倒なことだ。

 都市全体の大騒ぎにならないあたり、このシステムは完璧だ。

 度を越えて、越えすぎて、誰が手を抜いても、その後始末に失敗しても、まだ安全と言うシステムである。

 何かを恐れているようだと、誰かが言っていた。

 供給が滞る以外の、何かがあるようだと。


「(――ヒソヒソ)なぁ、あの噂、本当かな?」


 無礼にも、ありがたい第四管理補佐の訓示の最中に、私語をしてくるやつがいた。

 補佐とは言っても、深夜勤務の責任者の一人である。つまり、ここ第四管理タワーの最高責任者のおっさんの、大変にありがたいお言葉の最中である。

 喜んで、参加した。


「(――ヒソヒソ)なんだよ、噂って」

「(――ヒソヒソ)なんだ、なんだ?」


 周囲も、即座に参加した。

 退屈な時間、どうせたいした話をしていないのだと、私語の連鎖が始まった。


「(――ヒソヒソ)知らないのか、メイゼ博士が、実は行方不明だって」

「(――ヒソヒソ)え?娘のほうじゃないのか?」


 ニュースを耳にしていれば、そう思う。先々週だったか、もっと前だったか、メイゼ博士の娘が行方不明になったと、ラジオから流れてきたのだ。

 特に自分達はエネルギー関係である。その重鎮の名前が出てくれば、意識が向くというものだ。続報がない事から、何があったのかと、他人事ながら不安を覚える。

 特に、子供の行方不明は、胸が痛む。


「(――ヒソヒソ)博士がここの相談役って言うか、管理官の隣に部屋を持ってるのは知ってるだろ?それが、ここしばらく見ないんだよ」

「(――ヒソヒソ)まぁ、娘が行方不明なんだ。仕事どころじゃないだろう」

「(――ヒソヒソ)それにしても、この一ヶ月近く、誰か顔を見たか?」

「(――ヒソヒソ)それなんだが、うちの管理補佐の側近のやつら、いないだろ。点数稼ぎのために、捜索の真似事をさせてるって噂だ」

「(――ヒソヒソ)見つけたら、確かに大手柄だもんな――」


 咳払いが、響いた。

 ヒソヒソ話は、第四管理補佐と言うおっさんの、ぐをぉっ、ほん――と、わざとらしいセリフの咳払いである。

 私語が多すぎるという、無言の叱責である。

 常のおっさんならば、ここからさらに叱責、怒声が響くのだが、今日はやけにあっさりと終わった。

 横目では、すでにほかの管理タワーの作業員が動き始めていた。そのため、後れてはならないと考えたらしい。

 作業員達は、そう思った。

 さすがに年を取って、丸くなったのかと言う陰口も出たほどだ。


 その、おっさんは――


「まったく、近頃の若者は………」


 お決まりの台詞をはきながら、第四管理補佐ルイックは階段を登る。

 タワーと言う名称どおり、高いのだ。司令室は最上階と、そろそろ体力が続かない。それは年齢だけではなく、目の前の階段が、出世と言う階段を表しているような気分がして、足が踏み出してくれないのだ。

 焦りが焦りを呼び、ルイックの心をすり減らしていく。

 先ほどの、作業員達の会話に、メイゼ博士と言う単語が飛び出した事も、焦りを呼ぶ。気づかれていないだろうかと言う、犯罪を犯す人物に特有の、過剰反応だった。

 それが違和感を呼び、周囲に気付かれる。そんな恐れが、次の失敗を呼ぶ。

 ルイックというおっさんは嫌な汗をかきながら、それでも希望を持って、階段を上がる。

 そう、この焦りとも、今日を限りに別れを告げるのだ。上着のポケットにある制御基盤を使うタイミングが、肝心なのだ。

 作業終了を確認するのは、自分の役目だ。その時にこっそりと差し替える。周囲が混乱し、大混乱し、中央タワーでさえ悲鳴を上げる頃合を見計らう。

 第四管理タワーの責任者の自分が、解決するのだ。


「そう、そうだ。俺の本当の実力を、その時に見せてやる………そう、そうだ」


 自らに言い聞かせるように、階段を上る。

 残りは、何段あるのだろうか。いつもなら見上げてうんざりするが、本日に限っては野望が背中を押してくれていた。

 ふと、まぶしいものが目をさした。

 明り取りのための小窓が、夕日を階段にも届けていた。

 先ほどまで屋外にいたのだが、薄暗い階段に目が慣れてきたため、妙にまぶしく感じる。

 だが、まぶしい夕日の光だけではない、ぼんやりと、町明りもあった。


「ふふふ………あの明りが、今日………ふふふははは」


 息切れは大丈夫なのだろうか、少し乾いた笑い声が響いた。

 ルイックというおっさんは、夕日に混じった、町明りを見つめていた。階段の窓から見える町の明りが、自分の手によって消えるのだ。そう思うと、この世界の支配者になったような気分を味わえた。

 そう、自分の手で、自分の手で………


「第四管理補佐、中央タワーより作業について確認がしたいとの事です。恐れ入りますが、至急、第四管理室にお越しください」


 階段の上から、通信士の声がした。

 本来は補佐をする側近たちが用件を聞いて終わりなのだが、出払っている。そのため、小さな仕事も自分でこなさねばならず、多忙である。

 ルイックは、わずらわしそうに了解の返事をして、少し急いで階段を登った。

 あと、五十段であった。


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