夢見る夢は、夢で見ろ

柿咲三造

第1話 出会い


 世界は、滅んだ。

 生き残った人々は、理想の未来を夢みた。

 戦乱の時代が、始まった。

 ドートム暦現在は、歴史の授業で眠気を誘う、過去の物語である。


「はぁ~あ………また、フラれた」


 とぼとぼと、舗装ほそうされた道を歩く少年は、がっくりと肩を落として、ため息をついた。丸まった背中からは、落ち込んでいますという落ち込みが、伝わってくる。

 名前をメイリオ。今年で十七歳になる下級作業員の少年だ。

 ブラウンのショートヘアーは癖があるものの、不潔ではない。灰色の瞳は、理知的と言う意外性を与える。

 何より、彼は明るい性格であった。

 なのに、いまだに恋人はいない。作ろうとして、結果は腫れたほほが教えてくれる。


「オレ………また、やらかした………はぁ、なんでだ?」


 そう、やらかしたのだ。

 明るい性格は、調子に乗りやすいという欠点にもなる。今日こそは決めてやると、強引なのもよいかもしれないと、突撃したのだ。

 演劇ではうまくいっていたのだ、ならば自分も――と、やらかしたのだ。

 結果、張り倒されたわけである。お相手が、にっこり笑顔で吐いた捨て台詞が、脳裏をよぎる。


「お友達でいましょう………かぁ」


 食事におさそいしたまでは、よかったのだ。

 いつもどおりに、そこまではすんなりとOKをもらえるのだ。しがない下っ端の下っ端仲間だと、休憩時間にはお茶をするくらいは、してくれるのだ。

 だが、意を決して踏み込むタイミングというか、ひゃっほう――と、勢い任せというか、その結果が、ひりひりと伝わってくる。

 メイリオは、そっとほほに触れた。


「よぉ~し、今度は、もっとムードを盛り上げて――」


 メイリオは、丸まっていた背中を伸ばした。

 メイリオは、めげなかった。

 彼の最大の長所であり、それはすなわち、短所でもある。過去を振り返らない、まっすぐな十七歳のメイリオは、過去の失敗を繰り返すおバカさんだった。


「お友達でいたいって、そういうことだよな、まだ、明日があるよな。夢みて、いいよな」


 夕日に向かって、メイリオはこぶしをかかげた。オレの戦いは、始まったばかりだ――と。

 夕日は、赤らんでいた。

 メイリオを見ていて恥ずかしい。もちろん、そんな理由ではない。ただの自然現象である。おや、三つの小さな月たちも顔を見せはじめた。

 帰宅の知らせである。


「明日に備えて、今日は帰ろう」


 誰に言っているのだろう、道行く人々は、面白いものを見せてもらった。そんな生暖かいまなざしを送っていた。

 素直な若者だ。

 うらやましい、あれが若さか。

 年配の方々からは、そんな感慨を含んだ目線もあった。あれ、見られている?そう感じてしまえば、恥ずかしさに逃げ出すような、暖かい世界だ。

 気づかないメイリオは、大きく腕をふって、道を行く。


「だけど、今日も缶詰か」


 空元気からげんきは、終わったようだ。情けなさをつぶやきながら、どこか風情のある、木造住宅のボロボロの門へと足を踏み入れた。

 夕食は、少ししゃれたレストランで取るつもりだったが、予定が狂った。

 だから、今日は缶詰だ。

 きっと、明日も缶詰だ。節約すれば、きっとまたデートが出来ると、夢は膨らむ。

独身寮どくしんりょう』と、看板に記してあった。

 木製の看板に印字された、かろうじて読める『独身寮』と言う大文字の下に、小さく続きがあった。

 都市供給ライン整備士専用――と。

 下っ端の下っ端という、メイリオごときでも住まうことの出来る、我が砦である。お隣さんが出て行って、自分もいつかとあこがれる、結婚による契約違反。

 空欄になった表札を横目に、たどり着いた。


「さて、カギ、カギ………と」


 周囲を見回すと、懐から、カギが浮かぶ。

 魔法と呼ばれる、不思議な力の作用である。普段は使うことがなくとも、ちょっとした動作で、自然に出来てしまう、メイリオが持つ秘密である。


「だれも見てないよなぁ~………って、もう、オレしかいないか」


 人を楽しませ、自分も楽しむメイリオと言う人物を構成する、影の部分である。

 この力がばれれば、精神病として収容されるかもしれない。だれの忠告であったかは、覚えていない。なら、手品にすればいいと、人を楽しませる道を選んだのだ。

 もっとも、目立ちすぎては危険だと、学校を卒業後は、しがない下っ端の、下っ端と言う作業員の道を歩んでいた。


「あれ?閉め忘れたっけか………」


 まぁ、いいかと足を踏み入れるメイリオ。ここに金目のものがあると思うほうが、どうかしている。下っ端の作業員限定で、格安の賃貸のおんぼろアパートなのだ。しかも、独身寮なのだ。寂しい野郎の、集まりなのだ。


「ただいまっ――と」


 我が家に帰った。

 家ではなく、部屋であるが、そう思うほうが気分がよい。すぐ目の前には小さな机と椅子のある、台所も付属のリビングだ。

 返事など、誰もするはずのない、ちょっと悲しい一人住まい。

 その………つもりだった。


「………あれ?」


 確認するまでもない、メイリオの部屋なのだ。

 なのに、可愛い生き物が、ちょこんと座っていた。

 透き通るような水色のロングヘアーに、深い緑色の瞳の、小さな女の子が座っていた。

 年齢は、九歳ごろだろうか、女性らしさが芽生えるのはもう少し先だが、将来は美人になることは、間違いなさそうな女の子だった。

 メイリオが思わず動けなくなるほど、現実離れした光景だった。

 その、可愛らしいお口が、か細く動いた。


「おなか、すいた」


 これが、運命の始まりだった。


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