第三章~恋する惑星~⑥
日本時間一九九六年四月五日午前十時――――――。
亜莉寿が、日本から送信されてきたメールの文面に悶々とし、返信内容の文章の推敲に四苦八苦している頃、有間秀明は、《ビデオ・アーカイブス》の開店作業を終え、接客の準備を始めていた。
「有間クン、開店の作業には、だいぶ慣れてきたみたいやな?」
この日の午前中は、大学生のアルバイトがシフトに入っていなかったため、自らが新人の教育係となっている店長の吉野裕之が、秀明に声を掛ける。
「はい、店長さんがシフトを多めに入れてくれたおかげです。ありがとうございます!」
さわやかに答える彼に、
「まぁ、有間クンには、少しでも早く仕事に慣れてほしいからな。次は、いよいよ接客業務の段階やな。今日は、実際に有間クンに接客してもらおうと思うから、しっかりと頼むで」
と、店長は、新人アルバイターを鍛えるべく、実地研修=オン・ザ・ジョブ・トレーニングを課す、というこの日の方針を伝えた。
「はい、わかりました! よろしく、お願いします!」
秀明が気合を入れて答えると同時に、店舗入り口の自動ドアが開き、この日、最初の来客が入店してきた。
「いらっしゃいませ~! って、エッ!?」
接客の基本である挨拶の声掛けをした秀明は、絶句する。その、最初の来客が見知った人物だったからだ。
「やっほ~、有間! ビデオ・ショップでバイトを始めたって聞いたから、ちゃんと働いてるか見に来たで~」
満面の笑みで、カウンター越しの秀明に向かって、声を掛けてきたのは、昨日、放送部の面々とともに時間を過ごした朝日奈愛理沙であった。
「朝日奈さん、なんで!? いや、ココに来てくれるなら、昨日、言ってくれたら良かったのに……」
秀明が、疑問を呈すると、彼女は悪びれもせず、一方的に同意を求める。
「あぁ、ゴメンゴメン! なんか、昨日は色々とあって、言いそびれてしまったから。でも、こういうサプライズも悪くないと思わへん?」
「あぁ~、それは……ハハハ……」
店舗の責任者が、そばに居るということもあり、答えに窮した秀明は、怪訝な顔をしている裕之の顔色をうかがいつつ、
「店長、同じ高校の朝日奈さんです。四月から、亜莉寿さんに代わって、ボクが担当してる校内放送の映画紹介番組に出演してくれることになったんです」
と、店長に愛理沙を紹介した。
秀明の言葉をうけて、裕之は、
「へぇ~、そうなんや。朝日奈さんも映画が好きなの?」
と、この店舗には珍しい女子高生の来客にたずねる。
店長の質問に、愛理沙は、
「いや~、私は、吉野さんと違って、映画に詳しいという程ではないんですよ。だから、これから有間センセイに勉強させてもらおうと思って、来させてもらったんです」
一瞬、意味深な笑みを見せながら、いつも通り、明るく《ビデオ・アーカイブス》への来店目的を告げた。
彼女の返答に、裕之店長は
「それは、ありがたい話しやな~。ウチの店としては、お客が増えてくれることも。映画ファンが増えてくれることも歓迎やから! どうや、有間クン? 接客の初歩として、朝日奈さんに、有間クンがオススメする映画を選んであげたら?」
と、意外な提案をしてきた。
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