第二章~彼氏彼女の事情~⑩

 一方、愛理沙は何事かを思案する様な顔つきで、


「ところでさ、今日はカレンちゃんの歓迎会って感じなんやけど……カレンちゃんのランチ代は坂野が払ってくれるん?」


と、唐突に切り出した。

 斜め前の席に座る女子からの突然の振りに、昭聞は、虚を突かれた様に、


「えっ!?」


と、言葉をなくし、カレンは、


「そんな、ワタシはお邪魔しているだけなのに、悪いですよ……」


と、恐縮している。

 秀明は、三人の会話を聞きながら、


(朝日奈さん、急にナニを言い出すん?)


と様子をうかがい、愛理沙は続けて、


「でも、カレンちゃんは、私たち三人に連名で奢ってもらうより、《坂野一人》にランチ代を出してもらう方が嬉しいやろ?」


 笑みを浮かべながら、言葉の一部を強調して、新入生にたずねる。そんな上級生の問いに、カレンは、


「えぇ、まぁ……」


と、曖昧な笑みを浮かべたあと、昭聞の顔を上目使いで覗き込み、


「あきセンパイ、ダメですか?」


と、潤んだ瞳で問い掛けた。付き合いの長い後輩の懇願に、アッサリと折れた昭聞は、軽くため息をついて、


「カレン、今回だけやぞ」


と、念を押して了承する。

 慕っている先輩と親しい上級生の前で《特別待遇》を得たことで、これ以上ないといった感じで嬉しそうな表情を浮かべるカレン。

 渋い表情ながらも、親しい後輩が上級生と馴染んでいることに、安堵としている昭聞。

 そして、ようやく、胸のつかえが取れたとばかりに、満足しきった表情の愛理沙。

三者三様の顔色をうかがいながら、秀明は、


(とりあえず、鈴木さんの諸々の誤解がとけて良かった)


(ブンチャンは……高梨センパイ居てないし、財布以外は痛まないやろう)


(朝日奈さんは。放送室で鈴木さんにられた怒りの矛先をブンちゃんに向けることで、落とし前をつけさせたか……)


(まぁ、鈴木さんが、最初に朝日奈さんに向けた敵意は、ブンちゃんにも責任の一端があると言えるしな)


などと、一人、感慨に浸りつつ、


(それにしても……)


と思う。


(周りの人間を誰一人不快にさせることなく、自分の気持ちも満足させるように持っていく朝日奈さんのコミュニケーション能力は、ハンパないな)


 こうして、各々の様々な思惑をはらみながら、昼食会兼鈴木カレンの歓迎会は無事に終了することとなった。

 さらに、午後は、四人で稲野高校の放送室に戻り、新たに『シネマハウスへようこそ』の放送に使用する愛理沙の声をベースにしたジングルの収録を行う。

中学時代に放送部でMCを務めていたカレンの的確なアドバイスもあり、その作業も順調に終えることができた。

 坂野昭聞と有間秀明は、来たるべき新学期に向けて、上々の体勢で、担当する放送番組の準備を進めれている、という確かな手応えを感じていた。



 そうして、その夜、秀明にとっては、さらに喜ばしい出来事が舞い込んだ。

 毎晩、午後十一時に書斎のデスクトップパソコンで、メーラーの受信トレイを確認することが日課になっていた秀明にとって、待ちに待ったメールが届いたのだ。


 送信元のアドレスには、


alice-yooshino@aol.com


とある。

 そのスペルを確認しただけで、太平洋を隔てた海の向こうから送信されたメールであることがわかった。

 秀明は、期待に胸を震わせて、ディスプレイに太文字で記載されたアドレスをクリックする。


--


From: alice-yooshino@aol.com

To: hideaki-arima@ogn.co.jp

日付: 1996/4/6


件名:こんにちは


有間クン

お久しぶりです。

ようやく、コチラでのインターネットの環境が整って、メールを使えるようになりました。


--


 署名の欄を確認するまでもなく、秀明には、メールを送信した人物を判断することができた。

 彼女との別離から、まだ二週間あまりしか経過していないにもかかわらず、このメールを心待ちにしていた分、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。

 秀明は、ようやく、吉野亜莉寿とのコミュニケーションが取れたことに喜びを感じながら、メールの本文を追うことにした。

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