第二章~彼氏彼女の事情~②
週が明けた木曜日。
シフトの関係で《ビデオ・アーカイブス》のアルバイト業務が無かった秀明は、稲野高校に向かっていた。新学期からの放送再開に向けて、放送部から『シネマハウスへようこそ』の出演者に、春休み中の招集が掛かったのだ。
「春休み中に申し訳ないけど、午前十時に放送室に集まってくれへんか? まあ、メンバーは少ないから、気楽に来てや。早く終わったら、つかしんで昼メシでも食べよ!」
そんな昭聞からの連絡があったため、他の生徒よりも、数日早く新年度の学校に登校する秀明。いつもの登校時と同じく猪名寺駅の下り方面のホームから階上の改札に登ると、同じタイミングで駅に到着した上り方面の列車に乗っていたのか、向かいの階段から朝日奈愛理沙が歩いてくるのが見えた。
「あ〜、有間! おはよ〜」
普段と変わらず快活な笑顔で声を掛けてきた愛理沙に、
「おはよう、朝日奈さん! 春休み中に、来てもらってありがとう」
秀明が挨拶を返すと、愛理沙は
「それは、お互いさまやろ〜」
と返答し、続けて
「それより、ちょうど良かった! 放送室に行く前に、有間に話しておきたいことがあってん」
「えっ!? なに? どんなこと?」
会話を続けながら、二人は、駅舎の二階にある改札口を抜けた。改札と対面する大きなガラス張りの向こう側には、この季節らしい、さわやかな青空が広がっている。
「うん、三学期までの『シネマハウス〜』の放送ってさ、吉野さんを『店長』とか、有間を『館長』とか読んでたやん?あの設定って、四月以降もまだ続ける?」
「あ〜、そのことか……たしかに、もう亜莉寿……吉野さんは居てないし、その設定は必要ないかもな〜」
三月までの放送番組の中で、『店長』と呼ばれていた彼女のファーストネームを口に出しかけた秀明をニヤニヤと横目で見つつ、地上へと向かう階段を降りながら、
「良かった〜。私、肩書で呼ばれるほど、特に映画に詳しくないし……ぶっちゃっけ、あの『寒い』設定に付き合うのは、ちょっと抵抗があってんな〜」
と、可愛く舌を出して、言い放つ。
「『寒い』言うな!本音で話してくれるのはイイけど、もうちょっと、オブラートに包もうや……まあ、そのことは、今日の打ち合わせが始まる前にでも、ブンちゃんに伝えとくわ」
秀明は、少し距離を置いて隣を歩く女子を見やって、苦笑しつつ答えた。
「良かった〜。放送部のヒトは、直接は言いにくかってんなぁ〜」
そう返す愛理沙に、
(無遠慮に話すように見えて、朝日奈さんは、わりと気を使うタイプなのね)
と、彼女の新しい側面を見ることができた様に感じると同時に、その気遣いが、朝日奈愛理沙のコミュニケーション能力の一端である様にも思えた。
しかし、一方の愛理沙は、秀明のそんな感慨など知る由もない、といった感じで
「お礼に、私は有間のコトを番組内で、『センセイ』って呼ばせてもらうわ! 坂野も、『シネマハウス〜』では、そう呼んでるみたいやし!」
ニシシ、と効果音が聞こえるような笑顔で答える。
「それは別に構わへんけど、朝日奈さんの『センセイ』には、ブンちゃん以上に『イジり』の要素が強い感じをうけるなぁ〜」
秀明は肩をすくめる様に、再び苦笑して答えた。この日は、入学式前の新入生登校日となっていたが、春休み期間中のため、駅に近い通用門は開放されていない。そのため、入校するには、交通量の多い県道側の正門まで回らなければならなかったが、春らしく心地よい陽気も手伝って、その通学路の途上も、秀明には楽しいものに感じられた。
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