プロローグ~愛の才能~⑩
「有間は、気になったり、注目したりしてるアーティストは、いてないの?」
「ミュージシャンってこと?スピッツとかウルフルズは、もうブレイクしてしまったから、今さら名前を挙げるのもなぁ……って、感じやし。———あっ、そう言えば、四月から放送部が新しく音楽番組の放送を始めるらしいけど、色々と音楽情報を集めてるブンちゃんが、『もうすぐデビューする川本真琴って歌手に注目しとけ!』って言うてたな〜」
秀明の返答に、愛理沙が
「へぇ〜。放送部、次は、音楽番組を始めるんや」
と、つぶやくと、ちょうど、女性店員が注文したドリンクを運んできた。
愛理沙との会話が弾んだおかげで、のどの渇きを覚えた秀明は、アイスロイヤルミルクティーを一口すすり、
(あっ、ここのミルクティー美味しい! さすが、朝日奈さん! いいお店おさえてるな〜)
などと、感想をいだきつつ、ティーカップのホットキャラメルミルクティーを口にしている愛理沙が落ち着くのを待って、
「そうそう、音楽番組の出演者も募集してるらしいから、興味があれば、朝日奈さん出演してみたら? 音楽にも詳しいみたいやし!」
と、彼女に提案してみる。
すると、彼女は、ティーカップをソーサーに置いて、人差し指で頬をなでながら、苦笑して
「あ〜、それも、面白そうやけどなぁ〜。ちょうど、タイミングが良いから、今日の本題に入ってイイ?」
と、秀明に提案をし返す。
唐突な彼女の申し出に、秀明は少し焦りながらも、
「あっ、今日は朝日奈さんの話しを聞かせてもらうのが目的やったね。うん! 良かったら、聞かせて」
と、愛理沙に、彼女が《本題》と言った内容をうながす。
「じゃあ……」
愛理沙は、少し言いよどんだあと、思い切った口調で切り出した。
「なぁ、有間。私が、有間と坂野が放送してる『シネマハウス~』に出演してみたい!って言ったら、有間は迷惑じゃない?」
予想もしなかった愛理沙の言葉に、一瞬、息を飲んだ秀明。
「——————いや!迷惑どころか、個人的には大歓迎やけど……」
と、声をあげたあと、なるべく落ち着いた口調で語る様に配慮しながら、気になったことをたずねる。
「その……なんで、オレたちの番組に出演したいと思ってくれたん? 良かったら、理由を聞かせてくれへん?」
「うん! 最近の『シネマハウス~』の放送を聞いてたら、吉野さんが転校して、有間と坂野が困ってるみたいやから、っていうのもあるんやけど……」
愛理沙が、語り出すと
「はい、確かに、我々は、新しい出演者が決まってなくて困ってます」
秀明は、苦笑しながら、丁寧語で答える。
すると、愛理沙は、いつもより穏やかな口調で続ける。
「もう一つ、去年の秋頃やったっけ? 文化委員の仕事で、私と有間が、最初に話し始めた時に、吉野さんと坂野が、周りの生徒の目が気になって困ってる、って話しをしてくれたやん?」
「あぁ、確かに、そんな話しをさせてもらったよね」
秀明の相づちに続けて、
「その時に、ちょっと有間のことが気になり始めてさ……」
言葉を発した彼女の頬が、少しあかく染まった様に見えるのは気のせいだろうか?
(えっ、どういうこと?)
と、いう表情で、自分の言葉に耳を傾ける秀明の視線を気にしながら、愛理沙は、語り続ける。
「有間は、自分のこと以上に周りのヒトのことも気に掛けることが出来るヒトなんやな、って―――――――。そんな時でも、紹介する映画について、色々と準備しなが話すのは、大変やったんと違う?」
「いや、そんな大したことでは……」
急に自分を誉められた気がして、照れながら謙遜する秀明を見つめながら、「ううん」と、首を横に振った愛理沙は、自らの考えを語る。
「それに、吉野さんが、アメリカに行くことを知った時は、きっと寂しかったんじゃないかと思うねん。それでも、有間は、放送を聞いてる私たちには、そんなことを感じさせることもなく、いつも通り、映画について、熱く語って、聞いてるヒトを楽しませてくれようとして、ホンマにスゴいな、って感じてたんよ……」
「いやいや、そんな……」
そして、先ほどと同じ様なセリフを、さらに小さな声で返答する秀明に、愛理沙は秘めた想いを吐露する様に、つぶやいた。
「その時、想ってん――――――。あぁ、このヒトって……」
少し、はにかんだ表情で、照れた様にうつむきながらも、彼女の瞳は、しっかりと秀明を見すえている。
さらに、次に発する言葉を噛みしめる様に、たっぷりと間を置く、愛理沙。
いつもの朗らかな様子とは異なる雰囲気を感じさせる目の前の女子は、いったい、どんな言葉を口にするのだろう?
秀明は、自分の鼓動が、急速に高まっていくのを感じた。
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