第一章~チェリー~⑨

「それにしても、朝日奈さんが『シネマハウス〜』の出演に名乗り出てくれて良かったわ〜」


「捨てられた子犬の様な有間の目を見たら、母性本能をくすぐられたというか、ナンか拾ってあげないとな〜、と思って」


「『捨てられた子犬を拾う』って、少女マンガに出てくる不良少年かよ!? そう言えば、ブンちゃんに薦められた矢沢あい先生の『天使なんかじゃない』にも、そんなシーンがあったよな?」


「有間! 晃が拾ったのは、犬じゃなくて子猫やで! そこ間違えるとか、あり得へんから! でも、有間も坂野も、二人とも矢沢あいの作品、読んでるんや?」


「『天使なんかじゃない』って、中学の時、放送部で流行ってたマンガ〜? みんな読んでたよね〜」


「そうですね! いま、アニメで放送してる『ご近所物語』も人気があるみたいですよ」


「私、『ご近所~』も読んでるで! 『天ない』も面白いけど、個人的には、『ご近所~』の方が好きかも!」


「へ~! 朝日奈さん、矢沢先生の作品が好きなんや? そう言えば、矢沢あい先生って、尼崎の出身らしいな」


「えっ!? マジで!? 全然、イメージが湧かへん!」


「オレも知り合いから聞いただけやけど、ウチの高校の隣の東高校の出身らしい」


「ん~、何か関西出身のイメージが無いな~」


「いや、『天ない』は東京か神奈川あたりが舞台やと思うけど、キャラクター同士のノリの良いセリフの掛け合いとかみたら、わりと関西っぽいセンスも感じるけどな」


「そっか~。まあ、関西っぽくないって言えば、私の好きなラルクもそうやけど(笑)」


「ラルクって、ラルク・アン・シエルのこと? あのバンド、この駅の近くのスタジオで活動してたんやろ?」


「へぇ~。それは、ちょっと親近感わくね~」


「さすが、ブンちゃん! 音楽情報には詳しいな。四月から始まる予定の音楽番組は、出演するヒトとか決まったん?」


「あ! 翼センパイ、その『ミュジパラ』の方も、出演者のメドが立ったので、今日は、その報告もさせてもらおうと思ってました」


「どんなヒトが担当するんやろう?メッチャ楽しみ!」


「そっちの方も、順調そうやな〜。ブンちゃんも大変やと思うけど、頑張ってな!」


「ところで、やっぱり、気になるんですけど……吉野さん程、映画に詳しくない私でも、放送に出て大丈夫ですか?」


「あ〜、それなら大丈夫〜! 朝日奈さんくらい話せるスキルがあるなら、あとは、あきクンと有間クンが、ちゃんとフォローしてくれるから〜。そうやんね〜、二人とも〜」


「もちろんです!翼センパイ!」


「そうですね、そこはブンちゃんと同じく、キッチリとさせてもらいますよ」


「じゃあ、早速、紹介する映画を決めていったら〜?」


「それなら、ちょうど、公開が始まったばかりの『トイ・ストーリー』とか、どうですか? 新学期が始まっても、しばらくは上映されてるでしょうし……」


 他愛ない世間話しと自分たちの活動の話しが重なった、取り留めのない会話は転がり続け、朝日奈愛理沙の『シネマハウスへようこそ』の出演も了承を得られそうだし、吉野亜莉寿との一件についても、これ以上の追及は無さそうだ……と安堵し、四人で合流した頃に感じていた、モヤモヤした有間秀明の感情は、ずいぶんと治まってきていた。

 しかし、そんな心境の変化を知ってか知らずか、放送部の絶対女王は、「安心するのは、まだ早い!」とばかりに、こんな言葉を口にする。


「『シネマハウス~』も、『ミュジパラ』も、出演者が決まりそうで、放送部の活動も安泰やわ~。特に、朝日奈さんは、上級生に対する敬意を欠いてるコを上手にコントロールしてくれそうやし~。そのコ、最近、調子に乗ってるから、朝日奈さんキチンと締めてあげて~」


 すると、愛理沙も、


「はい、部長! 有間のコトは、キッチリ締め上げて行くんで、心配しないで下さい! ――――――というわけで、覚悟してな有間」


と、ノリノリで対応する。


「アンタら、上下関係に厳しい部活の女子部員かよ!?だいたい、高梨センパイ……さっきから他人のコトを『性格悪い』だの『調子に乗ってる』だの、気に入らない相手に対するお約束のレッテル貼りは止めていただけませんかね!?」


 そんな抗議の声を上げる秀明に対して、翼はおっとりとした口調で容赦のない言葉を放った。


「え〜!? 吉野さんのコトをアレコレ言ったのは、撤回してもイイけど、有間クンが最近のコトで浮かれてるのは事実でしょ〜? もう、この先の人生で、こんなに異性関係に恵まれることはないんやから、『あんまり、思い上がらない方がイイよ〜』って、警告してあげてるのに〜」


 無慈悲な女王の宣告に、秀明は、反発を通り越して、ドン引きといった表情で、


「よく、他人のコトをそこまで辛辣に言えますね……自分のコトを言われてても、反感を持つより、逆に尊敬の念すら湧いてきますわ」


「うん! 有間クンは、もっと目上のヒトを敬った方がイイよ〜。でも、今日は、《吉野さんへの近況報告》っていうウイークポイントも見つかったし……新学期からの放送でもキッチリと有間クンをコントロールしてくれそうな朝日奈さんも来てくれて、ホントにイイ一日になったな〜。これで、心配事もなくなって、安心して受験勉強に専念できるわ〜」


 高梨翼は満足しきった表情で、言いたいことを言い終えた。

 秀明は、呆れ返った様に


「もう、好きな様にしてください……」


と、こぼしたあと、


「ホンマ、性格悪いのは、ドッチやねん……」


苦笑いを浮かべながら、ポツリと、つぶやいた。

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