第二章~彼氏彼女の事情~③

 秀明と愛理沙が放送室のドアを開けると、昭聞が一人で準備に勤しんでいた。

 部費で購入されたモノなのだろうか、昭聞は、真新しいデスクトップ・パソコンのウィンドウズマシンに向かってキーボードとマウスの操作をしているため、二人が入室しようとしていることに目もくれない。

 秀明が、開いたままのドアをノックすると、仕事熱心な放送部員は、ようやく二人が放送実の入口に立っていることに気付いた様だ。


「おっ、悪かった。ちょっと、録音の練習に集中してて気付かんかったわ。二人とも朝から来てくれてありがとう!」


 昭聞の第一声に、


「今日は、ブンちゃんだけ?」


と、秀明がたずねる。


「あぁ、翼センパイは、もう受験生やしな……四月からの活動は、なるべく二年生以下が中心メンバーになって進めることになってるねん。まあ、パソコンの導入で人手も掛からなくなりそうやし、今日は春休み中ってのもあって、他の部員に迷惑が掛からん様にしたかったからな」


 部活動に対する熱心さと責任感の強さは、普段、斜に構えた言動の多い坂野昭聞の姿からは想像し難かったが、昨年の初夏から彼と放送番組作りに携わっている秀明にとっては、頼もしい存在と言えた。

 そのぶん、


(あまり、一人で責任を抱え込まない様にな……)


と、友人のことが気になる部分もある。

 そんな秀明の想いを知ってか知らずか、昭聞は、番組出演者となる二人、特に朝日奈愛理沙の緊張をほぐすように声を掛ける。


「オレも、一人で設定の作業をする方が、他に気を使わなくて楽な部分もあるし、今日は、二人も気楽にしていってや」


「サンキュー、ブンちゃん! ところで、打ち合わせとリハーサルを始める前に、ちょっと相談したいことがあるんやけど……」


秀明は、そこまで言って、愛理沙に視線を送り、彼女がうなずいたことを確認して、


「三学期までの『シネマハウス〜』の放送では、『館長』と『店長』とか役柄を決めてた感じやけど、四月からの放送では、あんまり必要は無いんじゃないかな、って思うねん……どうやろう?」


 秀明の提案に、昭聞は、アッサリと笑顔で快く応じる。


「まあ、それもそうやな〜。秀明が、吉野さんのところの店でバイトを始めたのなら、肩書きもダブってしまうしな……自分としては、朝日奈さんが話しやすい感じで番組を進めてくれたらイイって考えてたから、そこは、二人に任せるわ」


「でも、高梨部長に許可を取らなくても大丈夫なん?」


 愛理沙が少し心配げな表情でたずねると、


「あぁ、四月からの放送に関しては、新二年の自分たちに任せてくれるそうやから。『細かいことは、あきクンたちで決めてくれてイイよ〜』って、お墨付きももらってるし!」


 そう返答する昭聞を、二人は頼もしく感じた。


「あと、打ち合わせって言っても、放送内容のことは、朝日奈さんも、わかってくれてると思うし……他に要望や質問がなければ、早速、新型のマシンで、リハというか収録の練習に入りたいと思うんやけど。どうかね、お二人さん?」


 続けて質問をする昭聞に、


「オレは、大丈夫やけど、朝日奈さんは?」


「私も、大丈夫! とりあえず、やってみたいと思うから」


と、二人は、快諾する。


「じゃあ、収録の時と同じ様に、奥のブースに入ってくれるか?」


 昭聞の指示で、秀明と愛理沙は、放送室の収録用ブースに移動する。

 再びデスクトップ・パソコンに向き合った昭聞は、


「朝日奈さん。録音ブースの方で操作してもらうことは、ほとんど無いから心配せんといて。スタートの合図の『キュー』のタイミングに気をつけてくれたらイイから」


 仕事……もとい、部活モードに入った昭聞は、十ヶ月前の初夏の季節よりもテキパキと指示を出し始める。

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