プロローグ~愛の才能~⑧

 現在、大阪梅田駅と駅名が改称された阪急梅田駅は、西日本最大級のターミナル駅だ。

 春休み中の休日ともあって、午前十時すぎの梅田駅一階コンコース、このエリアで最も待ち合わせ場所に利用される頻度が高い、大型モニターが設置されている通称BIGMANの周辺には、大勢の人が集っていた。

 十時を十五分ほど過ぎた頃、この場所に先に到着した秀明が、行き交う人を眺めながら階段横で待っていると、フワリ、柑橘系とローズの交じった香りが漂った。


「あ~、有間お待たせ~!」


と、女子の声がする。声がした方を振り向き、


「あ、朝日奈さん」


と返答する。

 秀明の目に飛び込んできたのは、ロングブーツに、ミニスカート。丈の短いシャツの上には、着くずしたジャケットを羽織った朝日奈愛理沙の姿だった。

 スラリと伸びた脚には、ブーツが良く似合っていて、目もとのメイクも、いつも学校で目にする以上にキマッている。

 まるで、ファッション雑誌から抜け出してきた様なスタイルの彼女を前にして視線が釘付けになり、その後の言葉が続かない秀明に、


「どうしたん有間? 珍しいモノでも見る様な顔して」


愛理沙がたずねると、我にかえったかの様に、秀明が答える。


「あっ、ゴメン! どこの読者モデルのヒトが、声を掛けてきたのかと思って、一瞬、見とれてしまったわ」


「『どこのヒト……』って、声を掛けた瞬間、『朝日奈さん!』って、私のこと認識してたやん? オモロイこと言うな、アンタ」


 そう応じた愛理沙は、歯を見せて笑いながら、秀明の全身を観察した後、


「有間の方は……あんまり言いたくないけど、出掛ける時に、もう少し気合い入れようと思わへんかったん?」


と、小さくため息をついた。

 有間秀明のこの日のスタイルは、スポーツメーカーの大きなロゴが入ったスウェットパーカーに、ワイドシルエットパンツという、これ以上ないくらいのラフな格好。


「あ~」


と、秀明は頭をかきながら苦笑して、


「面目ないってのは、こういう時に言うんかな? 朝日奈さんのお誘いやもんね。もう少し服装を考えてこないとアカンかったな……」


と返答する。

 申し訳なさそうに話す同級生男子に、愛理沙は、寛大な態度を示した。


「まあ、今日はこっちから急に誘ったし、私の服装は誉めてくれてるみたいやから、減点はナシにしといてあげるわ」


「それに……」


(言葉よりも有間の態度で何を想ってるか、モロにわかるもんな)


 先ほどの秀明の視線を思い出して、口元をほころばせつつ、自分の言葉を待っている相手に、


「有間は、しゃべる以上に、リアクションの方が面白いな」


と、続けた。


「へっ、なんのこと? オレ、別にリアクション芸人とか目指してないんやけど……熱々おでんとか食べても、面白いこと出来へんで?」


 とぼけた返答をする秀明に、


「いや、別に気にせんでイイから」


と、愛理沙は返し、目の前で不思議そうな視線を送る相手に確認する。


「ここで話すのもアレやから、どこかお店に入ろうと思うねんけど……私が良く行くところで良い?」


「うん! イイよ。朝日奈さんに任せるわ」


 秀明が、そう返答すると、


「じゃ、行こっか?」


愛理沙は、そう言って、二人は彼女の行きつけだという喫茶店に移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る